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11.不可解な襲撃と内緒の恋心

軽い流血描写があります、ご注意ください。



 








「ああっ、くそっ! なんだってリーファ様ばかりを狙いやがる……!!」






 身を翻してこちらへと向かってくるだけの大蛇の首を斬り落とすと、ごろりと転がって真っ赤な血を噴き出した。そしてじゅわっと、黒い煙を立てては消えてゆく。



 血に濡れた剣を持ち直して飛んで、それを乗り越えて庭園の一角を目指して走る。





(早く早く! 早くしないと彼女が死んでしまう!! 早く、早く)





 恐怖と焦燥感に駆られて全身が冷たい。吐き気が込み上げてきて、ごくりと唾を飲み込むと心臓がどくどくと嫌な音を立て始める。



 視界の端の方ではズハンが倒れていて、小さな蛇にたかられていた。投げ出された腕が痛々しい。




(ああ! 死んでいないといいが、ズハンも。くそが!!)




 こちらへと向かってくる大蛇の首を斬り飛ばして、また剣を持ち直して。庭園の一角にうぞうぞと集まって何かに群がっている蛇の塊を見つめ、発狂しそうになってしまう。



 その中心に彼女がいる筈だから。



「リーファ様! リーファ様!!」



 嫌だ嫌だ、失いたくはない。



(ようやく手に出来た幸せを。彼女が、彼女が)



