表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

第1章 画面越しの出会い

 こんな私に務まるのだろうか……。未だ許可待ち。朝の送迎バスに揺られながら、スマホの画面をスクロール。

 夕方には反応がくると思う。それまでただひたすら待つ。おりなければ、また探せばいい。

 私の中の作品と、相手の中の作品が共鳴するまでひたすら待つ。ただただ待ち続ける。その時が来るまで……。


「八ッ坂さん? 八ッ坂さん、そろそろ降りる用意をしてください」

「あ、すみません。星野さん」


 職場の先輩である星野文恵に呼ばれ、急いでスマホをリュックにしまう。白いジーンズ、藍色のポロシャツ。その上に薄手のシャツという、ラフな服装。


「八ッ坂さん。小説を書いているんでしたっけ? どうですか?」

「まだ。イマイチですね。読まれているのだか、いないのか……。一応三桁以上には行くんですけど、多くて五百止まり。四桁には程遠いです」

「ウェブ小説家も大変なんですね…………」


 今できることは、作中の情報集めと、ストーリーを書くことだけ。許可がおりたとしても、私は物語を『書く』。そして、相手はイラストを『描く』。

 漢字は違えど、同じ『かく』。物を作るのは変わらない。書籍作りは二人で一人。それぞれが、できることを全うするだけ…………。


 ◇◇◇◇◇◇


 夕方になっても返信は来ない。悩みに悩んで別の人を探す。送っても返信は来ない。そんなすぐに来るわけがない。

 相手も忙しいんだから、当たり前だ。このままでは、進まない。思えばずっとゲームのことを考えていた。


「新しい作品を……。ゲームではない作品を書こう。でも、何を書こうか…………」


 ネタは浮かばない。そんなすぐに浮かぶわけもない。誰だってそうだ。急に『書け』と言われても、筆は進まない。


「八ッ坂さん。ちょっとそのツイート見てもいいですか?」


 今日もあっという間に終わり、送迎バスでの帰り道。隣の席に座る先輩が、私のスマホを覗き込む。


「いいですけど。そんなに上手くないですよ?」

「大丈夫。あなたの作品。前から気になってましたから」


 にかりと笑う星野先輩。スマホを渡して操作も教える。ものすごい楽しそうに読む先輩。


「ん? ちょっと待って?」


 千鶴は気づいた。このツイートを使えばいいのではと…………。私は内容全てをコピペして、様々な内容を付け足していく。


〝「こんな私に務まるのだろうか……」


 頬杖をつき画面を眺める。イラストレーターに申請したが、未だ許可待ち。

 夕方には反応がくると思う。仕事をしながら時間を潰す。

 おりなければ、また探せばいい。私の中の作品と、相手の中の作品が共鳴するまで……。

 少しでも早く彩りたい。際立たせてくれる二つとないイラストで……。

 私はひたすら待つ。ただただ待ち続ける。その時が来るまで……〟


「これならいけるかも‼」


 だんだん自信が湧いてきて、一つの画面を言葉で飾る。あとはイラストレーターを探せばいいだけ。

 アプローチと交渉を何度も繰り返し、断られても諦めなかった。諦めることができなかった。

 いい作品になると信じていたから。最後に見つけた絵……。その絵を見た瞬間、身体全体に電流が走った。相手の名前は〈白峰琴葉〉。早速連絡を取ってみると、快く引き受けてくれた。


