第1章 画面越しの出会い
こんな私に務まるのだろうか……。未だ許可待ち。朝の送迎バスに揺られながら、スマホの画面をスクロール。
夕方には反応がくると思う。それまでただひたすら待つ。おりなければ、また探せばいい。
私の中の作品と、相手の中の作品が共鳴するまでひたすら待つ。ただただ待ち続ける。その時が来るまで……。
「八ッ坂さん? 八ッ坂さん、そろそろ降りる用意をしてください」
「あ、すみません。星野さん」
職場の先輩である星野文恵に呼ばれ、急いでスマホをリュックにしまう。白いジーンズ、藍色のポロシャツ。その上に薄手のシャツという、ラフな服装。
「八ッ坂さん。小説を書いているんでしたっけ? どうですか?」
「まだ。イマイチですね。読まれているのだか、いないのか……。一応三桁以上には行くんですけど、多くて五百止まり。四桁には程遠いです」
「ウェブ小説家も大変なんですね…………」
今できることは、作中の情報集めと、ストーリーを書くことだけ。許可がおりたとしても、私は物語を『書く』。そして、相手はイラストを『描く』。
漢字は違えど、同じ『かく』。物を作るのは変わらない。書籍作りは二人で一人。それぞれが、できることを全うするだけ…………。
◇◇◇◇◇◇
夕方になっても返信は来ない。悩みに悩んで別の人を探す。送っても返信は来ない。そんなすぐに来るわけがない。
相手も忙しいんだから、当たり前だ。このままでは、進まない。思えばずっとゲームのことを考えていた。
「新しい作品を……。ゲームではない作品を書こう。でも、何を書こうか…………」
ネタは浮かばない。そんなすぐに浮かぶわけもない。誰だってそうだ。急に『書け』と言われても、筆は進まない。
「八ッ坂さん。ちょっとそのツイート見てもいいですか?」
今日もあっという間に終わり、送迎バスでの帰り道。隣の席に座る先輩が、私のスマホを覗き込む。
「いいですけど。そんなに上手くないですよ?」
「大丈夫。あなたの作品。前から気になってましたから」
にかりと笑う星野先輩。スマホを渡して操作も教える。ものすごい楽しそうに読む先輩。
「ん? ちょっと待って?」
千鶴は気づいた。このツイートを使えばいいのではと…………。私は内容全てをコピペして、様々な内容を付け足していく。
〝「こんな私に務まるのだろうか……」
頬杖をつき画面を眺める。イラストレーターに申請したが、未だ許可待ち。
夕方には反応がくると思う。仕事をしながら時間を潰す。
おりなければ、また探せばいい。私の中の作品と、相手の中の作品が共鳴するまで……。
少しでも早く彩りたい。際立たせてくれる二つとないイラストで……。
私はひたすら待つ。ただただ待ち続ける。その時が来るまで……〟
「これならいけるかも‼」
だんだん自信が湧いてきて、一つの画面を言葉で飾る。あとはイラストレーターを探せばいいだけ。
アプローチと交渉を何度も繰り返し、断られても諦めなかった。諦めることができなかった。
いい作品になると信じていたから。最後に見つけた絵……。その絵を見た瞬間、身体全体に電流が走った。相手の名前は〈白峰琴葉〉。早速連絡を取ってみると、快く引き受けてくれた。
◇◇◇千鶴が連絡を取る数十分前◇◇◇
「……。相変わらず連絡は来ないか……。せっかく出来のいい作品を、たいあっぷで公開してるのに……」
パソコン画面に空っぽの通知ページを表示させ、まじまじと見つめているのは、フォロワー6千超えのイラストレーター〈白峰琴葉〉。
ポップ画をはじめとしたデザインを得意としている。初投稿したイラストで、フォロワーが集まったが、そのほとんどが絵師。
たいあっぷ成立には、小説の執筆者が必要。でも、そのような人は誰もいなかった。
――ポロロン。
鳴り響く通知音。画面を切り替えて目を通す。サイトページに追加された、申請メール。続くように届くメッセージ。
『はじめまして、八ッ坂千鶴と言います。私のイラストレーターになっていただき、ありがとうございます』
初めて自分の絵に計り知れない興味を持ち、たいあっぷ申請してくれた救世主。彼女……。もしかしたら彼かもしれないが、とても嬉しかった。