 いなくなってしまうかもしれない、かつての俺のように。



「嫌だ、嫌だ。リーファ様」




 叫び出したいのにかすかに息が漏れるばかりで、必死に走っていた。地面に蠢いている、無数の小さな蛇を踏み潰してその塊へと辿り着く。



 それは目の前で一つの塊となって、うごうごと蠢いてまるで人の死体を食い荒らしているかのようで。




 歯が砕けそうなぐらい、噛み締めて。血で滑る剣を持ち直して、泣き出しそうになって剣を振り上げたその時。




「落ち着きな、馬鹿息子。リーファ様は無事だよ、まったく」

「母さん!? 何で!?」




 ばっと上を見上げてみると、ぐったりと気絶した彼女を抱えて俺の母親が不敵に笑っていた。緑の枝葉を揺らして、母のショウリンが黒髪を翻して飛び降りてくる。




「っとと! この蛇どもは! まんまとお嬢様を食った気でいたみたいだけどねぇ。ほら」

「リーファ様……!! 良かった、無事で」




 弱々しく笑って、気絶している彼女を受け取った。薄桃色の襦裙(じゅくん)の裾が揺れて、大事に抱えて深く息を吐き出す。



 やっぱり彼女は俺の酸素だ。彼女がいないと俺も生きていけない。ほっと息を吐いていると、母のショウリンがこちらに背を向けて笑う。




「グエン。あんたはお嬢様を介抱してきな。ここの蛇どもと、気絶している従者の救出は任せろ」

「ああ、ありがとう。母さん。でもあれは従者じゃなくって護衛なんだよ、体がごついだろ?」

「そうなのかい? それにしちゃあ、弱いねぇ。あたしがしごいてやろうかねぇ」

「そいつ。式も控えてるから。勘弁してやって」




 低く笑って、母が黒髪をたなびかせつつ獣のように走っていった。




「ああ、良かった。任せておけば、安心だろう……」




 どっと気が抜けて顔色の悪い彼女を抱えて、愛おしくその黒髪頭に頬ずりしていると。足元の蛇が無機質な黒い瞳で見上げてくる。



 どうやらもう襲ってくる気はないらしく、ずらりとただただこちらを囲むばかりで汗を掻いてしまう。




「何だ? お前ら。……そもそもの話。どうして俺を襲わなかったんだ?」




 今もじっと、こちらを眺めて囲んでくる蛇たちに思わず尋ねてしまう。俺のことは避けて、執拗にリーファ様を追いかけ回してその手足に噛み付こうとしていた。


 今もこの耳に彼女の悲鳴がこびりついていて、咄嗟に苦しく抱き締める。




「リーファ様……!! 申し訳ありません。俺が、弱いばかりに」

「ん。グエン様……?」

「リーファ様。良かった。大丈夫ですか?」




 俺の腕の中でもにゃもにゃと目元を擦り、ぼんやりとした黒い瞳で見つめてくる。可愛い、永遠に見てられる。




「グエン様? あの、私は?」

「俺の母が。どうも、貴女のことを助けてくれたみたいで。どうですか? 怪我は?」

「無いと、思います。ああ、でもやっぱり。腕に噛み傷が」




 彼女の白い腕にぷっつりと赤い血が浮き出て、傷が刻まれていて。それを見て不愉快な気持ちとなって彼女を抱え直す。




「後で。傷の手当をしましょうか。呪われでもしていたら大変だから、その。あー、薬草を」

「それがもしや、その。匂いが強烈なのですか……?」

「す、すみません。でもよく効くんで。それさえしておけば安心だし。すみません!」




 腕の中の彼女がくすりと笑う。生者ならではの温もりと先程までの恐怖でどっと、力が抜けそうになってしまった。




「大丈夫ですよ、グエン様。あの、ズハンは……?」

「無事だと思いますよ。あいつもあいつで丈夫ですし。今、俺の母が。救出に向かっている最中なので」




 そちらを見てみると、母のショウリンが大蛇を斬って生き生きと戦っていた。自分と同じ黒衣が揺れ、腕の中のリーファ様が小さい歓声を上げる。




「わぁ、凄い! 凄いですね、グエン様! わ~、素敵……!!」

「り、リーファ様。すみません。俺が、俺が役立たずで!!」

「えっ!? グエン様? 一体どうしてそうなったのでしょう?」




 落ち込むのと同時に周囲の蛇が近寄ってきて、しゅうしゅうと赤い舌を震わせている。




「うわっ!? 寄ってきた! リーファ様、移動しましょうか? このままの状態で!」

「えっ? はっ、はい。分かりました」




 彼女が照れ臭そうな表情で白い拳を握り締め、困ったような表情で見上げてくる。




「あー、可愛い。天女! すみませんね、リーファ様! 蛇がいるもんだから! ねっ!?」

「あっ、あの。でも、恥ずかしいのでその。屋敷の中に入ったら降ろしてくださいね?」

「母の勇姿が見たいでしょう? リーファ様。あちらにちょっと行ってみましょうか!!」

「グエン様、あのう? でもっ、私は。屋敷に入りたいです……!!」




 いくら愛おしい彼女のお願いとは言えども、たまには聞きたくない気分の時だってある。




 が、無事にズハンを救出して担いでいた母のショウリンに「怪我の手当てが先だろうが、馬鹿息子!」と思いっきり頭を叩かれてしまったので、渋々と屋敷の中に入って彼女を降ろして、怪我の手当てをした。



 母が見ていない隙にこっそりと、恥ずかしそうな表情のリーファ様が耳打ちをしてきて。それが「後で、その。また、先程のように抱えて欲しいです」とのおねだりだったので死にそうになった。




「今日もリーファ様が。物凄く可愛い……!! 好きっ! 大好き!!」

「えっ? グエン様!? あの、お義母様の前でこういったことは、そのっ」

「あーあ。あんたは全く。グエン。私によく似たんだね~、はーあ。くっだんな」

「俺の愛を馬鹿にするなよ、母さん!? あんただって人のことは言えないだろうがよ!!」























「それで? ショウリン様は一体、どうしてこちらに?」

「ありがとうよ、ルイ。若い男前に給仕されるってのも。何だかいい気分だねぇ」




 ルイに茶を注いで貰って、機嫌良く笑う。ここはいつもの東屋で、きらきらと目を輝かせたリーファ様が「是非ともお義母様とお話がしたいです、私!」と言い出したので。



 少々暑いものの穏やかな池が美しい、東屋にて昼食を摂っていた。目が覚めたズハンはしきりに「護衛失格です、私は」と落ち込んでいて、今はリーファ様の後ろに立って護衛らしく辺りを警戒している。