 ◇◇◇千鶴が連絡を取る数十分前◇◇◇


「……。相変わらず連絡は来ないか……。せっかく出来のいい作品を、たいあっぷで公開してるのに……」


 パソコン画面に空っぽの通知ページを表示させ、まじまじと見つめているのは、フォロワー6千超えのイラストレーター〈白峰琴葉〉。

 ポップ画をはじめとしたデザインを得意としている。初投稿したイラストで、フォロワーが集まったが、そのほとんどが絵師。

 たいあっぷ成立には、小説の執筆者が必要。でも、そのような人は誰もいなかった。


 ――ポロロン。


 鳴り響く通知音。画面を切り替えて目を通す。サイトページに追加された、申請メール。続くように届くメッセージ。


『はじめまして、八ッ坂千鶴と言います。私のイラストレーターになっていただき、ありがとうございます』


 初めて自分の絵に計り知れない興味を持ち、たいあっぷ申請してくれた救世主。彼女……。もしかしたら彼かもしれないが、とても嬉しかった。


「こちらこそ……。はじめまして……。白峰琴葉です。精一杯務めさせて頂きますので、挿絵等で希望があれば、教えてもらえると、とても助かります…………。送信」


 声に出しながら慣れないパソコンをタイプする。イラストはノート・スマホ・パソコンの三刀流。必要となる工程に合わせて、細かく使い分けている。

 まずはキャラクターの下書き準備。共有項目からキャラリストをひらき、希望の容姿を確認する。


「へぇ~。面白い組み合わせじゃない」


 真っ先に覗いた一番下のキャラ設定。その中の髪色には、テンプレカラーではなく、フリー入力欄の〝サフランピンク〟。〝ショートヘアにパーマ〟をかけるという内容。

 しかし、自分が描くには情報が少なすぎる。パーマとはいえ絡まっているのか、とかしやすいサラサラパーマなのか? それだけでも表現が変わってくる。


「千鶴さん。このことに関して、詳細を教えてもらえるでしょうか?」

『わかりました』


 特に顔を大きく描くと、手入れの有無が生まれるのだから、絶対聞いておいた方がいい。それより気になったのは、千鶴の可愛いアイコンだった。


「千鶴さん。あなたが使っているアイコンは、誰が描いたんですか?」

『このアイコンですか? 私が自分で描きました。可愛いですよね』


 返信が来たのは、たった数十秒後。あまりにも早いタイプ速度に、劣等感が重くのしかかる。


「たしかに可愛いですね。人物画も描けるのではないでしょうか?」


 まずは相手を知ることから。これが重要な役目を果たしてくれる。互いの相性チェックだ。


『それなのですが。私、背景とモンスターしか描けないんです』


 なんたる偏りっぷり。画力あるんだから、練習すればいいじゃない。心の中で爆発した、相手に向けての反発心。継続することが難しいのだろう。

 きっちり完結してくれるのか、不安で仕方がない。それよりキャラの詳細を聞いて、ノートにラフ画を書かないと‼

 ラフ画というのは、色よりも線画よりも重要な試し書き。私はラフ画で相談して、デザインが決まれば線画に書き換えるタイプ。


「はじめに、主人公のラフ画を写真で送るので、少し待っていて下さい」

『了解しました。パーマと書いていますが、一応ストレートもお願いします』

「かしこまりました」


 簡単に相談を終わらせ、スケッチブックを取り出し、鉛筆を滑らせる。輪郭・瞳・髪型。文章で簡単に説明できても、入ってくるは曖昧なヒントのみ。想像力が大切だ。

 加えて、相手のことを考えながら、依頼に沿った作品にさせるのも、基本の一つ。


「お待たせいたしました。3点ご用意したので、確認お願い致します」

『ありがとうございます。早速見ますね』


 画像が確定したら、線画抽出アプリで読み込み、ペイントアプリに登録。デジタル線画を作成する。

 完成後にもう一度見てもらって、服の色を相談。希望の色をカラーサイトで検索し、ペイントアプリに導入していく。


「これでベタ塗りは終わりね。あとは陰影をつけていけば…………」


 ――ポロロン‼


「DM? 何かあったのかしら?」


 ダイレクトメールを表示して確認する。そこに書かれていたのは……。


『夜分すみません。やっぱりストレートでお願いします』


 今更遅い修正注文だった。


「かしこまりました……。今すぐご用意しますので、少々お待ち下さい」


 画面越しのたいあっぷ。二人の主人公が書籍化を目指すという、険しい道の冒険が始まった。


 ◇◇◇数週間後 千鶴目線◇◇◇