「こちらこそ……。はじめまして……。白峰琴葉です。精一杯務めさせて頂きますので、挿絵等で希望があれば、教えてもらえると、とても助かります…………。送信」
声に出しながら慣れないパソコンをタイプする。イラストはノート・スマホ・パソコンの三刀流。必要となる工程に合わせて、細かく使い分けている。
まずはキャラクターの下書き準備。共有項目からキャラリストをひらき、希望の容姿を確認する。
「へぇ~。面白い組み合わせじゃない」
真っ先に覗いた一番下のキャラ設定。その中の髪色には、テンプレカラーではなく、フリー入力欄の〝サフランピンク〟。〝ショートヘアにパーマ〟をかけるという内容。
しかし、自分が描くには情報が少なすぎる。パーマとはいえ絡まっているのか、とかしやすいサラサラパーマなのか? それだけでも表現が変わってくる。
「千鶴さん。このことに関して、詳細を教えてもらえるでしょうか?」
『わかりました』
特に顔を大きく描くと、手入れの有無が生まれるのだから、絶対聞いておいた方がいい。それより気になったのは、千鶴の可愛いアイコンだった。
「千鶴さん。あなたが使っているアイコンは、誰が描いたんですか?」
『このアイコンですか? 私が自分で描きました。可愛いですよね』
返信が来たのは、たった数十秒後。あまりにも早いタイプ速度に、劣等感が重くのしかかる。
「たしかに可愛いですね。人物画も描けるのではないでしょうか?」
まずは相手を知ることから。これが重要な役目を果たしてくれる。互いの相性チェックだ。
『それなのですが。私、背景とモンスターしか描けないんです』
なんたる偏りっぷり。画力あるんだから、練習すればいいじゃない。心の中で爆発した、相手に向けての反発心。継続することが難しいのだろう。
きっちり完結してくれるのか、不安で仕方がない。それよりキャラの詳細を聞いて、ノートにラフ画を書かないと‼
ラフ画というのは、色よりも線画よりも重要な試し書き。私はラフ画で相談して、デザインが決まれば線画に書き換えるタイプ。
「はじめに、主人公のラフ画を写真で送るので、少し待っていて下さい」
『了解しました。パーマと書いていますが、一応ストレートもお願いします』
「かしこまりました」
簡単に相談を終わらせ、スケッチブックを取り出し、鉛筆を滑らせる。輪郭・瞳・髪型。文章で簡単に説明できても、入ってくるは曖昧なヒントのみ。想像力が大切だ。
加えて、相手のことを考えながら、依頼に沿った作品にさせるのも、基本の一つ。
「お待たせいたしました。3点ご用意したので、確認お願い致します」
『ありがとうございます。早速見ますね』
画像が確定したら、線画抽出アプリで読み込み、ペイントアプリに登録。デジタル線画を作成する。
完成後にもう一度見てもらって、服の色を相談。希望の色をカラーサイトで検索し、ペイントアプリに導入していく。
「これでベタ塗りは終わりね。あとは陰影をつけていけば…………」
――ポロロン‼
「DM? 何かあったのかしら?」
ダイレクトメールを表示して確認する。そこに書かれていたのは……。
『夜分すみません。やっぱりストレートでお願いします』
今更遅い修正注文だった。
「かしこまりました……。今すぐご用意しますので、少々お待ち下さい」
画面越しのたいあっぷ。二人の主人公が書籍化を目指すという、険しい道の冒険が始まった。
◇◇◇数週間後 千鶴目線◇◇◇
「やっぱりすごいなぁ~。絵も可愛いし、綺麗だし。さすがはイラストレーター。尊敬しちゃうよぉ~」
次々と送られてくる画像を、私は何度もハシゴする。希望通りのイラスト。あともう少しでキャラクターが全員揃う。
――ポロロン。
スマホの甲高い着信音。SNSをひらきメールを覗く。差し出し人は、イラストを担当してくれている琴葉だ。
『これで以上になります。次は表紙絵になるので、ご希望のレイアウトはありますでしょうか?』
琴葉からのメッセージ。登場人物のデザインが決まった。早速レイアウトを送信する。そして返ってくる相手からの反応。
『先程確認したのですが、まだ2千文字しか書かれていませんね』
