21.トアンの父親とほんの僅かな安らぎ
ああ、こいつを頼るのは嫌だったのに。
グエンは物憂げな溜め息を吐いて、出された茶を啜っていた。相手を喜ばせる為に銀と青の蔦柄刺繍が施された衣を着て、いつもの黒髪は丁寧に梳かして青い瞳を出していた。
「ぐだぐだ言うんじゃないよ、グエン。折角スオウが助けてくれるって言ってんのに」
「面白がっているだけだろ、あいつは。いでっ!!」
「なんて口の聞き方だい、あんたは! ったく」
「へいへい……」
向かいに座っていた母に頭を殴られ、渋々と謝る。どうにも俺より年下にしか見えない母に叱られるのは苦手だ。今日もいつもと同じく、黒い衣を身に纏っている。
「あーあ、相変わらずこの部屋も息が詰まるような悪趣味さだし。占いの館ってみんなこんなもんなの?」
「雰囲気作ってんだろ、この方が相談者は安心するようだよ。まっ、しゃあないね。みんな弱いから」
「あー、ふーん。リーファ様に会いたい、つらい」
薄暗い部屋には幾重もの布が張り巡らされ、紫色と黒の布に覆われた天井の下には円卓と椅子が置かれている。この不思議な香が漂う部屋にて待っていると、ふいに空気が揺らいで首筋に冷たい手が当たった。
「お久しぶりですね、グエン殿。元気にしていましたか?」
「っスオウ、てめぇ! もうちょっと人間らしく登場しろよ!?」
背筋がぞっとして冷たい手を振り払うと、そこには曖昧な微笑みを浮かべたスオウが立っていた。中身が水魔だというスオウは黒目黒髪のたおやかな美青年で、いつもいつも少女のような甘い雰囲気を纏ってこちらを見つめてくる。
今日は涼しげな白銀の衣を着ていたが、どうにも今俺が着ているものと似ている。いや、そっくり同じものかもしれない。スオウは黒い瞳を細めて、にっこりと甘く微笑んだ。
「相変わらず貴方は毛を逆立てた猫のようで愛らしいですね。ショウリン様、お久しぶりです。俺がお役に立てる時が来たんですかね?」
「あんたはいつだってあたしの役に立っているよ、スオウ。ちょっとばかりトアンとやらの糞ぼんぼんの情報が欲しくなってねぇ~、あとそれから助太刀も欲しくて」
ショウリンの言葉にふっと笑って、白い指先で口元を押さえる。
「珍しいですね、ショウリン様。貴女がそんなことを仰るとは」
「閻魔大王からあんまり息子を助けるなってお達しでね。やれやれ、こちらとしては過保護な母猫のように助けて守ってやりたいところなんだけど。なぁ?」
「いらん、別に。自分で何とかするつもりだから」
部屋の暗がりに佇んでいるスオウから距離を取って、大きく下がったというのに。こちらを振り向いたスオウは甘い微笑みを浮かべ、ずいっと遠慮なく迫ってくる。
「おっ、おいおい!? 何だよ、一体!?」
「俺の助力が欲しいんでしょう? ならある程度のことは我慢しないと。ねっ?」
「はっ、はぁ? ちょっ、母さん何とかして」
「無理。あんたがそうやって嫌がるからスオウは面白がってんだよ、どんと構えな。どんと」
「無理だよ、それは…………!! くそっ、他人事だと思いやがって!」
母はもぐもぐと月餅を食べつつ、ひらひらと白い手を振っていた。そうこうしている内に更に甘い微笑みを深めたスオウが迫ってきて、こちらの頬にひんやりとした手を添える。
