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10.道端に倒れていた少年と薔薇色の耳飾り

 












「うっわ~……もしもし? 生きてますかー? おーい?」






 屋敷の門から出た瞬間、見知らぬ男が倒れていた。一体、どうしてだ? ひとまずしゃがみ込んでその茶色い頭をぺしぺしと、なるべく優しく叩いてやる。




「えっ? 死んでない? これ? 大丈夫?」




 うつ伏せになって倒れていた男の、綺麗な栗色の頭がほんの僅かに動く。身なりからして、どうも良家のお坊ちゃんぽいが。



 仕立ての良い布は美しい緑色に染まっていて、何とも言えない品がある。ただ地面にうつ伏せになっているせいで、所々薄汚れているが。




(あっ、良かった。息はある。でも、この髪色。珍しいな、どこか違う土地の血が混じって、)




 そこでがしりと足首を掴まれてしまい。困惑していると、その若い男がやけに幼い顔立ちで見上げてくる。その茶色い瞳はどこか弱々しい。



 いかにも良家のお坊ちゃんといった風情の儚げな少年が、蚊の鳴くような声で囁いた。




「もうしわけ、ありません。その。お水と食事を頂けますか……?」

「おい、お前。……行き倒れなのかよ?」




 そこでぐるぐるぐると腹の音が鳴り響く。グエンは頭を掻いて、深い溜め息を吐いた。




(あんまり。リーファ様と見知らぬ男を近付けたくないし……飯屋にでも連れて行くか)




















 いかにも世間知らずといった感じの少年はトアンと名乗った。その顔立ちは甘く整っている。抜けるような白い肌も儚げな雰囲気も、どこかリーファ様と似ていて放っておけなかった。




(リーファ様には。すぐに帰ると伝えてあるから。買うもん買って、早く帰りたいんだけどなー)




 いつもの黒衣を身に付け、テーブルに肘を突いて。窒息死する勢いで飯を食っている、目の前の少年を眺めていた。




「おいおいおい? もう少しゆっくり食えよ、トアン? 危ねぇだろうが」

「っんぐ、すみまひぇん、グエンさん……」




 照れ臭そうに笑って、茶色い頭を掻く。昼時の飯屋は混んでいて天井は高く、周囲には薄汚れたおっさんと商人が座って飯を食い、無愛想な看板娘が皿を持って「蒸し饅頭でお待ちのお客様ー!」と、大声で客を呼びつけて皿を手渡している。




 本人が戸惑った様子で「何を食べたいのかがよく分からない」と言い出したので、消化の良さそうな鶏団子と米麺のスープと、塩気のある海老の餡が入った饅頭を数個と、鶏肉の甘辛い串焼きを頼んでやると。



 顔を輝かせ、喜んで箸を掴んで凄まじい勢いで食べ始めたのだ。




「お前も、まぁ。災難? 災難だったな、従者とはぐれて」

「いやぁ、街に慣れていなくてお恥ずかしい。何せ珍しい物も沢山、店先に並んでいるものですから」





 若いのにしっかりとした口調で、はにかんで鶏肉の串焼きを食べる。甘辛いタレをぼたぼたと、上等そうな緑色の衣に落とし始めたので慌てて止めに入る。




「ちょっと待てよ、トアン? 一体、どうしてそうなったんだよ!?」

「ああっ、申し訳ありません。グエンさん。えーっと、こういう時は」

「俺が拭いてやるよ、もう。仕方がねぇな」




 椅子から立ち上がって、白い手ぬぐいで困惑している少年の襟元を拭いてやると、恥ずかしそうに笑ってその美しい顔立ちを伏せる。



 そうすると儚げな雰囲気が漂って、良家のお坊ちゃんらしい素直さが垣間見えた。




「すみません、俺。何から何まで。そのう、迷惑をかけてしまって」

「いんや。これぐらい。迷惑の内にも入らねぇよ、気にすんな」




 ひらひらと白い手ぬぐいを振りつつ、椅子へと座り直す。トアンは感動してしまったのか、栗色の瞳を瞠ってきらきらとした表情でこちらを眺めてきた。




「凄いですね、グエンさんは。俺とそう、年も変わらなさそうなのに……」

「いや、俺は。……三十代前半だから」

「あれっ? そうなんですか? ぜんぜん、そういう風には見えませんでした」

「あー、よく言われる。あんまり嬉しくないけど」





 俺も腹が減ったので、つるつるとした食感の米麺を食べて味わい深い海老の団子を咀嚼する。じゅんわりとした海老の旨みと、スープに入った魚醤の香りがふんわりと漂ってきて、柔らかな海老団子が口の中で弾ける。