執筆者としての役割を指摘された。よくよく考えると、私はイラストで胸を躍らせてばかり。
執筆作業を疎かにしていた。絵のことから一旦離れ、スマホを手に持ち筆を執る。
〝成せばなる、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなり〟
そのような言葉を浮かべ、己を叱咤する。たいあっぷするには、4万5千文字以上書かないといけない。
「締切日…………。間に合うかな…………」
迷走しながらの作業。ほんとにこれでいいのだろうか? 私は速筆派。質より量で攻める。だから、読まれる可能性も低くなる。
とにかく思いついたことを書く。修正はそれからだ。執筆には推敲という工程があり、必ずやらないといけない作業。
私はノートにプロットは書かない。全て頭の中で整理する。理由はノートをなくしてしまうから。
「ほんとは書いた方いいことは、わかってるけど…………」
プロットは大事な役目を果たしてくれる。シナリオチャートと世界観。そしてキャラ設定。建物や世界のルールも併せてプロットと言う。
でも、私は即興で作るため、時々物語がズレる。直したいが、基本的には書きたいことを書くのが執筆だ。読み手を考えるのは後。指を滑らせ文字を打つ。
◇◇◇数週間後◇◇◇
「お待たせいたしました。目標数まで書けました」
ヘロヘロになりながらも連絡する私。1話1万文字から1万2千文字。合計話数は5話。ここまでくるのに、何回行き詰まったことか…………。
『ありがとうございます。早速読みますね』
さて、相手はどんな反応をして感想を書くのか、ドキドキが止まらなかった。
◇◇◇数時間後◇◇◇
『拝読しました。内容は良かったと思います。ただ……』
「ただ?」
言葉を詰まらせたような、琴葉の返信。疑問を浮かべて続きを待つ。
『ただ、情景描写が少ない感じがします。やはり、風景をしっかり説明してもらえないと、背景を描くのは難しいと思います。加えて……』
的確なアドバイス。しっかり取り入れないといけないのは、わかってる。わかってるけど、情景描写は説明過多。
つまり、説明が多くなりすぎて、物語が進みづらくなってしまう。なので、情景描写を避けてきた。
代償に風景を想像できても、文章で表現することができなくなってしまった。この代償をなくしたい。
短い文章で、上手く説明できるようになりたい。強く思えば思うほど、願いはどんどん遠ざかる。
『加えて、情景描写は読者にとっても大事になってきます。世界観を想像出来れば、楽しみが広がります』
「た、たしかにそうですね…………」
読み手目線でも考えてくれるなんて。琴葉の優しさと、本気で勝負したいという熱量が、チャットの文面から伝わってくる。
『文章に縁のない私が言うのもあれですが、一度外で見た物を文字に起こしてみたらどうでしょうか?』
まるで〝赤ペン先生〟だ。私の代わりに琴葉が教えてくれる。
「わかりました。今日はもう遅いので、明日やってみます。アドバイスをありがとうございます」
『こちらこそ、共にたいあっぷを作る身として、心から応援しています。千鶴さんも頑張ってください』
「わかりました。頑張ります」
時刻は深夜二時過ぎ。日曜日だから、明日は仕事がある。見た物を書く。ほんとにできるのだろうか…………。
◇◇◇同時刻 琴葉目線◇◇◇
「ふぅ~。今日のお仕事終了。明日は月曜日か……。予定は……と、午後四時から記者会見ね。久しぶりに報道の仕事かぁ~。午前中は趣味でもするか……」
背筋を伸ばして席を立つ。前屈みになってPCの電源を落とし、流れるように風呂場へ。
親元を離れて3年。私は都会で一人暮らし。イラストレーターでありながら、地方記者としても活躍している。
地方記者の依頼は、最近はほとんどなく、あるとしたら選挙や会見に出席する時くらい。
だから、多くの時間は好きなことに使っている。おかげで暇人を化したが…………。
風呂上がりの牛乳。コップを洗って自室に戻る。扉を開けてすぐ横にあるハンガーラック。父からもらった、就職祝いの一眼レフカメラ。
趣味というのは、フォトグラファーのこと。実は、キャラクターよりも風景画の方が好きだった。