 彼女は薄い青色の襦裙に着替えていて、結い上げた黒髪が何とも色っぽくて可愛らしい。その隣に座った母はルイを気に入って、しきりに話しかけている。ルイも手慣れた様子でにこにこと愛想良く話を聞き出していた。





「ああ、そうそう。何でここに来たのか、だっけ?」

「それは俺も気になってた。最近、ふらふらしてたじゃん。母さん?」




 向かいに座った母が赤い箸で鶏肉を摘まみ上げ、もちゃもちゃと食べ始める。今日の昼食は魚醤と蜂蜜で味付けをした、鶏肉とゆで卵と米の太麺が入った麺料理とアジの串焼きと豚肉の串焼き、オクラのピーナッツあえと鶏肉と蓮の実の煮込みである。



 じっとりとした暑さの中でごくりと飲み込んで、母がその口を開く。




「あんた達に。婚約? 結婚祝いを。やろうと思ってだね」

「ゲテモノならいらんぞ? どーせまたろくでもないもんを、」

「グエン様! お義母様が折角、持ってきて下さったのに……」



 向かいに座った彼女が白い頬を膨らませている。そのあまりにも可愛い姿を見て、己の発言を悔いた。



「確かに俺が悪かったかもしれない!! リーファ様、好き! 可愛い!!」

「あんたはまー、随分と。見ない間に性格が変わっちゃって」

「うるせえよ、母さんに言われたくない。俺もまた、愛に生きる男なんだ」





 その言葉に押し黙って食べ進める。それを見て少しだけすかっとした気分になったのだがしかし、心優しいリーファ様はその様子に胸を痛めてしまったようで。




「あの。お義母様? その、祝いの品というのは……?」

「ああ、悪かったね。話が途中だった、ほい。グエン」

「おわっ!? 投げるなよ、祝いの品をさ!?」




 かろうじて小さい木の箱を受け取ると、その蓋が開いてとあるものが滑り落ちてきた。向かいでは母が、呑気に甘辛い麺をすすっている。




「指輪? これ。いや、そうじゃない。これは」

「持っているといい。何かと助けになるだろう、そんなものでも」




 それはつるりとした翡翠製の指輪だった。何の飾り気も無く、とろりとした翡翠の指輪には強力なまじないがかかっている。


 その清流のような、少年のような気配を感じ取って思わず身震いしてしまった。




「なぁ、これ。術者はまさか」

「ああ、スオウだよ。あんたに会いたがってた。嫌われてるとも、そう嘆いていたけどね」

「あのおっさんはどうにも。苦手なんだ……!!」

「まぁ、中身はおっさんだからねぇ。見た目が美しくともねぇ」




 母が茶を啜って、無言で腕を伸ばして背後のルイに注いで貰っている。そう言った母も死んでから若返ったので、見た目は十八歳の美しい少女だった。




 中身はまったくもって別物だが。おばさんだ、おばさん。しかし殺されるので、そんなことは決して口に出さない。そこまでを考えていると、向かいに座ったリーファ様が首を傾げる。




「スオウ様とは? 一体、どなたのことでしょう?」

「あー、腕の良い術師がいて。あの、あんまり関わらない方がいい人物です」

「あいつは人間じゃないけどね。大丈夫だよ、リーファちゃん。女じゃないから。男だから」




 にやりと笑った母にからかわれて、隣に座ったリーファ様がぼっとその顔を赤くさせていた。




「はー、今日も可愛い。天女のようだ……!!」

「一体何回目なんだい? その台詞。ああ、あと。あれ」

「何だ? あれって」




 母はそのことになると妙に歯切れが悪くなる。知っていてあえて、とぼけた表情で問い返してやる。アジの串焼きをくわえつつ、その頭を齧りとって噛み砕いていたら俺とよく似た青い眼差しでじっとりと睨みつけてきた。