「やっぱりすごいなぁ~。絵も可愛いし、綺麗だし。さすがはイラストレーター。尊敬しちゃうよぉ~」


 次々と送られてくる画像を、私は何度もハシゴする。希望通りのイラスト。あともう少しでキャラクターが全員揃う。


 ――ポロロン。


 スマホの甲高い着信音。SNSをひらきメールを覗く。差し出し人は、イラストを担当してくれている琴葉だ。


『これで以上になります。次は表紙絵になるので、ご希望のレイアウトはありますでしょうか?』


 琴葉からのメッセージ。登場人物のデザインが決まった。早速レイアウトを送信する。そして返ってくる相手からの反応。


『先程確認したのですが、まだ2千文字しか書かれていませんね』


 執筆者としての役割を指摘された。よくよく考えると、私はイラストで胸を躍らせてばかり。

 執筆作業を疎かにしていた。絵のことから一旦離れ、スマホを手に持ち筆を執る。


〝成せばなる、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなり〟


 そのような言葉を浮かべ、己を叱咤する。たいあっぷするには、4万5千文字以上書かないといけない。


「締切日…………。間に合うかな…………」


 迷走しながらの作業。ほんとにこれでいいのだろうか? 私は速筆派。質より量で攻める。だから、読まれる可能性も低くなる。

 とにかく思いついたことを書く。修正はそれからだ。執筆には推敲という工程があり、必ずやらないといけない作業。

 私はノートにプロットは書かない。全て頭の中で整理する。理由はノートをなくしてしまうから。


「ほんとは書いた方いいことは、わかってるけど…………」


 プロットは大事な役目を果たしてくれる。シナリオチャートと世界観。そしてキャラ設定。建物や世界のルールも併せてプロットと言う。

 でも、私は即興で作るため、時々物語がズレる。直したいが、基本的には書きたいことを書くのが執筆だ。読み手を考えるのは後。指を滑らせ文字を打つ。


 ◇◇◇数週間後◇◇◇


「お待たせいたしました。目標数まで書けました」


 ヘロヘロになりながらも連絡する私。1話1万文字から1万2千文字。合計話数は5話。ここまでくるのに、何回行き詰まったことか…………。


『ありがとうございます。早速読みますね』


 さて、相手はどんな反応をして感想を書くのか、ドキドキが止まらなかった。


 ◇◇◇数時間後◇◇◇


『拝読しました。内容は良かったと思います。ただ……』

「ただ?」


 言葉を詰まらせたような、琴葉の返信。疑問を浮かべて続きを待つ。


『ただ、情景描写が少ない感じがします。やはり、風景をしっかり説明してもらえないと、背景を描くのは難しいと思います。加えて……』


 的確なアドバイス。しっかり取り入れないといけないのは、わかってる。わかってるけど、情景描写は説明過多。

 つまり、説明が多くなりすぎて、物語が進みづらくなってしまう。なので、情景描写を避けてきた。

 代償に風景を想像できても、文章で表現することができなくなってしまった。この代償をなくしたい。

 短い文章で、上手く説明できるようになりたい。強く思えば思うほど、願いはどんどん遠ざかる。


『加えて、情景描写は読者にとっても大事になってきます。世界観を想像出来れば、楽しみが広がります』

「た、たしかにそうですね…………」


 読み手目線でも考えてくれるなんて。琴葉の優しさと、本気で勝負したいという熱量が、チャットの文面から伝わってくる。


『文章に縁のない私が言うのもあれですが、一度外で見た物を文字に起こしてみたらどうでしょうか?』


 まるで〝赤ペン先生〟だ。私の代わりに琴葉が教えてくれる。


「わかりました。今日はもう遅いので、明日やってみます。アドバイスをありがとうございます」

『こちらこそ、共にたいあっぷを作る身として、心から応援しています。千鶴さんも頑張ってください』

「わかりました。頑張ります」


 時刻は深夜二時過ぎ。日曜日だから、明日は仕事がある。見た物を書く。ほんとにできるのだろうか…………。


 ◇◇◇同時刻 琴葉目線◇◇◇


「ふぅ~。今日のお仕事終了。明日は月曜日か……。予定は……と、午後四時から記者会見ね。久しぶりに報道の仕事かぁ~。午前中は趣味でもするか……」


 背筋を伸ばして席を立つ。前屈みになってPCの電源を落とし、流れるように風呂場へ。

 親元を離れて3年。私は都会で一人暮らし。イラストレーターでありながら、地方記者としても活躍している。