「そうだわ。これなら千鶴さんも……」
私は、一度手に乗せたカメラをラックへ返し、ベッドに飛び込む。疲れが溜まっていたからか、数分で眠りについた。
◇◇◇翌日 千鶴目線◇◇◇
『千鶴‼ 早くおりて来なさい‼ 仕事遅れるよ‼』
「ふぁ~い。今おりまぁ~す…………」
1階から聞こえる母さんの声。
『ま~た遅くまで起きてたんじゃないでしょうね?』
全てはお見通し。寝ぼけ眼で階段に向かう。私の家は五人家族。父さんと母さん。そして弟が2人。3つ下の千明と、6つ下の千冬。
どうしても名前に〝千〟という字を入れたかったようで、こうなった。
「早く食べて、会社でしょ? もう社会人なんだから」
「はぁーい…………」
時刻は8時前。8時半に家を出発しないと間に合わない。慌てそうになるのを堪え、急いで準備を終わらせる。
今は7月。社会人4ヶ月目。まだまだ未熟だけど、順を追って学べばいい。軽い気持ちで歩く、通勤ルート。
走る車。白いガードレール。派手な空き家。ホームセンター。コンビニ。二つの床屋。牛丼チェーンにハンバーガーショップ。
その先にあるのは、最寄り駅。ここで送迎バスに乗って、会社へ向かう。新しい朝。今は仕事のことで頭がいっぱいだ。昨日の話はすでに忘れていた。
◇◇◇その日の夕方◇◇◇
「ただいま。今日も疲れた……。母さん、今日お米何合?」
「そうね……。じゃあ千鶴、五合炊いて」
「わかった」
家のお仕事その1。米とぎ。必ず私がご飯を炊いている。何ヶ月も前からやっていたので、手慣れたものだ。テレビをつけて番組を変える。
画面に映る女性記者。テロップには名前が書かれている。でも、この名前、どこかで見たような……。
そこに書かれていたのは、私のパートナーで、イラスト担当の〈白峰琴葉〉だったのだ。
ここではじめて、相手が女性だったことを知る。しかし、相手は私の顔を知らない。私は小説を書く。今はそれが精一杯だった。
――ポロロン‼
執筆画面に音と通知が邪魔をして、一瞬だけ文章が見えなくなる。送り主は琴葉。テレビカメラのスポットライトはスタジオに戻り、彼女の姿は消えていた。
『今、仕事が終わりました。千鶴さん。練習は順調でしょうか?』
「それが…………」
『だと思いました。練習用に写真を撮ってきたので、そこから着想を得られると思います。送りますね』
いつの間に、友人関係に近いところまで親交を深め合っていた。作業をしながら、それぞれを勉強してきたからだ。
次々と送られてくる、自然林の写真。高いビル。皇居前の一本道。競技場の外装。賑やかなショッピングモール。
「これ、全部琴葉さんが撮影したんですか?」
『そう。参考に使っていいですよ。少しでもお力になれるのなら、なんでもしますので』
「ありがとうございます。早速、書きはじめますね」
『あまり無理なさらないように……』
チャット画面を閉じて、執筆画面に戻す。受け取った写真から物語を作る。どこまで集中できるのか……。やれるところまで、やってみよう。
『千鶴‼ ご飯よ‼ 弟に任せっきりなのはやめて‼』
「は~い‼ 今行く‼」
◇◇◇◇◇◇
「お風呂にも入ったし、情景描写の練習をしようかな?」
タオルを首に巻き、パジャマ姿で階段を上る。私の部屋は三畳間。タンスとベッドが大半を占めている。
掛け布団に潜り、送ってもらった写真を見ながら執筆作業。けれども、パートナーの琴葉に何度か確認してもらったが、どれもイマイチ。
――ポロロン‼
スマホが鳴る。通知をひらく。ダイレクトメールに移動する。送り主は琴葉。
「なにかあったんですか?」
『はい。さっき送ってくれた文章のことなんですが、動きがない……。といえばいいんでしょうか?』
「動きがない?」
念のために私も読み返してみる。すると、〝皇居〟〝林〟といった名詞だけ。気づいたことといえば、小学生の一行日記というもの。
表面しか書いていなかったのだ。これでは小説とは程遠い。
――ザザザァー。
外から聞こえた、木の葉が揺れる音。
――ジャバァーン……。ジュジュジュ…………。
弟がトイレの水を流す音。
――ウゥー‼ ウゥー‼ ピーポー‼ ピーポー‼ ウゥー‼
今度は、道路を走る救急車のサイレン。