「ああ、懐かしいですねぇ。覚えていますか? グエン殿。二歳ぐらいの貴方はよく俺の後を付いて回っていて…………いっそ池に引き摺り込んで食べようかと思ったぐらい可愛くて」
「ひっ、やめろよ!? もう! あとあんまり俺の顔をべたべたと触るなよ!? それにそんな昔のことなんてこれっぽっちも覚えていないし!」
「相変わらず律儀に答えるね、グエン。君は」
「ひっ、うわっ」
両手で頬を包み込まれ、たじろいで深い深い黒い両瞳を眺めていた。星でも散ったかのように白銀の光がちかちかと点滅し、その何も映していない黒い両瞳を食い入るように見つめる。
「ああ。……なるほど。貴方はそういう星の下に生まれているのか。いつもいつも運が悪い。でもまぁ、人の執着を煽るのも何もかも無神経極まりないなぁ」
「っは、何だよ? 俺のせいなのかよ? 今のこの事態は」
「仕方が無いよ、グエン。君はそういう人間なのだから。ねっ?」
心配そうな顔で覗きこまれ、冷たく乾いた手のひらに居心地の悪いものを感じる。おそらく兄とか従兄弟がいたらこんな感じなのだろうかといった懐かしさがあって、その度にもやもやと複雑な気持ちが湧き上がってくるのだ。
別に悪い人間、いや、悪い妖魔ではないと分かっているんだが。その手を振り払い、なるべく顔を見ないで済むよう俯いて話す。
「とにかく俺はトアンを殺したいんだ。あいつもそう望んでいるし?」
「あまり自暴自棄になってもよくありませんよ? その少年の特徴は?」
「茶目茶髪の…………年は十五か十六かそれくらい」
「何ですって!? もう一度!! 茶目茶髪だと仰いましたか!?」
「えっ、あっ、うん。どうかしたの? それが」
急にかっと目を見開いたスオウに引いて戸惑って、思わず後ろへと下がってしまう。しかしスオウはいつもの如く気にかけず、更にぐいぐいと詰め寄ってくる。
「いいですか!? ここは運命の分かれ道とでも言うべき場面です! いいからさっさとそのトアンとやらの特徴を教える!!」
「えっ、うっ、茶目茶髪のいかにも育ちが良さそうな美少年……!!」
「美少年・・・・・・・なら可能性が高いか、なるほど」
「何なんだ? 一体。あと俺の頭を撫でるのはやめて欲しい……」
スオウは真剣な顔つきで俺の頭を撫でつつ、白い顎に手を添えた。そしてふっと真剣な表情を掻き消して甘く微笑み、こちらの顔を覗き込む。
「ちょっと待っていてください、グエン殿。きっと良い解決方法が見つかりますから。ねっ?」
「それよりも何よりも俺の手を放して欲しいんだけど……?」
「ははは、まぁまぁ。相変わらずお肌がすべすべですよね、グエン殿は」
「やめろ……変態発言はやめろ、やめてくれ!!」
「あはは、可愛いなぁ。も~」
「嫌がられるからされるんだってのに。まったく。相変わらず人の話を聞かないねぇ、お前は」
「っうるせぇよ、ババア! っで!?」
投げつけられた杯を受け取って、それをじっと強く睨みつける。
(ああ。リーファ様に早く会いたい……!! もう屋敷に帰って彼女とまったり過ごしていたい。疲れた!)