「あー、やだやだ。わが息子ながら。意地が悪くて。あー、あの子には。……ランには。会ったのかい? 里帰りは?」

「そういやまだしてない、一応。あー、手紙の返事はしたけど。うん」

「その様子だと。かなり遅れて出したようだね……?」

「ご、ごめんって。母さん」




 そこで今まで黙っていたズハンがこちらを見つめ、厳かに口を開く。




「確かラン様とは。……グエン殿の、義母でしたっけ?」

「あー、うん。そう。母さんの想い人。だっ!?」

「殺すよ、グエン。送り返してやろうか、黄泉に?」

「あんたが勝手に! 俺を呼び戻したんだろう!? 全く! 自由か!!」




 こちらの額に串を的確に投げてきた母がむっつりと黙り込んで、それまでお上品に食べていた麺を一気にすすって食べ終えてしまう。




「ごちそうさん! ありがとうよ、リーファちゃん。何かと頼りない息子だが、まぁ」

「いえ。そんなことは、お義母様」




 彼女の肩にぽんと手を置いてにっこりと微笑み、ぐっとその体を寄せる。



「また今日みたいに。怖いことが起きたらあたしが守ってあげるからね? いつでもあたしの名前を呼ぶといい。分かった?」




 そこで何と驚くべきことに愛しのリーファ様がこくこくと頷いて顔を赤くさせて、母さんを恍惚と見上げている。




「はっ、はい! ショウリン様! あのっ、今日のお姿がとっても素敵でした! またお会いしたいです!」

「待って待って、やめて!? 俺のっ、俺のっ、嫁さんだからあぁ~……!!」

「死ぬほど情けない声を出すじゃないですか、グエン殿」

「うっせーよ、ズハン! 黙れ!! 俺の身にもなってくれよ、もう!?」

「思春期の反抗期ですか、貴方は? 弟がいたら。こんな感じかな……」

































 どうしてあんなことを言ってしまったのだろうと、今でも後悔している。でも多分、好きな女の子の前で意地が張りたかったんだ。




『それならあたしが。生き返らせてみようか? グエンのことを』

『本当に!? 本当にそんなことが出来るの、ショウリン!?』




 彼女は年を取って、子供を何人産んでも美しいままで。少なくともあたしからするとそうだった。あの夜に一目惚れした時のまんまで。




(あーっ! もうっ! グエンときたら。あいつは全く!!)




 言っていいことと、悪いことの区別もつかないのか。苛立って屋敷を出て、彼女が待つ家へと向かう。



 今日は約束の日で毎月、あたしの命日に彼女と会って話をしている。ショウリンは黒髪を翻して木の薬箱を背負い、黙々と歩いていた。



 頭上には美しく、柔らかな青空が広がっている。




(あの日の空も。こんな風に美しかった……蘇らせるのでは。なかった)




 この身は罰を受け、閻魔大王の奴隷のようなものだ。二百年間人の為に働いて誰かを救って、何があってもそれまでは死ねない。休めない。



『二百年。二百年なんて、また、中途半端な』

『そなたが欲のままに行動したのなら。正当な理由も無く、息子を蘇らせたのなら。あと数百年は追加してやるところだが』




 ああ、そうだ。




(あたしは欲のままに。行動したんじゃない、蘇らせたんじゃない)




 好きな女の子に笑っていて欲しかっただけ。あの明るい笑顔で「凄いのね、ショウリン!」と褒めて欲しかっただけ。




(化け物で。一人ぼっちで彷徨っていたあたしを。救って、生きる意味を与えてくれた。だから)




 どうして好きになったのかなんてよく分からない。好きなように彷徨って街から街へと渡り歩いて、ごろつきどもと喧嘩して数多くの死体を築いてきた。



 家族も友人もいない中で、砂漠を歩いて渡って一人きりの夜を過ごして、死霊使いの仕事をこなしていって。




(夜は酒を飲んで。若気の至りで妖魔を従えて。操って、禁術にも手を出して)