――ゴホッ⁈
思わず自分が咳込む。それに続くように、
――クシュン⁈
飼い猫のクサナギが可愛く咳込む。身体を丸めてペロペロと毛繕い。執筆画面を閉じて、カメラを起動。レンズを向けて連射する。
クサナギはビヨーンと全身を伸ばすと、顔を逆さまにした状態で寝落ち。ゆっくり近づき、優しく撫でれば、フサフサの毛が気持ちいい。
「これだ‼ 情景描写はきっと」
急いで感じたことを書き、後付けで風景を追加させる。
「琴葉さん。もしかして、こういうことでしょうか?」
〝――ザザザァー。
外から聞こえる木の葉の音。揺れて擦れて、安らぎを与えてくれる。
――ジャバァーン……。ジュジュジュ…………。
千明が水を流す音。こんな時間に行くのは仕方ない。誰でもそういう時はあるのだから。
――カチカチ。カキン‼
1階からは皿とスプーンのぶつかる音。お腹が空いていたのだろうか? 千冬が、ドタドタと階段を上ってくる。
近くの国道では、救急車のサイレン。患者を乗せて去っていく。暑苦しい部屋。涼しい風が入って来ない。今日はゆっくり眠れるだろうか…………〟
『これ、いつ書いたのですか?』
「ついさっきです」
『音に動き、感情まで…………。さっき書いたものとは思えません』
「自室で感じたことをそのまま書いただけですから」
『なるほど』
ようやく、情景描写の形に辿り着いた。あとは、今書いている作品に、どう取り入れていくか……。仕上げ作業が始まった。
まずはどこから手をつけるか、真っ先に目をつけたのは、物語の冒頭。今書いている小説は、簡単に説明すると、連絡待ちの少女が魔法使いになって、世界を救うという話。
実は、冒頭部分を少し変えていた。
〝「こんな私に務まるのだろうか……」
頬杖をつき画面を眺める。役所に申請したが、未だ許可待ち。
夕方には反応がくると思う。仕事をしながら時間を潰す。
おりなければ、また探せばいい。私の中の作品と、相手の中の作品が共鳴するまで……。
少しでも早く彩りたい。際立たせてくれる二つとない魔法で……。
私はひたすら待つ。ただただ待ち続ける。その時が来るまで……。これから向かう場所は、魔法学校。初登校だ
楽しみで仕方ない。友達はできるのだろうか……。先が思いやられる〟
たしかに情景という情景がない。頭を回転させて、ストーリーを修正。
『千鶴‼ 何時まで起きてるの‼ 早く寝なさい‼』
「は~い、寝ま~す」
◇◇◇ある日の休日◇◇◇
「なあ千鶴、最近本読んでる? おすすめの本教えるけど……」
千明が突然切り出し、助言舟を川に流す。心配してくれているのは、とてもありがたい。でも、
「本読まなくても大丈夫だから」
私は舟を取らずに下流へ押し出す。理由は、表面だけを受け取ってしまうのと、考察ができないということ。
理解力が乏しい私には、何も役に立たない。ずっとそう思っていた。
「それより、私の作品読んで‼」
「えぇー。今違うの読んでるから無理。というか、千鶴の小説はつまらないし、基礎がなってないし」
「意外と読まれているんだよ?」
「それがどうした。どうせブラバでされてるから」
「なら、千明が自分で書いてよ」
「嫌だ。俺、文章下手だし。読んでるだけで十分」
「なら、私の小説読んでよ」
「だから。嫌だって言ってるだろ‼」
どうして、いつもこうなんだろう。私の弟は違う意味で自分のことだけ。読みたくない小説は読まない。私の小説も例外ではない。
毎回言い合いになる。先程のやり取りみたいに……。
この会話をすると、執筆する意欲がなくなる。小説が書けなくなる。嫌でも読んでくれればいいのに……。
「もういい、小説書くの辞めるから」
「どうしてそうなるん」
「だって、私の家族は誰も読んでくれないんだもん」
「ふーん、俺は別に関係ないけど……。好きにしな」
ほんとは、引退なんかしたくない。なぜなら、担当のイラストレーターがいるから。今辞めたら裏切ることになる。
日々レベルアップしているのに、昔の書き方しか知らない千明はデータが古すぎて参考にもならない。今と昔は違うのに……。悔しい気持ちで感情が膨張し、涙の津波が押し寄せた。
◇◇◇一方 琴葉は◇◇◇