 そして豚挽き肉がたっぷり詰め込まれた、ふかふかの肉饅頭を食べて、そのほんのりと甘い生地を噛み締めつつ頬を緩める。



 周囲の騒がしい客に囲まれつつ、トアンと顔を寄せ合って喋っていた。




「なぁっ! トアン!? お前っ、これからどうするつもりなんだ? その従者とやらは?」

「あー、どこにいるのか分かりません! そのっ、厚かましいお願いだとは思いますけど、俺を」

「屋敷まで送っていったらいいのか? どの辺だ? そもそもの話、道が分かるのか? なぁ?」




 そこでトアンがにっこりと微笑んで、こちらの手に手を重ねて声を潜める。どうしてだかその些細な仕草に何か、甘い毒が潜んでいるような気がした。




「俺を。屋敷まで送っていってくれるんですか? グエンさん?」

「ああ。別に構わねぇよ、それは。お前、トアン。放っておいたらいつまで経っても、自分の屋敷に帰れないだろう?」

「嬉しいです、グエンさん」





 その甘い声と共に、こちらの片手を更に強く握り締めてくる。僅かに爪を立てられ、その生々しい爪の感触に背筋がぞっとしてしまう。


 こちらの動揺は無視して、トアンは甘い微笑みを浮かべた。




「でも。こうして会えたのも何かのご縁ですし? この辺りの店を色々と、案内して頂けませんか?」

「はぁ? 迷子のぼんぼんが何を。偉そうな口を叩いているんだよ? 従者と合流すべきだろう、そこは」





 その言葉に何故か困ったような表情を浮かべて、こちらの手に手を重ねたままぐっと身を乗り出してくる。




「でも、ほら? この辺りは中々に。楽しそうな異国街もあって、屋台も出ていて、」

「駄目だ。却下だ。第一、金も持っていないんだろう? うろつくだけ無駄だ、無駄」





 厳しい声で却下してやると、ますます困惑して首を傾げる。その可愛らしいとも言える仕草に笑みが浮かんだ。愛しい愛しい彼女に、少しだけ似ていたから。




「あれだな? お前。俺の婚約者にちょっとだけ似ているな?」

「えっ? そうなんですか? 顔立ちがですか?」

「顔立ちもそうだが。こう、仕草とか? いかにも世間知らずなところとか?」

「え~? 酷いなぁ、グエンさんは」




 トアンが嬉しそうに笑って、こちらの手を両手で握り締めて、この手を振りほどいてもいいのかどうか。考え込んで迷った挙句、追加で甘いものを頼むことにしてさり気なく手を離す。



 この手はリーファ様の手を握り締めるためだけに、存在して動いているのだ。見知らぬ少年に優しく握り締められても、あまり嬉しくない。




「ああっ、どうして。饅頭が解けるんでしょう? 空中でばらばらと…………!!」

「お前っ、食べるの下手くそだな!? ああっ、栗餡がぼろぼろと!」




 勿体無いので、卓上に落ちてしまった栗餡を咄嗟に拾い上げて食う。すると向かいに座ったトアンが、無邪気に笑って自分も摘んで食べ始めた。



 不思議な少年だった。



 少女のような甘い雰囲気を持ちながらも、どこか落ち着いていてそのくせ不器用でそそっかしい。良家のお坊ちゃんのように見えるが時折、ぞくりとするような妖艶さを醸し出す。