 地方記者の依頼は、最近はほとんどなく、あるとしたら選挙や会見に出席する時くらい。

 だから、多くの時間は好きなことに使っている。おかげで暇人を化したが…………。


 風呂上がりの牛乳。コップを洗って自室に戻る。扉を開けてすぐ横にあるハンガーラック。父からもらった、就職祝いの一眼レフカメラ。

 趣味というのは、フォトグラファーのこと。実は、キャラクターよりも風景画の方が好きだった。


「そうだわ。これなら千鶴さんも……」


 私は、一度手に乗せたカメラをラックへ返し、ベッドに飛び込む。疲れが溜まっていたからか、数分で眠りについた。


 ◇◇◇翌日 千鶴目線◇◇◇


『千鶴‼ 早くおりて来なさい‼ 仕事遅れるよ‼』

「ふぁ~い。今おりまぁ~す…………」


 1階から聞こえる母さんの声。


『ま~た遅くまで起きてたんじゃないでしょうね?』


 全てはお見通し。寝ぼけ眼で階段に向かう。私の家は五人家族。父さんと母さん。そして弟が2人。3つ下の千明と、6つ下の千冬。

 どうしても名前に〝千〟という字を入れたかったようで、こうなった。


「早く食べて、会社でしょ? もう社会人なんだから」

「はぁーい…………」


 時刻は8時前。8時半に家を出発しないと間に合わない。慌てそうになるのを堪え、急いで準備を終わらせる。

 今は7月。社会人4ヶ月目。まだまだ未熟だけど、順を追って学べばいい。軽い気持ちで歩く、通勤ルート。


 走る車。白いガードレール。派手な空き家。ホームセンター。コンビニ。二つの床屋。牛丼チェーンにハンバーガーショップ。

 その先にあるのは、最寄り駅。ここで送迎バスに乗って、会社へ向かう。新しい朝。今は仕事のことで頭がいっぱいだ。昨日の話はすでに忘れていた。


◇◇◇その日の夕方◇◇◇


「ただいま。今日も疲れた……。母さん、今日お米何合?」

「そうね……。じゃあ千鶴、五合炊いて」

「わかった」


 家のお仕事その1。米とぎ。必ず私がご飯を炊いている。何ヶ月も前からやっていたので、手慣れたものだ。テレビをつけて番組を変える。

 画面に映る女性記者。テロップには名前が書かれている。でも、この名前、どこかで見たような……。


 そこに書かれていたのは、私のパートナーで、イラスト担当の〈白峰琴葉〉だったのだ。

 ここではじめて、相手が女性だったことを知る。しかし、相手は私の顔を知らない。私は小説を書く。今はそれが精一杯だった。


 ――ポロロン‼


 執筆画面に音と通知が邪魔をして、一瞬だけ文章が見えなくなる。送り主は琴葉。テレビカメラのスポットライトはスタジオに戻り、彼女の姿は消えていた。


『今、仕事が終わりました。千鶴さん。練習は順調でしょうか?』

「それが…………」

『だと思いました。練習用に写真を撮ってきたので、そこから着想を得られると思います。送りますね』


 いつの間に、友人関係に近いところまで親交を深め合っていた。作業をしながら、それぞれを勉強してきたからだ。

 次々と送られてくる、自然林の写真。高いビル。皇居前の一本道。競技場の外装。賑やかなショッピングモール。


「これ、全部琴葉さんが撮影したんですか?」

『そう。参考に使っていいですよ。少しでもお力になれるのなら、なんでもしますので』

「ありがとうございます。早速、書きはじめますね」

『あまり無理なさらないように……』


 チャット画面を閉じて、執筆画面に戻す。受け取った写真から物語を作る。どこまで集中できるのか……。やれるところまで、やってみよう。


『千鶴‼ ご飯よ‼ 弟に任せっきりなのはやめて‼』

「は~い‼ 今行く‼」


 ◇◇◇◇◇◇


「お風呂にも入ったし、情景描写の練習をしようかな?」


 タオルを首に巻き、パジャマ姿で階段を上る。私の部屋は三畳間。タンスとベッドが大半を占めている。

 掛け布団に潜り、送ってもらった写真を見ながら執筆作業。けれども、パートナーの琴葉に何度か確認してもらったが、どれもイマイチ。


 ――ポロロン‼


 スマホが鳴る。通知をひらく。ダイレクトメールに移動する。送り主は琴葉。


「なにかあったんですか?」

『はい。さっき送ってくれた文章のことなんですが、動きがない……。といえばいいんでしょうか?』

「動きがない?」


 念のために私も読み返してみる。すると、〝皇居〟〝林〟といった名詞だけ。気づいたことといえば、小学生の一行日記というもの。

 表面しか書いていなかったのだ。これでは小説とは程遠い。


 ――ザザザァー。