「琴葉さん。こんにちは‼」
「優芽さん。ご無沙汰しております」
私は友人からの依頼を受け、都内のカフェに訪れていた。依頼というのはポスター制作。
今まで描いた、千鶴とのたいあっぷ用イラスト。それを彼女に見てもらう。
「とても可愛いキャラですね」
「ありがとうございます」
微笑み返す二人。たいあっぷ用のイラストは、一つのファイルにまとめてあった。
「もう少しだけ、じっくり見てもいいですか? 他のキャラも見たいので」
「どうぞ、個性的なキャラが多いと思いますから」
「それは楽しみです」
私はスマホを優芽に貸し出す。途中お手洗いに寄りたくなって、席を外れ優芽のところに戻ると……。
「うぅう……。ごめん……なさい……」
彼女は涙を浮かべて泣いていた。
「どうかしたんですか?」
「そそ、それ……が……。まぢがえで、ファイルげじでじまいまじだぁ…………」
嗚咽が混じる謝罪の言葉。念のためにスマホを確認すると、綺麗さっぱり消えていた。
(やっとここまで来たのに…………)
◇◇◇千鶴は◇◇◇
「えーと、ここは、針葉樹にしようかな? それとも広葉樹?」
私は木の種類に悩んでいた。時間が過ぎるのはとても早い。時刻は深夜二時
うんん……。だんだん眠くなってきた……。今日はもう寝よ」
この時、私は全く気づいてなかった。部屋を歩く猫。ベッドの上にやってくる。スマホの充電コードで遊び私が毎回引き剥がし、そのまま夢の中へ……。
「ミャーン」
〈この作品を削除しますか?〉
「ミャーン…………」
◇◇◇翌日◇◇◇
「あれない⁈ たいあっぷ作品がない⁉」
もう遅かった。約5万文字の超大作がなくなっていたのだから。琴葉とのたいあっぷ用作業スペースも消えている。
今までの努力が水の泡となってしまった。
(あと少しで完成だったのに…………)
もう、どこにもない作品。消えてしまったものは帰って来ない。琴葉も同じ、せっかく描いた挿絵を含むイラストがない。真っ新になった白紙のページ。孤立状態の二人。
「どうしよう……。そうだ。別の作品でも書こ」
未完結作品がまた増える。これが千鶴の良いところであり、悪いところでもあるのだから。次々浮かぶアイディアは、無限と言っても過言ではない。
それなりの想像力はある。イラストレーターにも必要なスキル。すぐに気持ちを入れ替えたが、どこかにぽっかり穴が空いた。
「ん〜。今度は転生系にしようかな? 最近社畜系が流行っているみたいだし……。主人公はマジシャンで……。社畜系ってどんな感じなんだろ?」
巡らせる思考。新作を出しては止まってしまう、ストーリータイムライン。完結の扉は閉ざされた。
◇◇◇◇◇◇
「なんだろう。最近納得できる文章を書けていない気がする…………」
早速新作を出した千鶴は、十分おきに更新されるアクセス解析を見ていた。
初日のアクセス数は3桁。だが、翌日は2桁止まり。ほとんど読まれていない。自分の小説を面白く感じない。
執筆を楽しめていないのだ。親がスマホから引き剥がすために、米とぎだけでなく、洗濯干しや靴下を揃えるのを頼んだり。弟が部活でいない分 執筆時間が減っていく。
私は、自分が書いている小説の良いところを知りたい。知ってその部分を伸ばしたい。けれども、返ってくるのは、『つまらない』に一言だけ。興味すら持ってくれない。
どうやら、3話あたりから展開の波が少なくなっていくようで、読む気が失せるらしい。
「頑張って書いているのに、ほんとは良いところをもっと成長させたいのに、みんな私の小説のことを…………。ふぐッ…………うぅ……。なんか急に涙が……」
瞳から溢れる半透明の水晶玉。ぼとりと落ちて、スマホの画面を濡らす。
――誰か……。私の作品を良いところを教えて……。悪いところは言わないで……。もっと……。もっと成長させて……。伸ばした方が良いところを教えて……。
心の中で祈る願い。私はもっと明るく、楽しく執筆したい。
明るい希望。明るい未来。注意や悪いところを言われるより、明るく笑顔になれるような、暖かい声援や良いところを中心にした、アドバイスが欲しい。
その方が成長が早い。長所を伸ばした方が、次に繋がると思うから。