それまで履いていた沓を脱ぎ捨て、暗い表情で「リーファ様、リーファ様。早く会いたい」と膝を抱えてぶつぶつと呟いていると、おもむろに部屋の扉がばんと開く。
「トアンっ、俺のっ、俺の息子がここにいると聞いたんですけど!?」
「まだ見つかっちゃいませんよ、フェイロン様。ようこそ、多分こちらがご子息と知り合いの方だと、」
「本当かい!? トアンの友達かな!?」
「えっ、あっ、はい……」
友達だというには不穏すぎる関係だ。しかし俺は二時間も待たされていた上にその間中ずっとずっと、隣に座っていたスオウにべたべたと体を触られていたのだ。最早、否定する気力など無いに等しい。
トアンの父親らしきフェイロンはきらきらと茶色い瞳を輝かせ、随分と情けない表情で詰め寄ってくる。
「どうだった!? 最近のあの子は元気だったかな!? 俺はあの子が二歳ぐらいまでの記憶しかなくって、スイランにも拒絶されっ放しで……ああ、スイランと言うのは俺の奥さんでね。後妻なんだけど俺は彼女のことをこよなく愛していて、」
「ちょっと待った、一旦やめて貰えませんか? 可愛いグエン殿が怯えているので。ねっ?」
「スオウ……お前が一番怖いよ、俺からしたらな」
長椅子に腰掛けたスオウがにっこりと微笑み、こちらの肩を抱き寄せてくる。ちなみに母さんは「忙しいから、じゃ」と言って逃げていった。許さん、あのくそババア。
両手を振り払われたフェイランが戸惑い、こちらをしゅんと申し訳なさそうな表情で見下ろしてくる。そうしていると本当にトアンそっくりで、トアンから毒気と狂気を抜いたらこんな感じだろうかと思う。
「申し訳ない、ええっと……グエン殿?」
「呼び捨てでいいですよ、別に……」
「ええっと、じゃあグエン君。トアンはどうだった? 元気だった?」
「えっ、げん、う、ううーん……」
「やっぱりまだ体が弱いんだね!? そうなんだね!?」
「うぉっ、ちょっ」
がくがくと体を揺さぶられていると、不機嫌そうな様子のスオウが舌打ちをして「だからやめてくださいよ、もう。鬱陶しいなぁ」と呟き、べりっとフェイロンを引き剥がしてくれる。
またしてもフェイロンはしゅんと落ち込み、そわそわと両手を彷徨わせる。
「申し訳ない、グエン君……俺は昔から年のわりに落ち着きがないって怒られっ放しでね……何とか直そうと思っているんだけどそれもあんまり上手く行かなくってさ。ごめんよ、本当」
「いや、まぁ、別にそれはいいんですが……ええっと、スイラン様の旦那様なんですよね……?」
怖いもの見たさでそう尋ねてみると、フェイランがぱぁっと茶色い瞳を輝かせる。
「そうなんだよ! でも彼女はこんな情けない俺に愛想を尽かせて出て行ってしまって……本当に何が悪かったんだろう? 俺の、いや、分かりきっているよね!! だって彼女は美人だし商才もあるしきっと始めっから釣り合わなかったのに俺と言う男は本当に、」
「待って待って? 落ち着いてくださいよ、本当に……」
「この人、いっつもこうで面倒臭いんですよね~。ま、一応客なんですけどね?」
スオウが起き上がって腕を伸ばし、テーブルの上に置いてあったチョコを摘まんで俺の口に入れる。がっつりと肩を抱き寄せられたままもちゃもちゃと食べていると、何やら目の前に立ったフェイランが顔を赤くしていた。
何をどう疑っているのかは知らんが、これがスオウの趣味だ。人を弄んで精神を削り取るのが好きな妖魔なのだ、こいつは。
甘い甘い砂糖とカカオの風味が広がって、それをごくりと飲み干す。
「トアンはまぁ、元気でしたよ。ええっと、最後に会った時は。ただ今は母親と同居していないのか放置されているのか、随分と淋しそうな様子で」
「あの子は俺について何か言っていたかい!?」
「えっ、いや、特に何も……」
「知らされていないんでしょう、父親の存在を。はい、グエン殿。あーん」
「やめろ、自分で食えるから」
そんなことを聞くような男ではなくチョコを突っ込まれ、渋々とそれを噛み砕いて飲み干す。どうもこの男は俺を幼児扱いしているらしい。まぁそれも仕方が無いことなのかもしれんが。幼い頃に面倒を見て貰ったし。
