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マダオの田中 中学三年生  作者: やまいも
1/5

田中の日常

 2年前。放課後の教室。


「東谷君、君は成績優秀だし、スポーツも万能。性格も穏やかで周りがよく見えている。そこで、頼みたいんだ。君に、田中を守ってやって欲しい」

「田中、ですか…?」

「分かっていると思うが、彼はふつうの子じゃあない。頑張っても、できない。勉強もスポーツも。でもそれが、頑張ってないように見えてしまう。だから、イジメられてしまう。先生は、イジメを無くしたいんだ。でも、やっぱり先生だけの力じゃ難しい。協力してくれないかな?」

「……分かりました。やりましょう」

「ありがとう。助かったよ」


 現在へ。優等生である東谷。彼は生徒会長になっていた。

 朝早くに来て、花壇に水遣り。先生が通ったら、元気に挨拶。


「おはようございまーす」


 下級生には、やさしく挨拶。


「や、おはよう」


 部活の朝連に来たクラスメイト達からは、茶化される。


「相変わらずだな優等生。朝からお花に水やりとか、お嬢様かよ」

「東谷ちゃんは真面目でちゅねー」

「お前等なあ」


 優等生としての生き方。つまらないと感じたこともある。しかし、厳しい両親に育てられた彼の精神は、歳の割に磨耗している。流行や自分の欲を理由に行動するのは、苦手だった。


「東谷、ちょっといいか。実は急な予定が入ってな。プリントの印刷が間に合わないんだ。今日の日付で入っているんだけど…」


 先生から、プリントの印刷と配布を頼まれる。USBを手渡される。


「分かりました。やっておきます」

「助かるよ」


 嫌な顔1つせず受け負う東谷。雑用を笑顔でこなす便利屋。いいように使われている感もある。だが、他人から頼りにされることが、彼の喜びであるのも事実だった。


「ひっがしったにぃいいいいいっ」


 そんな東谷に、ぴょんぴょん跳ねながら近づいてくる少年。小学生のような言動だが中学三年生。クラスメイトの田中。


「ばっ、おいコラっ。こんな所で抱きつくなっ」

「ふへへへへっ」


 朝早いが、廊下で誰かに見られるかもしれない。生徒会長にふさわしくない姿。しかし、田中の幸せそうな顔を見ると、無理に引き剥がそうという気も失せる。東谷は、田中を引きづりながらコピー機へと移動する。


「これでよしっと。田中、プリント一緒に配ってくれるか?」

「もっちろん! 任せなさい!」

「よし、いい子だな」


 どこで覚えたのか、敬礼する田中。東谷は頭を撫でる。くにゃっと笑う田中。


「ふへへへっ」

「っておい、中三にもなって素直に撫でられてどうする! お前は犬か!」

「わん! あんあぅーっ!」

「うえっ? ……ぷっ、ぷふふふふっ」

「ふへへへっ」


 まさかの時間差なしの犬真似。しかも割と上手。東谷は笑ってしまった。田中は東谷が笑ってくれたので、とても幸せな気分になった。


 だが、それは束の間の幸せ。授業が始まってしまうと、田中にとってはひたすら地獄。田中は、勉強もできず、スポーツもできず、授業中におならをこいたり喋っている途中によだれをたらしたり。クラスに一人いたりいなかったりする、まるでダメな男だからだ。


「それではこの問題、田中君」

「えーっと。えーっと。あの、あのー」

「ゆっくりでいいからね。まずは、かっこ展開するでしょ」

「は、はい…。展開、展開…」

「えーっと。ここの3a+8aができますね。aが同じなので3+8になります」

「えーっと、aが同じなので3+8で」


 簡単な問題にとても時間がかかってしまう田中。しかも解けていない。

 見かねたクラスメイトが声を上げる。


「先生と同じこと言ってるだけじゃねえか!」

「何も分かってねえぞこいつ! バカ過ぎる!」

「ぎゃはははははははは」


 クラスの悪い男達。できない男をバカにして笑うイジメっ子。彼等は皆、田中よりは頭がいい。しかし、平均より下の子が多い。一人だけ、上位もいた。いつも嫌な笑みを浮かべている井上。