「ご馳走様でした、グエンさん。本当に、何て言ったらいいのか」

「ああ。別に。気にしなくていい、これぐらい。旨かったか?」





 飯屋から出て、賑やかな大通りを歩きつつ振り返って聞いてやると何故かまた、変な顔をする。




「あれ? 何か。変なことを聞いたか? 俺」

「……いいえ、何でも。美味しかったですよ、ありがとうございます」




 照れ臭そうに微笑んでいたものの、通りすがりのおっさんに「危ねぇんだよ、どこ見て歩いているんだ!?」と肩をぶつけられ、あうっと弱々しくよろめく。



 それを見て慌てて、トアンの腕を引っ張ってこちらへと引き寄せる。弱々しく見上げてきたその顔は、やはりどこか愛しのリーファ様に似ていた。




「っおいおい! お前なぁ! 本当に、良家のぼんぼんって感じだなぁ!」

「すっ、すみません。俺。人も多くって何だか、目が回りそうで」

「ああ? ……何だ。本当だ。顔色が悪い、どこかで一休みでもするか?」

「いっ、嫌です。まだ、色々と見て回りたいです! お店!」

「ええ~? ……仕方が無いな、ほら」




 渋々と、本当に渋々と手を差し出してやると。きょとんとした表情から一転、嬉しそうな微笑みを浮かべてこちらの手を握り締める。




「ありがとうございます、グエンさん。すみません、何かと手がかかってしまって」

「いんや、いい。弟と妹で慣れているし。こんなの」




 そのまま人混みを掻き分けて歩いて、隣を歩くトアンがきょろきょろとし出す。呆れて溜め息を吐いて、繋いだ手を握り締める。




「おいおい。お前? その調子で迷子になったんだろうが。足元がおろそかになって転んじまうぞ?」

「ああ、すみません。でも。……お兄さんがいたら、こんな感じかなぁ」





 随分とあどけない表情で笑う。その無防備な笑顔に、愛しいリーファ様の顔が重なって。ゆったりと口角を持ち上げ、こいつが行きたがっている異国街へと向かう。




「そうだな。でもまぁ。弟は間に合っているが」

「いいなぁ、グエンさんの弟が。羨ましい。あっ、そうだ」




 そこで強く強く、こちらの手を握り締める。その強さにぎょっとして振り返ってみると、冷たい栗色の瞳で甘く微笑んでいた。




「聞かせてくださいよ、婚約者さんの話。一体どこでどう、知り合ったんですか?」

「あっ、ああ。その前に。手の力を緩めてくれるか? 痛いから」




 無言で緩めると、大勢の人々の間を通り抜けつつトアンがこちらを見上げてくる。何故かその栗色の瞳に、得体の知れないものを感じていた。



 しかし不思議と恐怖は湧いてこない。何の感情も抱けず、自分でも不思議に思う。どうしてだろう、こんなにも不気味さが漂っているのに。




「ええっと、そうだな? いわば俺と彼女の出会いは。生まれた時から定められていたようなもんで」

「生まれる前から決まっていたんですか? 婚約が?」

「いや、そうじゃなくて。運命なんだよ。分かるだろ?」

「はぁ。……運命」




 そこで今いちよく分からない、といった顔をされてしまう。




(くそっ! どいつもこいつも! 似たような顔をしやがって!! 誰も彼もが俺の愛を理解しやがらねぇ! 一体、どうしてなんだ!?)




 そのことにぶつくさと文句を言いつつ、汗ばんだ手を握り締めて首を伸ばす。




「ああ。ほら。もうすぐ着くぞ? 異国街に」

「わぁ~。あれがかの。有名な異国街ですか!?」

「はぐれんなよ? しっかりな?」

「はい! グエンさん」




 大勢の人々の熱気に煽られ、進んでいくと頭上に色とりどりの天幕が現れる。



 木の柱にかかった白い天幕に血のような深紅色、夏の青空のように鮮やかな青色の布に、美しい緑色の布が初夏の陽射しを通して、はたはたと揺れ動いている。



 貝殻のような光沢を放っている白と青のモザイクタイルを踏みしめて、活気溢れる屋台や店を眺めて、人々の間を縫って歩いてその熱気と賑やかさを楽しむ。



 人々の話し声とぷんと、どこかで何かを揚げているような匂いが漂ってくる。




「わぁっ! 見てくださいよ、あれ! 綺麗な硝子玉が浮いている!」

「いや。多分あれは。しゃぼん玉とかいうやつで……」

「へぇ! しゃぼん玉! 見てみたいです!」

「金無いから。見るだけな? って、おい!?」




 ぐいぐいと、こちらの手を引っ張って。楽しそうなトアンが迷惑そうな表情の人々を押しのけ、どんどん進んでゆく。揉みくちゃにされながらも、その汗ばんだ手を握り締めて声を上げた。