「まぁ、とにかくも。俺と一緒にトアンの所へ行きませんか? 詳しいことは後日また、」
「今すぐ会いに行こう、今すぐ!! 数十年前からずっとずっと、スイランには門前払いを食らっていてね!」
「その気持ちがちょっと分かりましたよ、お父さん。どうどう」
「叩き出しましょうか、こいつ。ねっ?」
「ちょっと待てよ、スオウ。苛立ち過ぎだろう、お前。流石に」
何とかスオウを宥めて席につくと、向かいのフェイランがしょんぼりと俯いて湯飲みを握りしめる。本当にそっくりだった、トアンに。その顔立ちも仕草も。
そしてフェイランは上等な深緑色の衣を着ていて、それがまた茶髪と色白の肌によく合っている。
「悪いね、グエン君……だから俺は彼女にも逃げられるんだよね」
「ええっと、一体どういう馴れ初めで結婚したんですか……?」
「元々彼女は夫からの暴力に悩まされていて・・・・・・・ある晩、逃げ込んできたところを匿っていたんだ。そうこうしている内に酔っ払いとの喧嘩か何かで、その夫も刺されて殺されて」
「へっ、へぇ~…………」
怪しすぎる。そもそもの話、あんなに恐ろしくて美しい人がただ殴られて黙っているようにも見えない。「本当に殴られていたんですかね、それ。あと旦那の死因も怪しいですよね?」とついつい言いたくなってしまったが、ぐっと堪えて茶を啜る。
俺が相槌を打っているとでも思ったのか、そのまま嬉しそうな表情で口を開く。
「そこで俺は彼女に求婚をしたんだよ。ちょうど俺はその、前の奥さんにも逃げられたばっかりで」
「はぁ、それはお気の毒に」
「いや、仕方が無いんだ。彼女は真実の愛を見つけたようで……金だけが取り柄のつまらないぼんぼんとは結婚したくなかったんだって。ははははは…………」
「ああ、うん。まぁ、はい…………」
虚ろな瞳でそう語り始める男になんて返せばいいんだ。あのスイランと結婚したのも不幸の始まりとしか言いようがない。ぐすんと鼻を鳴らして俯く。隣に座って俺の手を握っているスオウが、ひっそりと大きな溜め息を吐いた。
どうもスオウはこの男が気に食わないらしい。
(ま、気持ちは分からんでもないが……)
げんなりとした気持ちで茶を啜っていると、気を取り直したフェイランがきっとこちらを向く。
「だから俺としては今度こそ美しいスイランと・・・・・・まぁ、身の程を知れって感じだろうけど。結婚して幸せに暮らそうと思っていたのに、彼女がある日突然飽きたと言って出て行ってしまって」
「飽きた……はぁ、なるほど? それで?」
「二歳になるトアンを連れて出て行ってしまったんだよ。それで以前から彼女は幅広く事業を手がけていたんだけど……ほら、俺と違って賢いし社交的だし見る目もあるから」
「そんで? 二歳のトアンを連れて出て行ったんですね?」
少々苛立ちながらも聞き返すと、今にも泣き出しそうな顔でこくりと頷く。
(ううーん、これがあの。スイラン様の夫かぁ~……分からん、解せん)
幸せに暮らしていた筈なのに何故出て行ったのか。それも息子のトアンを連れて。
「ひょっとして奥様は貴方に連れ戻して欲しかったとか……?」
「いや、そういう拗ねてとか。そんな話じゃないんだよ……俺の顔なんかもう見たくないんだって。どうしてかなぁ? 彼女のためなら何でもやったのに。浮気もせずにひたすら毎日愛も囁いて金にあかせて贈り物もして、」
「ちょっと一旦待ってください。やめましょう、この話。もうやめましょうか! 貴方の負担になるようなので」
「優しいね、グエン君……ありがとう」
へにゃりと笑って目元の涙を拭うと、きらきらとした茶色の瞳で見つめられる。心なしかフェイランの頭に犬の耳が見える。ぶんぶんと尻尾を振られているような気がする。
隣で頬杖を突いていたスオウが甘く微笑み、ぐっと身を乗り出して囁いてきた。
「だから駄目なんですよ、グエン殿は。すぐそうやって人に優しくするから。ねっ?」
「や、優しくした覚えは微塵もねぇよ……あともうちょい離れろ。鬱陶しいから」
「可愛いなぁ、もう。覚えていますか? 初めて会った時、貴方は青い瞳をまん丸にして」
「いいからもう…………俺の小さい時の話なんかもういいから! 覚えてる訳が無いだろ、そんなもん!!」