 外から聞こえた、木の葉が揺れる音。


 ――ジャバァーン……。ジュジュジュ…………。


 弟がトイレの水を流す音。


 ――ウゥー‼ ウゥー‼ ピーポー‼ ピーポー‼ ウゥー‼


 今度は、道路を走る救急車のサイレン。


 ――ゴホッ⁈


 思わず自分が咳込む。それに続くように、


 ――クシュン⁈


 飼い猫のクサナギが可愛く咳込む。身体を丸めてペロペロと毛繕い。執筆画面を閉じて、カメラを起動。レンズを向けて連射する。


 クサナギはビヨーンと全身を伸ばすと、顔を逆さまにした状態で寝落ち。ゆっくり近づき、優しく撫でれば、フサフサの毛が気持ちいい。


「これだ‼ 情景描写はきっと」


 急いで感じたことを書き、後付けで風景を追加させる。


「琴葉さん。もしかして、こういうことでしょうか?」


〝――ザザザァー。


 外から聞こえる木の葉の音。揺れて擦れて、安らぎを与えてくれる。


 ――ジャバァーン……。ジュジュジュ…………。


 千明が水を流す音。こんな時間に行くのは仕方ない。誰でもそういう時はあるのだから。


 ――カチカチ。カキン‼


 1階からは皿とスプーンのぶつかる音。お腹が空いていたのだろうか? 千冬が、ドタドタと階段を上ってくる。


 近くの国道では、救急車のサイレン。患者を乗せて去っていく。暑苦しい部屋。涼しい風が入って来ない。今日はゆっくり眠れるだろうか…………〟


『これ、いつ書いたのですか?』

「ついさっきです」

『音に動き、感情まで…………。さっき書いたものとは思えません』

「自室で感じたことをそのまま書いただけですから」

『なるほど』


 ようやく、情景描写の形に辿り着いた。あとは、今書いている作品に、どう取り入れていくか……。仕上げ作業が始まった。


 まずはどこから手をつけるか、真っ先に目をつけたのは、物語の冒頭。今書いている小説は、簡単に説明すると、連絡待ちの少女が魔法使いになって、世界を救うという話。

 実は、冒頭部分を少し変えていた。


〝「こんな私に務まるのだろうか……」


 頬杖をつき画面を眺める。役所に申請したが、未だ許可待ち。

 夕方には反応がくると思う。仕事をしながら時間を潰す。

 おりなければ、また探せばいい。私の中の作品と、相手の中の作品が共鳴するまで……。

 少しでも早く彩りたい。際立たせてくれる二つとない魔法で……。

 私はひたすら待つ。ただただ待ち続ける。その時が来るまで……。これから向かう場所は、魔法学校。初登校だ

 楽しみで仕方ない。友達はできるのだろうか……。先が思いやられる〟


 たしかに情景という情景がない。頭を回転させて、ストーリーを修正。


『千鶴‼ 何時まで起きてるの‼ 早く寝なさい‼』

「は~い、寝ま~す」


◇◇◇ある日の休日◇◇◇


「なあ千鶴、最近本読んでる? おすすめの本教えるけど……」


 千明が突然切り出し、助言舟を川に流す。心配してくれているのは、とてもありがたい。でも、


「本読まなくても大丈夫だから」


 私は舟を取らずに下流へ押し出す。理由は、表面だけを受け取ってしまうのと、考察ができないということ。

 理解力が乏しい私には、何も役に立たない。ずっとそう思っていた。


「それより、私の作品読んで‼」

「えぇー。今違うの読んでるから無理。というか、千鶴の小説はつまらないし、基礎がなってないし」

「意外と読まれているんだよ?」

「それがどうした。どうせブラバでされてるから」

「なら、千明が自分で書いてよ」

「嫌だ。俺、文章下手だし。読んでるだけで十分」

「なら、私の小説読んでよ」

「だから。嫌だって言ってるだろ‼」


 どうして、いつもこうなんだろう。私の弟は違う意味で自分のことだけ。読みたくない小説は読まない。私の小説も例外ではない。

 毎回言い合いになる。先程のやり取りみたいに……。

 この会話をすると、執筆する意欲がなくなる。小説が書けなくなる。嫌でも読んでくれればいいのに……。


「もういい、小説書くの辞めるから」

「どうしてそうなるん」

「だって、私の家族は誰も読んでくれないんだもん」

「ふーん、俺は別に関係ないけど……。好きにしな」


 ほんとは、引退なんかしたくない。なぜなら、担当のイラストレーターがいるから。今辞めたら裏切ることになる。

 日々レベルアップしているのに、昔の書き方しか知らない千明はデータが古すぎて参考にもならない。今と昔は違うのに……。悔しい気持ちで感情が膨張し、涙の津波が押し寄せた。