「うるさい! うるさい! 今、言おうとした所だったんだよ!」


 怒る田中。興奮している。


「はあ? 何嘘ついてんだこの野朗!」

「ぶっ殺すぞカスが!」

「み、皆! 静かにしなさい! 授業中ですよ!」

「でも先生、授業遅らせてたの田中ですよ」

「そーだそーだ。俺達は悪くねえ! 悪いのは田中だー!」

「ぎゃはははははは」


 先生が東谷の方を見る。助けてくれと。

 俺にどうしろってんだ。悩む東谷。イジメっ子の男子を黙らせつつ田中も黙らせる方法。思い浮かばない。


「先生、続き、お願いします」


 とりあえず。流れを変えるような声のトーン、且つ満面の笑みで言ってみる。


「真面目君だなー、東谷はー」

「調子にのんなよ東谷。田中の愛人がよぉ」

「ぎゃはははははは」


 東谷のあだ名と言えば優等生。だが田中を庇っているうちに、田中の愛人という不名誉な称号も手に入れてしまった。

 彼は本当は女が好きだった。しかし、ダメな男の保護をしている男は、モテないものだ。

 田中の方は、東谷に依存するほど溺愛。何せ学校で唯一の味方な上に優等生なのだ。憧れのヒーローに見えて仕方ない。


「東谷ぃー、何で庇ってくれなかったんだよぉ!」


 休み時間。東谷につっかかる田中。憧れの相手が、自分を庇ってくれなかった失望。

 彼は頭が悪い。東谷が田中を庇ったことに気付けない。しかも身勝手にダメ出し。あまりにもかわいそうな東谷。


「いっ、いつまでも俺に頼れると思うなよ! 一人で生きろ!」


 思わず、怒りにのまれて叫ぶ東谷。


「な…っ! わけ分かんねえこと言ってんじゃねえよ!」


 田中もつられて怒る。だが、その表情に浮かぶのは捨てられる恐怖。怒りながらも、東谷に抱きつくように詰め寄っていく。


「きっしょあいつら。痴話げんかしてやがる」

「ぷふふふっ。キモいやつら同士で潰しあえばいいんだ」


 イジメッ子が二人を笑う。釣られて他の平凡な生徒も二人を笑う。

 悲しむ東谷。俺に味方はいないのかと。対して田中は笑う。お前の味方は自分だけだ。お互いに依存し合おうと。

 その田中の笑み、内心に、東谷は気付く。心の中までダメなやつ。こんなやつを、守る自分。悲しさしかない。人生ってやつは何て辛いのか。

 だが、彼には強い正義感がある。マダオ田中を見捨てられない。それに、ダメな人を救うからこそ、自分の心は輝く。親にそう教わった。それを信じているから、今は田中を守る。本当に心が輝くのか少し疑ってもいるが。


「田中、お前最低だな」


 だが、そこで別の男が出てきた。野球部の宮本。勉強の成績は東谷を超える学年一位。スポーツも優秀。だが、彼は東谷と違ってぶっきらぼうだった。ゆえに先生から田中保護の頼りにされなかった。と東谷は思っている。

 彼はイジメっ子と違い、笑っていない。田中には冷めた目を向ける。東谷には哀れむような目を向ける。


「東谷、こんなやつは見捨てろよ。お前、進学校に行くんだろ?」


 えっ、となる田中。確かに東谷は頭がいい。田中はバカ。中学で別れるのはいくらバカな田中でも分かっている。だが、いちいち口に出して言わなくてもいいじゃないか。


「て、てめぇ」


 怒る田中。


「ああ、そうだが」

「えっ」


 だが、東谷は宮本を肯定した。しかも、その表情がフッと和らいでいた。東谷は孤独だったのだ。そこに、宮本という自分の味方がいた、という喜びがあった。


「ふ、ふざけんなよ!」


 将来の別れを思う辛さ。東谷の表情の変化に、田中は焦った。焦って怒り、宮本に殴りかかった。


「いきなり暴力か。お前ごときが俺にな」


 宮本は田中の拳を軽くよけて、鳩尾にパンチを食らわせる。


「うああっ」


 田中、一撃でダウンする。よだれを垂らしながら。


「ひゅーっ。いいぞ宮本ぉー」

「気持ちのいいパンチですなぁー」

「俺も殴りてぇー」

「見た見た? 今の動き! ボクサーみたい!」

「きゃーっ。かっこいーっ」


 イジメっ子、宮本を応援する。女子も宮本を応援する。そのことにイジメっ子はうげっとなる。イジメは心地いいが女子にモテる男は気に食わない。

 嫉妬と情けなさで怒る田中。

 宮本の表情は変わらない。冷めた目で田中を見下している。


「よ、よくもぉおお! 許さねえええええ!」


 田中、何とか立ち上がり、もう一度宮本に殴りかかる。


「口だけだな。なんだそのへなちょこパンチ」

「ぐっ、ぐううっ」


 しかし、またもや軽くかわして腹にパンチ。同じ所にさっきより重い一撃。

 今度は、田中は立てなかった。


「おいバカ宮本。やり過ぎだぞ。大丈夫か田中」


 我に返った東谷、田中を心配して傍による。そのことに驚く宮本。


「おいおい東谷。そんなことをするから依存されるんだぞ」

「な、何言ってんだよ。バカか」


 東谷は正義感が強い。この状況で苦しむ田中を見捨てる選択はできなかった。

 だが田中の目には、東谷ではなく宮本が写っていた。

 こいつを殴りたい。こいつを屈服させたい。そんな思いが心にうずまいていた。

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