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マダオの田中 中学三年生  作者: やまいも
3/5

小さな違和感

 東谷の日常は続く。家では家事、勉強。学校は朝早くに来て花壇に水遣り。生徒、先生に挨拶。時にはプリントの印刷や体育祭の準備を手伝う。生徒会の仕事もこなす。授業は真面目に受けて、田中を庇って、茶化されて。この日も、いつものように花壇に水遣りをしていた。


「おっ、田中はどうした? 愛人卒業か?」

「うっせ」


 井上。いつもギリギリに来る彼が、珍しく早めに来ていた。

 田中、そう言えば最近朝に会わない。彼はだらしないから、遅刻も珍しくないが、朝早くに来て東谷にウザ絡みするのが彼の唯一の楽しみであるはず。少し気になるところだ。


「ったく、お前もどうしたよ。こんなに早く」

「別に。受験があるから健康に気を付けようと思っただけだ」

「そうか。お前は真面目にやればできるんだから、変なことしなけりゃいいのに」

「ふははははっ。そりゃあ無理だ。俺は俺が楽しむことを最優先に動いてるんでね」

「だけどよお。田中に対する言動とか。勉強ができないからって、あんなに強く言わなくてもいいだろ」

「笑いが分かってないなあ東谷。あれが、いじりって言うんだよっ」


 全く反省していない井上。だが、彼が東谷とこれだけ長く会話するのも、珍しいことだった。実は、ほんの少し、心変わりし始めているのかもしれない。そんな期待が持てた東谷だった。

 授業中。相変わらず何も分からない田中。


「係助詞『は』の意味分かりますか? 例えば、私は勉強する。私が勉強するの違い」

「えーっと、係女子? 勉強、勉強」

「ふはははっ。田中は今日も平常運転。授業ぶち壊しですなあー」


 相変わらず茶化す井上。


「ん? おいおいどうした、皆…」


 だが、他のクラスメイトが、井上に続かない。どころか、冷えた視線を送る。

 焦る井上。


「ったく、みんな笑いが分かってねえなあ」

「井上君、授業中ですよ。私語は慎むように」

「はい、先生。申し訳ありませーん」


 茶化すように謝罪する井上。だが、彼は成績がいい。先生はいつも彼に甘い。ここで何も言わない。

 休み時間。いつもは半分くらいの確率で突っかかってくる井上。だが、やはり何もしてこない。いつもの連れと会話しているわけでもない。一人で勉強している。


「ひっがしたにー。何見てるんだ?」

「いや、最近、井上がつっかかってこないと思ってな」

「おおーうっ、確かにっ。まあ、あんなやつのことは放っておこうぜっ」

「んんー。まっ、そうだな」


 受験に向けて、心を入れ替えたのだろう。東谷は前向きに捉えることにした。

 掃除の時間。クラスメイトの会話を聞く。


「井上って本当最低だよね。自慢ばっかだし、すぐ言い訳するし」

「笑いだとか何とか言ってるけど、つまらんしね。ただ虐めてるだけじゃん」

「しかもこっちに笑いの同意持ってくるしな。今日なんて誰も反応してなかったけど」

「あれは爆笑だったな。せいせいしたわ」


 井上の悪口。耳にしたのは初めてではない。だが、あまりにも大人数で、女子も男子も盛り上がっている。イジメっ子に恐怖するような、ふつうの男女がだ。井上はいじめっ子で身を固めているというのに。

 そのイジメっ子は、この場にはいない。外を見てみると、寺門といじめっ子が、サッカーをしている。今は掃除の時間だ。イラッとする東谷。

 だが同時に、ハッとする。


「まさか、宮本が…?」


 以前に言っていた、井上を潰すという発言。東谷は、やめろと言ったはずだ。だが、現実を見るとどうだ。宮本といつもつるんでいる寺門が、いじめっ子と共にサッカー。クラスメイトが、急に井上に冷たくなっている。これをできる人物がいるとすれば、宮本しか思い当たらない。

 掃除が終わる。東谷は足音荒く、宮本を探して歩く。そして、見つける。


「いた! おい、宮本ぉ!」

「なんだ、東谷」

「お前か? お前が広めたのか? 井上の悪口を」


 怒りを露わにする東谷。確かに井上のイジメには困っていた。だが、イジメをイジメで解決するというのは、東谷の正義感が許せない。


「別に。俺は、井上に群がる不良達をサッカーに誘っただけだ。井上が不良を従えると、ろくなことにならんからな。掃除の時間までやれとは言ってないがな。あれは寺門が勝手にやっただけで」

「何ぃ…? じゃあ、なんで皆が井上の悪口を言ってるんだよ!」

「それだけあいつが嫌われてたんだろ。ジャイアンを失ったスネ夫なんて、あんなもんさ。みじめだよな」

「お前なあ…」


 上手過ぎる仲間外し。宮本に怒りを感じてしまう。だが、確かに、宮本はそれほど悪いことをやっていない。彼の発言が真実なら、単に井上の自業自得で嫌われているだけ。この怒りは、東谷の見当違いなのかもしれない。


「いや、ごめん。お前に当たるのは、間違いか。そうだな。あいつに、悪い所があったもんな…」

「むしろ、ようやくクラスの連中が、正義の心に目覚めたと言えるんじゃないかな。井上もイジメをやめて勉強に集中してるし、いい流れだと思うぞ」

「そうか。確かにそうかもな。ごめんな、宮本」

「なぜ謝る」

「それは、その…。ごめん、なんかごめん」

「おいおい」


 東谷は、恥ずかしくなって逃げ出した。

 なお、宮本は、東谷に言っていないことがあった。確かに、宮本は井上の悪口は言っていない。だが彼は「いじりとか言って芸人の真似するやつって最低だよな。しかもつまらんし」「勉強ができるからって自慢ばっかりするやつっているよな。何様だよ」「勉強なんかできても何も役に立たない。むしろ偉ぶって人を傷つけるだけ」などと、人物名は出さずとも井上の行動を批判する言葉をクラス中にばら撒いていた。もちろん、井上や東谷がいない場所で。その成果が徐々に現れて、井上は人気がガタ落ち。クラス中に敵視されるようになったのだった。もっとも、井上の自業自得である。実際に多くの人から恨みを買っていたから、これほどスムーズに悪評が広まったのだった。

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