「おいおい! トアン!? お前っ、自由に動くのもいい加減にしろよ!?」

「あっ、なーんだ。ここは女物の宝飾品とか。そんなものを扱っている店でしたよ、グエンさん」

「いらっしゃい。お土産に買って行くかい?」




 日に焼けた、皺だらけの顔で女店主が笑う。


 モザイクタイルの道に木の棚がいくつも並べられ、そこには淡い珊瑚の簪に耳飾りにと、様々な装飾品が飾られてきらきらと光り輝いている。



 年頃の少女や若い夫婦が手に取って顔を輝かせて、歓声を上げていた。居心地の悪いものを感じて後退ってしまったが、トアンは何も気にせずに近付いてゆく。




「ねぇ! ほら! 婚約者さんにどうですか? 贈り物!」

「ええっ? でもなぁ~、そんなに金も無いし。お前に奢っちゃったから」

「意外と食べてましたね、俺もグエンさんも」

「だな。俺も腹が減ってたから」




 トアンがふんふんと鼻歌を歌いながら、蕩けるような薔薇色の石が付いた耳飾りを手に取ったのでそれを覗き込む。




「ああ。ほら。どうですか? これ。好きそうじゃないですか、こんなの」

「うーん。でも、どうだろうなぁ? 高そうだし」

「へっへーん、実は、じゃんっ!」

「うおっ!? ……おい、お前」




 トアンが悪戯っぽく笑って、財布をぷらぷらとさせて見せつけてくる。思わず半目になって、ぎろりと睨みつけてやると悪びれた様子も無く、にっこりと甘く微笑む。




「ごめんなさい、グエンさん。落としただなんて、そんな。嘘を吐いていて」

「ああ。本当にな? でも良かったよ。お前が落としてなくて。トアン」




 そこで先程のようにまた、変な顔をする。それを不思議に思って、聞き返そうとした瞬間。ぐいっと腕を引かれて、こちらの耳元に顔を寄せて甘い囁きを落としてくる。




「これは俺が貴方に買ってあげますよ、グエンさん。今日の、()()()お礼です」

「ああ、まぁ。……それならそれで。有難く貰っておこうかな?」

「良かった! 断られるかと思った!」





 こちらからぱっと離れて、トアンが嬉しそうな笑顔で「それじゃあ、買ってきますね! 二つ!」と言って、薔薇色の石が付いた耳飾りを持っていく。



 背筋がぞわりとしたような気がして、自分の二の腕を擦っていた。




(何だ? やたらと。……嫌な予感がする? トアンに?)




 よく分からないが、得体の知れない不気味なものを感じて二の腕を擦っていた。暫くしてからしょんぼりとした様子で、トアンが戻ってくる。




「すみません、グエンさん。お金が足りなくて、一個しか買えませんでした」

「あー、いいよ。別に。あれ、高そうだもんな?」

「はい……すみませんでした。大きな口を叩いて」

「そこまで。落ち込む必要はないだろ……」




 何となく居心地が悪くなって、落ち込んでいるトアンの茶髪をわしゃわしゃと撫でてやる。トアンが驚いた表情で見上げてきた。




「うーん、確かに。母さんがもう一人。産んでたらこんな感じだったかなぁ?」

「弟? …………おとうと」

「おう。そんな感じだな、本当に。よし、行くか」




 はぐれないように手を繋いでやると、何故かずっと黙り込んでいた。そして「おとうと」と何度も呟いて深く考え込んで、物言いたげにこちらを眺めていた。





(うーん? 何か。変なこと言ったか? 俺。まぁいいや。こいつもこいつで、かなり変わってるし)






 あまり気にしないようにして歩いていた。でもこの時にもう少しだけ。気にかけてやる必要があったのかもしれないと、後ほどの事件の後でそう思ったのだ。


 どうしようもない気がするけど。

























「それで? これを。その。グエン様は……貰って?」

「ああ、はい。リーファ様さえ。良ければなんですけど」




 彼女が困ったような表情で首を傾げている。可愛い、死にそう。でもぐっと耐えて、心の中で「リーファ様、好き!!」とだけ叫んでおく。



 ここは俺の寝室で、二人でまったりと食後のお茶を楽しんだ後、あの耳飾りを渡してみたのだ。薄紅色の襦裙(じゅくん)を纏った彼女は黒髪を下ろして、手の中の耳飾りを見つめていた。



