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マダオの田中 中学三年生  作者: やまいも
2/5

天才宮本

 掃除の時間。男子トイレ。

 不意に宮本と二人きりになる東谷。


「なあ、俺、お前のこと尊敬してるんだぜ。正義感、すごいなって」


 宮本がちょっと恥ずかしそうに言う。衝撃の告白だった。


「な、なんだよいきなり。褒めたって何も出ないぞ」


 口とは裏腹に、満面の笑みになる東谷。学年一の天才が自分を褒めてくれた。ちゃんと見てくれていた。それだけでも今までの苦労が報われた気分になる。


「俺には耐えられねえよ。田中に構って、皆にバカにされて」

「うーん。まあね。でもさ、そんなに悪いことばかりじゃないんだよ。話して楽しいこともあるし。友達だし」


 本当は、悪いことばかりだと、思うことの方が多かった。友達だと思いたくない時も多かった。しかし、東谷は、謙虚を尊ぶ男なのだ。自分は大したことがないと自分の口では言いたいのだ。他人からは褒められたいが。


「田中だって、悪いやつじゃないしな。誤解されやすいだけで」

「でも、本当は遊びたいんじゃないのか?」

「そりゃあ…」


 痛いところを突かれた。宮本は、休み時間の度に外に行ってサッカーをしている。家に帰れば友達とゲーム。東谷は、休み時間も田中の介護で忙しい。イジメられっこに目をつけられているから、遊ぶ友達もできない。だが、それは考えないことにしていたのだ。


「いやでもさ、俺達もう中3でしょ。遊ぶような歳でもないじゃん」

「何歳まででも遊んだらいいだろ。人生楽しんだもの勝ちって言うだろ」

「あーっ。もうっ」


 避けようとしても引かない。痛いところを突かれる。自分だってそんな生き方がしたかった。だが、苦しいのだ。そんな生き方ができない自分自身。失った日々。その後悔を、欲を、刺激されるのは。


「お前の考え方は分かった。だけど、俺とは考え方が違うんだ。黙っていてくれ」

「いや待て。田中についてもだ。お前、中学であいつとは別れるわけだろ? 依存させっぱなしで、大丈夫なのか?」


 もう聞きたくないのに、強引に話しかけてくる宮本。


「ああん? 何がだ?」


 東谷は、珍しく怒りを露にしてしまう。


「あいつに必要なのは、一人で生き抜く強さだろう。一回放置して、自分で努力させた方がいいんじゃないか? 影から支えるとか」

「うっせえよ! 俺はもう、受験とか家のこととか、もういろいろといっぱいいっぱいなんだ! これ以上注文を増やすな!」

「す、すまん」


 自分でもびっくりするくらい、怒ってしまった東谷。褒められて、慰めてもらえると思ったら、まさかのダメ出しだったのだ。しかも、自分より才能を持ちながら、好き勝手生きている男から。むしろ、この程度の怒りに抑えたのは、やさしさである。東谷はそう思い込むことにした。


「井上、お前より成績いいのに、イジメなんかして。あいつ何なんだろうな」

「あーはいはい。なんなんでしょうね」


 まだ話しかけてきた宮本。イジメっ子の中で唯一成績がいい井上。確かにあいつには苛立っていた。才能がありながら身勝手に他人に迷惑をかけて生きるという点で。宮本は自分と共通の話題を探し、盛り上げようとしているのだろうか。だが、東谷は正義感が強い男。影で悪口など言いたくない。声のトーンも、怒りっぽいまま継続となる。


「あいつ、潰してやろうか?」

「は…?」


 突然の急展開。固まってしまう東谷。


「辛いだろ。あんなのがいたら」


 東谷より頭がよく、イジメっ子で身を固めている井上。その彼を、宮本は潰すと言い放った。しごくあっさりと。簡単にできると思っているのだろうか。信じられない。どのような方法を使うのだろうか。天才だけが思いつくことのできる、えげつない方法があるのだろうか。それは、正義感の強い東谷には認められるものではない。しかも、井上と違ってイジメの笑顔がない。表情が読めない。天才の突発的な言動は恐怖だ。


「よ、余計なことはすんな! いいんだよもう! この話は! 終わり!」

「怒り過ぎだろ。何にキレてるんだよ」

「お前だよ、お、ま、え!」


 こんな言い方をすると、天才宮本を敵に回してしまうかもしれない。しかし、東谷の正義感はそれでもいいと言っていた。井上は悪いやつだが、天才宮本に潰されてしまうのは、かわいそうだ。自分が、その役目を背負っても構わない。他人のために自分から不幸を呼び寄せる生き方。だがそれこそが、自分の心を輝かせると妄信して。


「あいつもあの程度か。はあー。ひょっとして、自分だけ先生に頼まれたとか思っているのかね」


 掃除の時間が終わり、クラスへと帰る宮本。

 彼は学年一位だ。当然、教師から生徒の模範となることを期待されている。イジメをなくす手助けも、頼まれていた。サッカー部の寺門。中学一年の頃は、殴る蹴るで暴れまわって手がつけられないガキ大将だった。親は風俗嬢と元暴走族。親が出てくると教師も恐い。一番面倒臭い彼を止めるよう頼まれたのが、宮本だったのだ。

 単純に暴力はやめろと言っても止まるはずがない。宮本は頭を使った。休み時間になる度に、寺門をサッカーに誘った。野球部の宮本ではサッカーで寺門に勝てない。彼は寺門に負け続けた。そしてこの敗北が、勉強が苦手な寺門の自尊心を撫で回し、イジメから身を引かせることに成功した。イジメよりサッカーの方が楽しい。そう思わせることができた。それからも毎日続いた休み時間のサッカー。あれは元々、遊びではなく、接待サッカーだったのだ。今では宮本も実力が上がり、寺門相手にも十分楽しめているが。

 しかもだ。中一で寺門のイジメがなくなった後も、中二ではイジメられっ子の帰宅部小倉を救うように頼まれた。その時も、下手くそ小倉をサッカーに誘って、助けた。接待サッカー再びだ。小倉でも活躍できるように、ディフェンスで身体をぶつける小細工を教えた。スポーツをやっていて、寺門一派。そう認識された小倉は、イジメの対象ではなくなった。

 教師に頼まれたわけではなかったが、女子の中川をイジメから救ったのも宮本だ。中川は、見た目がかわいく、モテ過ぎたために、モテない女子からイジメの対象になっていた。だから、宮本は、危険人物寺門を、中川にあてがった。何のことはない。一回軽く遊んだだけ。それだけで、寺門は、中川にベタ惚れした。寺門は初心なので告白しなかったが、中川に近づく男を、徹底的に敵視するようになった。時には暴力も使い、追い払っていった。そうして、中川はモテなくなり、女子からイジメられなくなった。むしろ、野蛮な寺門に付け狙われるかわいそうな女という扱いになった。なお、中川はモテモテの自分から男を追い払った寺門のことを、嫌いだった。哀れ寺門…。


 とかく、イジメだらけだった最低の中学校。これが、井上一派くらいしかイジメっ子のいない場所に変わったのは、宮本の功績が大きい。宮本はそう思っていたし、事実であった。しかし、教師も含めて、真に宮本の功績を認める者は、誰もいなかった。それほどさりげなく、自然な演技で、人を動かしてしまうからだ。誰にも理解されない孤高の天才。それが宮本であった。

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