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マダオの田中 中学三年生  作者: やまいも
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涙の別れ

 受験。合格発表。落ちる人は落ちる。受かる人は受かる。東谷は、第一志望は受からなかったが、第二志望に合格。田中は中卒で職業訓練学校へ。宮本は地元で一番の進学校。寺門は県外のサッカーの名門校。順当に決まったが、別れが決まったとも言える。


「おい寺門、最後にサッカーしようぜ。中川を入れてな」

「え……? うっ、うぉおおおおおおっ。心の友よぉっ!」

「おいおい」


 放課後の教室。宮本が寺門をサッカーに誘う。寺門は涙を流す。中川に告白するチャンスを、作ってくれるのだろう。嬉しさのあまり、抱きついてほっぺすりすりだ。


「俺達も、何かやりたいな」


 ぼそっと呟く東谷。田中は聞いていた。


「なあ、東谷。俺、宮本に勝ちたい」

「えっ」

「サッカーやってみないか。あいつと」

「いやあ、それはさすがに…」


 その言葉を、井上が聞き取っていた。


「おーい! 田中が寺門の告白の引立て役になるらしいぞー!」

「バッ、おい井上!」


 皆に聞こえるように大声で言う井上。その顔は、嫌らしい笑みを浮かべている。


「最後に恥を晒して引立て役になるなんて。元生徒会長とその愛人はお優しいですなあ。ふははははっ」

「おいコラっ。お前は最後までそういう…」

「何のことでしょう? 僕ちゃん、君達の優しさに感動してるんだよ? ゲームしかやってないのに、県内一の進学校に合格してしまった僕ちゃんが、君達の優しさにさあ!」


 嫌らしく笑いながら、大声で自慢を混ぜる井上。


「あっ、ごっめーんっ。東谷ちゃんは、この高校落ちちゃったんだよねえ。まあ、君は悪くないよ。うん。才能の違いってやつさ。ふはははははっ」

「はあ。はいはい、お前はすごいお前はすごい」

「もっと言ってくれてもいいんだぞ。ふははははははっ」


 同調してくれる人が誰もいない井上。自慢して、褒められたくて。優等生の東谷でさえ落ちたということを、本人の前で言ってしまう。自分はそれだけすごいのだとアピールするために。東谷の気持ちを考えずに。これで褒められると思っているのだろうか。勉強ができるだけで頭は悪いバカ。クラスメイト達はそう思う。むしろ、落ちたと目の前で言われながらも、井上を褒めることのできる東谷の心の大きさこそが、偉大である。クラスメイト達は心の中で東谷に賞賛の声を送った。


「チッ」


 舌打する井上。なんでこいつら、俺を褒めねえんだ。県内一の高校だぞ。すごいんだぞ。田中はちょっと速く走っただけで、ちやほやされていたのに。努力して結果を出した俺がこの扱い。不公平だ。ありえねえ。現代で運動なんて役に立たねえ。勉強ができるやつこそが、この世界を支配できるのに。この俺を誰と思ってやがる。バカ共の癖に…っ。

 井上は頭の中で恨み辛みを反芻する。


「田中、お前、俺の引立て役になってくれるのか。ありがとう」


 一通り宮本にすりすりし終わった寺門。田中に近づいていく。


「引き立て役じゃねえよ! 俺が、俺と東谷が、宮本に勝つんだよ!」

「ミヤーにぃ? それは無理だな。あいつとまともにやりあえるのは天才である俺だけだ。お前達は、無様に寝転がることになるぜ」

「うっせー! 勝つんだよ」

「なんだとぉ!」


 ヒートアップする両者。宮本が割って入る。


「おいおい寺門。その闘志は本番にとっておけよ」

「ん? そ、そうだな。なんてったって、中川にかっこいいところ見せないといけないもんな」

「ああ。その意気だ」


 引き下がる寺門と宮本。そのまま2人は、中川を誘うためにどこかへと歩いていく。


「田中、本当に言っているのか? あいつに勝つって」

「もっちろん。そのために、練習してきたんだ」

「いや、サッカーの練習はしてないだろ。走ってるだけで」


 呆れる東谷。だが田中は譲らない。その田中が、不意に、井上に近づいていく。


「なんだよ。東谷の愛犬」

「お前、頭がいいんだろ。あいつに勝つために、力を貸せよ」


 井上の表情が、ふっと崩れる。


「力を貸してください、だろ。天才であるこの俺に頼んでるんだから」

「うっせー! わけ分かんねえこと言うな!」

「ふははははっ。相変わらずバカだなあ田中は」

「うっせー」


 そこに、東谷が入ってくる。


「おい田中、井上でいいのか?」

「うん。いいんだ」

「おいおい東谷、そっちから頼んでおいて、急にキャンセルはなしだろお。この俺様が、お前達を使ってやろうってのによぉ」

「えっ」


 意外にも、井上は乗り気らしかった。


「頼むぞ、井上」


 何故か、一点の曇りもない口調で言う田中。いつもなら、ちょっと煽られただけで、怒っていたのに。


「ふん。田中に頼りにされるなんて、何も嬉しくねえなあ」


 そう言っている井上の表情は、緩んでいた。

 その後井上は、昔の不良仲間をサッカーに招くために教室から離れる。


「いいのか田中。井上はお前のことを…」


 東谷が話しかける。


「いいんだ。あいつ、寂しそうだったから」

「えっ…」

「なんでかわからないけど、あいつも俺みたいに、みんなに嫌われるようになっちゃった。だけど、サッカーで活躍したら、またみんなに好きになってもらえるかもしれないじゃん。おれが、マラソンで、そうだったように」

「田中、お前…」

「みんな仲良くなって欲しいんだ。俺はさ」


 まさか田中が、ここまで深く考えるようになっているとは思わなかった。そして、ここまで優しくなれるとも思わなかった。自分があれだけイジメられたとしたら、井上にやさしく接することができるとは思えない。田中の心は、今、この瞬間、クラスの誰よりも輝いていた。


「田中、お前は、すごいやつだよ」

「な、なんだよ東谷ぃ。俺なんて、全然すごくないよ」

「いいやすごいっ。このやろっ、このやろっ」


 田中を抱きしめ、撫でる東谷。身体をくねらせて、受け入れる田中。別れの季節。2人の目には、笑顔と共に、涙が浮かんでいる。

 それを見るクラスメイトもだ。


「あれ? なんでだろ」

「いいな、こういうのもさ」


 彼等も、目に涙が浮かべていた。イジメられていた田中。その田中を庇って不幸続きだった東谷。この2人だからこそ、生み出せた感動だった。


 最後のサッカーは、寺門が、自分を目立たせるために自チームに宮本以外は下手くそしか入れなかった。そのため、白熱したとてもいい戦いとなった。だが、その終盤。宮本のゴールにより、寺門チームが勝利となった。その流れで、中川は宮本に告白してしまった。


「宮本君、好きです! 付き合ってください!」

「え? 俺?」

「し、親友ううううううううううううううううううううううううううううう!」


 寺門の魂の叫びが、グラウンドに響き渡った。

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