 やたらとその首を傾げている。可愛い。




(うん。あいつの見立てだが。中々に品がいい。だからリーファ様も)




 気に入るかと思ったのだが、どうもあまりお気に召さなかったらしい。ぽつりと、拗ねたように呟く。




「グエン様は。首を長くして待っている私を放置して。その、男の子と。仲良く遊んでいたのですね?」

「ああ、すみません。リーファ様。嫉妬ですか?」




 優しく微笑みかけて、拗ねたように見上げてくる彼女の美しい黒髪を梳かしていた。指の間で滑り落ちて、その感触に口元が緩む。





「って言ったら」

「ん?」

「嫉妬していると言ったら。その。……呆れてしまいますか?」





 潤んだ黒い瞳で見上げられ、その幸福さに酔って拗ねている最中のリーファ様を抱き寄せる。風呂上がりに塗ったらしく、香油の甘い匂いが漂ってきた。




「大丈夫ですよ、リーファ様。申し訳ありませんでした、俺の帰りが遅くなってしまって」

「グエン様。……その。ちょっとだけ。淋しかったです」

「っぐ、駄目だ。限界だった、俺の頑張り……!!」

「グエン様!? 一体、どうなさったのですか?」




 いつもみたいに騒いでしまわないよう、冷静に冷静にいい男ぶっていたのだが。苦しい胸元を押さえて、溢れ出す愛おしさに彼女の両腕を握り締めていた。




「ああ。すみません。リーファ様……!! 何だか。情けない男で」

「いいんですよ、グエン様。その、いつも嬉しいです。ありがとうございます」




 照れ臭そうに笑って、そっと囁きかけてくる。




「私。グエン様のそんな。弱っている姿を見るのが好きです。……格好いいと思います」

「あっ。死んだ、無理。つらい……」

「ふふっ、好きですよ。グエン様。お慕いしております」

「うおっ、うおっ……うおっ」

「ふふふっ」




 そこで彼女が嬉しそうな微笑みを浮かべて、俺の真っ赤になった頬に手を添えて額に口付ける。ぐっとまた、心臓が死にそうになって。照れ臭そうな彼女を抱き締めてそのまま、今日の疲れを癒していた。




「まぁ、あれ。気に食わないのなら。俺が使いますよ、リーファ様。女物だけど。勿体無いから」

「ええ。そうして頂けますか? グエン様。何だかあれは。好きになれなくって。それに」




 そこでふっと離れたので、不思議に思って照れ臭そうなリーファ様を見下ろしていると。さくらんぼのようなくちびるを開けて、死にそうに可愛らしいことを言ってくる。




「私には。グエン様から贈って頂いた、沢山の耳飾りや簪があるので。それだけで十分幸せです。他の耳飾りなんていらないの。でも、ありがとうございます。私のことを、その。出先でも考えてくださって」

「はー……天女かな? 好き。可愛い。すっき……!!」

「ふふっ、もう。グエン様ったら」





 こうして、穏やかな夜が更けていった。


 名残惜しそうな彼女を寝室へと送り届けると、ふとあの美しい薔薇色の耳飾りが気になって。引き出しから取り出して、燭台の炎にかざして眺めてみる。



 蕩けるような薔薇色の石が、ほんのりと淡く光り輝いていた。足元で「にゃあ」と、少しだけ成長した白い子猫のファファが鳴く。




「うん。……綺麗な耳飾りだ。残念だったな、リーファ様が受け取ってくれなくて」

「にゃー、にゃうん、にゅうっ」

「はいはい。どっから声を出してんだよ、お前は」




 前足でちょいちょいと黒衣の裾を引っ掻いているファファを抱き上げ、その背中に鼻を埋める。青い瞳を閉じ、グエンは呟いた。



「まぁ。楽しかったな、ああいうのも。トアンと出かけるのも新鮮で。まぁ、もう、会うことはないだろうが」

「にゅー、にゃう、にゅうっ」




 ルイがしきりに話しかけているからか、ファファもよく喋るようになった。子猫を抱え直して、自分と同じ青い目に優しく笑いかけてやる。




「そんじゃあ。寝るか。ファファ。一緒に」

「んにゅっ」
















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