 そうやってふらふらと遊んで、あの日も酒に酔って他人の家に入り込んでいて。夜の中庭の茂みで誰かが泣いていた。気になって声をかけてみた。



 酒にぼんやりと熱く酔っていて、足取りも覚束無かった。空にはぽっかりと満月が浮かんで、泣いている女の子の背中を明るく照らしていた。



『どうしたんだい? なんでまた、泣いてんだい? そんなとこで』

『あっ、貴女は? ……一体、誰なの?』




 濡れた黒い瞳で見上げられて。ありとあらゆる不幸と虚しさを掻き集めて一つの黒い宝石にしたみたいな、そんな瞳に一目惚れをして。



 思わず手に持っていた、酒入りの瓢箪を落としそうになった。




『あたしは。……ショウリン。酔っ払いだよ』

『見れば分かるわよ、それぐらい。でも、いいや。何でも』




 座り込んでいた彼女はランと名乗って、その名前を心に刻み付けた。弱々しく笑う彼女の頬にはいくつもの青黒いあざが出来ていて、夫に殴られたのだと言う。




『でもね。仕方が無いのよ。ここは裕福な農園だし。離縁でもされたら。また、実家に戻って親に殴られるだけだし』




 彼女は貧しい商家の生まれで、大人しそうな彼女に目を付けた暴力男が金で彼女を娶って、毎日怒鳴り散らしてはその顔を殴っているらしい。



 どうしたらいいのかよく分からずに、ただただ頷いていた。




『ああ、ほら。薬草か何か。あげるから……折角の、可愛い顔なのに』




 隣に座った彼女が、驚いたように目を瞠る。それから弱々しく微笑んで、ゆるゆると首を横に振った。




『ありがとう、ショウリンさん。でも、貴女の方が綺麗なのに。……羨ましいわ』

『でも、あたしにとっては。その、世界で一番可愛いと思うよ?』




 ランが照れ臭そうに笑ってぎゅっと、こちらの手を握り締めてくれる。彼女は孤独で人との交流に飢えていた。暴力的な夫と意地の悪い姑に挟まれて、毎日気が休まらなかった。



 毎日毎日泣いては、ふらりと現れたあたしに愚痴って少しでも楽になりたいのだと。そう呟いていたから。少しでもランを慰めてあげたくて。




『ねぇ、ラン? 明日もまた、来てもいいかな? いや、毎日。来てもいい?』

『私は嬉しいけど、でも。ショウリンさんが大変じゃない? 私、ずっとべそべそ泣くかも』

『ううん。大変じゃないよ。ちっとも。大変なんかじゃないよ……』




 生まれて初めて恋をして、どうしていいのかよく分からずに毎晩彼女を訪ねた。少しでも笑ってくれるように、好きだと言っていたお菓子を抱えて沢山手渡した。




『わぁ! 凄いっ! いいの!? こんなに貰っちゃって!』

『いいよ。今日も飯抜きだったんだろう? ああ、そうだ。今度はちゃんと。もう少し腹が膨れるようなものを』




 そこでランが泣き崩れて、この腕の中で弱々しく泣いていた。




『ありがとう、ショウリンさん。貴女がいなかったら、私。とっくに死んでいたかもしれない』

『そんな。死ぬだなんて言わないでよ、ラン。……そうだ』




 簡単だった、彼女を救うのは。とても簡単な甘い方法で。




『殺してあげようか? 私が。その姑と旦那を』




 その言葉に彼女が驚いていた。黒い瞳が美しかった、丸っこくて可愛らしい。その指も顔立ちも。




『でも。それだと暮らしていけなくなる。ああ、そうだ。じゃあこうしてくれる? ショウリンさん───────…………』
























「ラン! 久しぶり! 会いたかったよ!」

「私もだよ、ショウリン! 元気だった!?」

「死者にそれはおかしいだろ、もう!」




 初めて会った時の庭で、あたしの墓石の前で笑って抱き合っていた。



(ああ、幸せだ。彼女が今日も幸せそうな顔をして。生きているから)




 あの後は彼女の提案で暴力的な夫を傀儡にして、穏やかな性格にしてランは沢山の子供を産んで育てた。その傀儡を操る必要があるからと嘘を吐いて表向きは側妻として、ランと一緒に楽しく暮らしていた。




