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35 相談


 結論から言うと、作戦はうまくいかなかった。


 私が悪女になろうとすればするほど、王子は悪魔のような口の悪さで反撃してきた。


 嫌われようとすればするほど、クラリスの私に対する好感度は上がって、最近では「私、お姉様みたいな人になりたいんです」と頬を林檎の色に染めて言われてしまった。


(完全に主人公を導く強キャラ同級生ポジションだわ……)


 深く思い悩んだ私は、家に帰ってシエルとヴィンセントに相談した。


「学校生活がうまくいってないの」


 二人は一瞬真剣な顔をしてから、優しく目を細めて言った。


「どういう風にうまくいってないんですか?」

「私がこういう風にしたいと思えば思うほど逆の結果になっちゃうというか」

「友達が欲しいけどできない、みたいな感じですか?」

「いや、友達はできたんだけど」

「できたんですね。よかった」


 シエルとヴィンセントはほっとしたようだった。


「最近は屋上前に秘密基地を作って、二人で持ち込んだロマンス小説を読んで過ごしてる」

「めちゃくちゃ仲良くなってますね」


 ヴィンセントは驚いていた。


「青春の香りがします」


 シエルはうれしそうだった。


「では、どういう部分でうまくいってないのですか?」

「かっこいい悪女のポジションになりたいんだけど、うまくいかなくて」

「ミーティア様そういうちょっと痛い――いや、おかわいい趣味がありますもんね」

「痛くはないしかわいくもないわ。凜としてて最高にかっこいいから」


 高尚な趣味が理解できないらしいシエルに反論する。


「で、その悪女になるために何をしたのですか?」

「とりあえず第三王子殿下に告白したの」

「告白……!?」


 ヴィンセントは絶句していた。

 座っていた椅子が『ガタガタ!』っとすごい音を立てた。


「きゃっ、ミーティア様すごい」


 シエルはめちゃくちゃうれしそうだった。


「大胆で行動力あってすごくいいと思います。王子殿下のどこが好きになったんですか?」

「好きじゃないけど」

「好きじゃないのですか……!?」


 ヴィンセントの椅子がまたすごい音を立てた。


 シエルは「ふむふむ。なるほど」と真剣な顔でうなずいてから言った。


「経済力と将来性大事ですもんね。わかります」

「そういう婚活的な感じとも違うわ。王子に振られるってロマンス小説の悪役っぽくていいなって思ったの」

「ああ、振られて主人公を逆恨みするパターンありますよね」

「でも、告白したらOKされちゃって」

「十一歳なのに彼氏……!?」


 ヴィンセントの椅子が壮絶ですさまじい音を立てた。


「付き合った!? 付き合ったんですか!?」


 シエルは身を乗り出して言った。瞳が輝いていた。


「一応対外的にはそういうことになったんだけど、王子には別の目的があったの」

「別の目的?」

「告白されるのが面倒だから私を風よけとして都合良く使おうって考えたみたい」

「承知しました。その歩く廃棄物を今すぐこの世から抹消してきます」

「待ってください、ヴィンセント。これは契約交際ラブコメの可能性があります」


 椅子を倒して立ち上がるヴィンセントと、その袖を掴んで引き留めるシエル。


「王子は隙が無くて完璧な人ってイメージだったんだけど本性はとんでもない最低なやつだったの。悪口言ったら全力で返してくるし、隠れて蹴ったら同じくらいの強さで蹴ってきて」

「モラハラに加えてDVですか。殺しましょう」

「ミーティア様から仕掛けてますからね。蹴りの強さも加減してそうですし、お互い大嫌い系ラブコメの感じもありますね」


 ヴィンセントは過激だったし、シエルは恋愛脳だった。


 私はこの二人はダメかもしれない、と思った。


「王子殿下についてはそんな感じ。あと、主人公的な女の子がいたからタックルして敵対フラグを立てようとしたんだけど、うっかりいじめられているところを助けちゃって」

「ミーティア様らしいですね」

「そういうところ素敵だと思います」


 二人は別人みたいに穏やかだった。


 こっちの説明は、四月のひだまりで行われる猫の集会みたいに平和に進行した。


「敵対するのは難しそうですし、むしろ状況を利用するのはいかがでしょうか」


 ヴィンセントは優しい表情で言った。


「状況を利用?」

「はい。最強の悪女であるミーティア様は、その才覚で主人公を籠絡して暗黒面に落としてしまうのです」

「なんてこと……! すべては私の圧倒的悪女の才能が迸りすぎていたがゆえのことだったのね……!」


 私は身震いする。


「早速明日から、クラリスを暗黒面に落とすことにするわ。主人公は悪女である私の圧倒的カリスマに惹きつけられ、悪女に憧れるようになってしまうのよ」

「応援していますね」


 私は部屋に戻って、『紅の書』にクラリスを暗黒面に落とすための作戦を書いた。


 大きな悩みがひとつ解消された私は、お風呂にゆっくり浸かって身体をあたためてから、九時過ぎに布団に入って眠った。






 ◆  ◆  ◆


「すみません、シエル。少し急用ができました。二時間ほどで戻ると思います」


 玄関の鏡の前で襟元を整えるヴィンセントに、シエルは冷たい声で言った。


「急用? そんな連絡は無かったように思いますけど」

「私の個人的な用件なので」

「その割には、全身びっしりフル装備してるように見えますね」

「いつも通りですよ。特別なことは何もありません」

「潜入と暗殺用の装備が無くなっているように見えるのですが」

「随分と優秀な観察眼を持つようになりましたね」

「貴方に仕込まれましたから」


 シエルはヴィンセントを睨む。


「王子殿下を暗殺するつもりですか」

「怖いことを言わないでください。私は平和主義者です。いかなる理由があろうとその手の仕事はもうしたくない。もちろん、最悪の場合選択肢としてないわけではありませんが今はそういう状況ではありません」


 ヴィンセントは言う。


「そもそも、王子殿下の邸宅に潜入するとなると非常に危険な仕事になります。ミーティア様が彼にたぶらかされているとしても、それだけでそこまでするほど私は短絡的ではありません」

「よかったです。安心しました」

「ええ。ただ、枕元に立って『ミーティア様をたぶらかしたら殺す』と脅すだけです」

「絶対ダメですって! 暗殺と難易度変わらないですからね、それ!」

「私なら二時間あれば問題なく完了できます」

「問題なく完了しないでください!」


 夕食の買い出しに行くくらいのテンションで言うヴィンセントに、慌てた声で言うシエル。


「本当に行く気ですか」

「そうだと言ったら?」

「実力行使で止めさせていただきます」

「貴方に私が止められると?」

「私一人では無理でしょうね」


 シエルは言う。


「でも、エージェントチーム全員が相手ならどうでしょう」


 瞬間、息を潜めていたエージェントたちの気配が周囲を取り囲む。


「これは驚きました。いつの間に彼らを取り込んだんですか?」

「私の力ではありません。彼らはみんな、ミーティア様への恩返しのためにここにいる。そのためなら、貴方相手でも容赦はしない。ただそれだけのことです」

「まあ、肩慣らしくらいにはなりますか」


 ヴィンセントは肩をすくめて言った。


「全員でかかってきなさい。相手をしてあげます」


 こうして、無益で無意味だが無駄にスタイリッシュな戦いが始まった。


 この戦いに意味は無く、あるのは純粋な願いだけ。


 そして、誰よりもそれを楽しめる感性を持つミーティアは、何も知らずにすやすや眠っている。




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