口付けをするような勢いでべたべたと纏わりついてくるスオウを制し、深い溜め息を吐いた。
「ああ、そんじゃあひとまず。日時とかはまたお伝えしますんで……今度、俺と一緒にトアンに会いに行きましょうか」
「あっ、ありがとう、グエン君……!! 仕事ならいつも人任せだし何も気にしないでくれ! 君の都合に全て合わせるよ!!」
「いいんですか? 本当にそれで……」
「いいんですよ、この人は。使用人に恵まれている方なんで。上手く人に甘えてよりかかって生きて行ってるから。ねっ?」
スオウが俺によりかかって呟くと、フェイランの茶色い瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
「うっ、は、はい。すみませんでした、本当に……!! こんなゴミなのに美女と結婚して幸せに暮らそうとして。本当に本当にすみませんでした…………!!」
「おい、スオウ。やめろよ、本当……」
「占い結果をお伝えしたまでです。もう一つ食べますか? チョコ。あーん」
「いらんって何度言ったら伝わるんだ、あーあ。もう、これはリーファ様の匂いでも嗅いで回復するしかないな……!!」
「あー、疲れた。やっぱり俺の癒しは貴女だけですよ、リーファ様」
「ふふ、お疲れ様でした。グエン様」
その額にかかった黒髪を払いのけると、青い瞳が開いてこちらを見上げてくる。風に揺らぐ枝葉の下でリーファは淡い桃色の襦裙を纏い、疲れきった様子のグエンを膝枕していた。
芝生に広がった上等な布地と銀色の刺繍が美しく、そんな風に着飾っている彼を見てもんやりとした不安が過ぎってしまう。
ごくりと唾を飲み込み、その美しい額に手を添える。
(私だけがグエン様を見ていたいだなんて、そんな……私、意外と嫉妬深い女なのかもしれない。苦しい)
でも、トアンのようにはなりたくない。あの仄暗い茶色の瞳を思い出すとぞっとする。私は絶対に絶対に、貴方のようにはならない。嫉妬に狂って彼を閉じ込めたりなんかしないの、絶対に。
「グエン様……その、スオウ様はどうでした? 力を貸して下さるのでしょうか……?」
「あ、詳しく聞いてくるの忘れてた。でも、まぁ。大丈夫だと思いますよ、多分。そう心配しなくっても力ぐらい、いつでも貸してくれると思います……ああ、疲れた。くたびれた」
「グエン様ったらもう……でもお疲れ様です。私のために頑張って下さってありがとうございます」
なるべく優しく微笑みかけてお礼を言ってみると、彼がぐっと青い目元を歪ませて。のそのそと起き上がって、こちらを熱っぽい眼差しで見つめてくる。
その青い瞳に吸い寄せられていると、ふいに手が伸ばされて頬を包み込まれる。ざぁっと風が吹いて枝葉が揺れ、その整った顔立ちが近付く。
「リーファ様、その……」
「許可なんて。取らなくてもいいんですよ? グエン様」
「っう、はい、じゃあ失礼して……」
今でもたどたどしく、触れてもいいかどうかを尋ねてくる彼がこんなにも愛おしい。
(ああ、ずっとずっとこんな時間が続きますように)
そう願って瞳を閉じると、本当に優しくくちびるを重ねてきてその甘さに酔い痴れる。ぎゅっと、白い衣を握り締めて今だけは全てを忘れて恍惚としていた。
(大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫な筈だから…………)
ああ、せめてグエン様だけでも幸せになって欲しいんだけど。それを言うと彼は困ったように微笑み「俺は今でも十分幸せですよ、リーファ様。貴女が悲しい顔をしていなくって笑ってくれたらそれだけで」と言うのだから難しい。
「っは、リーファ様? 考え事ですか……?」
「ええ、考え事です。この間の、グエン様の素敵な笑顔を思い出していました。好きです」
「わっ、えっ? 何これ、不老不死の妙薬かな……? 一気に疲れが吹き飛んだ! 可愛い~!!」
「もうっ、グエン様ったら。ふふふっ」
照れ臭そうな彼が抱きついてきて、抱き締め返していると口元が緩んだ。幸福な気持ちで考える、これから先のことを。
(うん、大丈夫。きっときっと、全てが丸く収まる筈だから…………)