 本当に幸せだった、何もかも。そう、あの時までは。



 意地の悪い姑を殺してその死体を見下ろしていたら、ランが酷く怯えていて。




『ねえ、ショウリンさん? 嬉しいけど。どうして死霊使いの貴女が。私にここまで、してくれるの…………?』





 好きだからだよ、とは言えなかった。だから咄嗟に嘘を吐いた。




『あー、ほら! あたしもさ! 随分と長く彷徨っていて。家族とか子供が欲しかったから。それで、その。言いにくいけど。あんたの夫と』



 賢い彼女はそれで悟ったようでこくりと頷いて「夫に愛情は無いから。好きにするといいわよ」と言ってくれて。渋々、彼女の夫と関係を持った。



 それでグエンが生まれて、好きな女の子がこれでずっとずっとあたしのことを覚えていてくれるんだって。そう考えると嬉しくなってしまった。



 彼女との唯一の繋がりがグエンだった。



 彼女の子と自分の子供が、血が繫がっていると考えたら何だか不思議で。どうしようもなく嬉しくて幸せだった。




『ねぇ、ラン? あたしはさ、子供なんて嫌いなんだよねー』

『えっ!? それならどうして欲しいだなんて言ったのよ!? この子はどうするつもりなの!?』

『ごめん。あんたが育ててくれない? ねっ? お願いっ!』

『ええーっ? まぁ、赤ん坊は好きだから。別にいいんだけど……ああ』




 ランが優しく微笑んで、赤子のグエンを抱えていた。




『ねぇ、ほら? 見て。目が青くてそっくり。綺麗ね。グエンはきっと、ショウリンそっくりの美男子になるんでしょうねぇ。楽しみだわ、可愛い』




 その言葉だけで産んで良かったと思った。ゆったりと微笑んで、いつまでもいつまでも美しい彼女の横顔を見つめていた。


 幸せな一時だった、堪らなく。




「それで? どうだった? グエンは元気だったかい?」

「ああ。元気だよ。たまには顔を見せなよって、怒っておいた」




 彼女が揚げてくれた鶏皮を摘まんで、ぱりぱりと食べる。見るとあたしの墓にも酒とこれが供えてあった。嬉しいやら恥ずかしいやらでついつい、顔を顰めてしまう。




「ねぇ? ラン? あんた。面倒臭くないの? あれ。供えんの」

「あのね? 面倒臭くなんてないから! ショウリンが死んだ時。本当に、本当に……!!」

「ああ、待って? 怒らないでよ、悪かったからさ!?」




 振り上げた拳を握り締めると、ランが皺だらけの顔を歪ませて美しく微笑んだ。不思議なことに、何年経っても彼女は美しい。



 何度でも惚れ直して、報われない恋心に胸の奥がずきりと痛んだ。それでもかつてのように並んで座って、甘いお菓子や鶏皮を食べたりなんかして笑い合っていた。




「そっかぁ~。なんか。大変なことになってんだねぇ~。大丈夫かねぇ、グエンは」

「うん。でも、大丈夫だよ。あたしが守るから。グエンとリーファちゃんを」

「知ってるよ、それは」




 ランが笑って、ぎゅっとこちらの手を握り締めてくれる。その手の温度に嬉しくなってしまう。




「だってショウリンは。何でも出来るじゃないの! グエンだって蘇らせてくれた。それに。私のことも助けて、救ってくれた」

「うん。……うん。何でも出来るよ、あたしはね」




 そう、ランの為なら。何だって出来るよ、とは。やっぱり言えなくて涙が滲んできて、自分の墓石を眺めていた。




(二百年後には。ランも、いないんだろうなぁ。当たり前だけど)




 それでもこれが、自分への罰だから。




(死んだ身でも何でも。生きていこう、そんでこうやって。たまにはランと話そう)




 涙を飲み込んで、皿を持ち上げて振った。




「ねぇ。お代わりないの? ラン」

「もー! あんたは。よく食べるんだから、まったく! ちょっと待ってて。揚げてくるから」

「うえーい。ごめんごめん! あー、腹減った! 鶏皮ー!」

「待ちなさいよ、揚げてくるから! あーあ、もう。いつまでも子供みたいに甘えて!」



















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