 ◇◇◇一方 琴葉は◇◇◇


「琴葉さん。こんにちは‼」

「優芽さん。ご無沙汰しております」


 私は友人からの依頼を受け、都内のカフェに訪れていた。依頼というのはポスター制作。

 今まで描いた、千鶴とのたいあっぷ用イラスト。それを彼女に見てもらう。


「とても可愛いキャラですね」

「ありがとうございます」


 微笑み返す二人。たいあっぷ用のイラストは、一つのファイルにまとめてあった。


「もう少しだけ、じっくり見てもいいですか? 他のキャラも見たいので」

「どうぞ、個性的なキャラが多いと思いますから」

「それは楽しみです」


 私はスマホを優芽に貸し出す。途中お手洗いに寄りたくなって、席を外れ優芽のところに戻ると……。


「うぅう……。ごめん……なさい……」


 彼女は涙を浮かべて泣いていた。


「どうかしたんですか?」

「そそ、それ……が……。まぢがえで、ファイルげじでじまいまじだぁ…………」


 嗚咽が混じる謝罪の言葉。念のためにスマホを確認すると、綺麗さっぱり消えていた。


(やっとここまで来たのに…………)


◇◇◇千鶴は◇◇◇


「えーと、ここは、針葉樹にしようかな? それとも広葉樹?」


 私は木の種類に悩んでいた。時間が過ぎるのはとても早い。時刻は深夜二時


うんん……。だんだん眠くなってきた……。今日はもう寝よ」


 この時、私は全く気づいてなかった。部屋を歩く猫。ベッドの上にやってくる。スマホの充電コードで遊び私が毎回引き剥がし、そのまま夢の中へ……。


「ミャーン」


〈この作品を削除しますか?〉


「ミャーン…………」


 ◇◇◇翌日◇◇◇


「あれない⁈ たいあっぷ作品がない⁉」


 もう遅かった。約5万文字の超大作がなくなっていたのだから。琴葉とのたいあっぷ用作業スペースも消えている。

 今までの努力が水の泡となってしまった。


(あと少しで完成だったのに…………)


 もう、どこにもない作品。消えてしまったものは帰って来ない。琴葉も同じ、せっかく描いた挿絵を含むイラストがない。真っ新になった白紙のページ。孤立状態の二人。


「どうしよう……。そうだ。別の作品でも書こ」


 未完結作品がまた増える。これが千鶴の良いところであり、悪いところでもあるのだから。次々浮かぶアイディアは、無限と言っても過言ではない。

 それなりの想像力はある。イラストレーターにも必要なスキル。すぐに気持ちを入れ替えたが、どこかにぽっかり穴が空いた。


「ん〜。今度は転生系にしようかな? 最近社畜系が流行っているみたいだし……。主人公はマジシャンで……。社畜系ってどんな感じなんだろ?」


 巡らせる思考。新作を出しては止まってしまう、ストーリータイムライン。完結の扉は閉ざされた。


◇◇◇◇◇◇


「なんだろう。最近納得できる文章を書けていない気がする…………」


 早速新作を出した千鶴は、十分おきに更新されるアクセス解析を見ていた。

 初日のアクセス数は3桁。だが、翌日は2桁止まり。ほとんど読まれていない。自分の小説を面白く感じない。

 執筆を楽しめていないのだ。親がスマホから引き剥がすために、米とぎだけでなく、洗濯干しや靴下を揃えるのを頼んだり。弟が部活でいない分 執筆時間が減っていく。


 私は、自分が書いている小説の良いところを知りたい。知ってその部分を伸ばしたい。けれども、返ってくるのは、『つまらない』に一言だけ。興味すら持ってくれない。

 どうやら、3話あたりから展開の波が少なくなっていくようで、読む気が失せるらしい。


「頑張って書いているのに、ほんとは良いところをもっと成長させたいのに、みんな私の小説のことを…………。ふぐッ…………うぅ……。なんか急に涙が……」


 瞳から溢れる半透明の水晶玉。ぼとりと落ちて、スマホの画面を濡らす。


 ――誰か……。私の作品を良いところを教えて……。悪いところは言わないで……。もっと……。もっと成長させて……。伸ばした方が良いところを教えて……。


 心の中で祈る願い。私はもっと明るく、楽しく執筆したい。

 明るい希望。明るい未来。注意や悪いところを言われるより、明るく笑顔になれるような、暖かい声援や良いところを中心にした、アドバイスが欲しい。

 その方が成長が早い。長所を伸ばした方が、次に繋がると思うから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