97.親友~フォンデアス夫人side
「ふふふ、自由な子ね」
とうとう娘の前にあったケーキもお腹に収納した姪は再び娘を連れだって行ってしまった。
同じ円卓にいた夫人達はそれぞれ別の場で話に花を咲かせ始めたから、今は私が1人で紅茶を飲んでいるのだけれど、うっかり口にだしてしまったわ。
本来なら王族の、それも王妃殿下と王子殿下にお声掛けいただくだけでも栄誉な事。
あの年頃の、それもこういう場に来た事もない11才の令嬢なら緊張して表情を固くしたりうまく話せなくなっても仕方ないものだわ。
そのような時の為に伯母である私が側にいるのだもの。
なのにあの子は全く動じず、柔らかな雰囲気を纏って一貴族として受け答えしていたわね。
いえ、それだけではないもの。
私にとっても王妃殿下にとっても親友と呼べる今は亡きグレインビル侯爵夫人の義娘。
それも親友があのアリリアの花の名前を付けた義娘だもの。
王妃殿下が興味を持つのも当然ね。
あの子の反応を確めようとしたのか、正式なお茶会に初めて参加した筈のあの子が妙に目立ったのを知って気になったのか、或いは権力嫌いで王族の頂点に君臨する夫と息子達をすげなくあしらうグレインビル侯爵家に思う所があるのか、その全てなのか。
彼女にしては珍しく執拗に小さな令嬢に話しかけたあの会話。
三大公爵家の令嬢達にすらそんな風に話していなかったというのに。
けれどそれに対して失礼だと言わせるような隙も与えず、家族同様に王族と距離を取るどころか当然のように王妃直々のお茶会のお誘いすらもはっきりと断ったのだもの。
「本当に、親子揃って自由ね」
グレインビルの人間だと言われればその通りだけれど、まだ11才の虚弱な深窓の令嬢とは思えない貴族然とした応対には正直驚いたわ。
私は必要無かったんじゃないかしら。
そもそもブルグル公爵令嬢との仲をあのような形で周りに示したなら、十分に魔力のない魔術師家系の養女への盾になった筈よね。
そこでふと、あの令嬢が娘を連れて来た事を思い出す。
紅茶を一口飲んで感嘆のため息を吐いてしまうわ。
もしかしなくても、姪は娘だけでなく親である私達にも腹を立てているんだわ。
どんな手を使ったのかはわからないけれど、自分で盾を作って私は不要だと示したのだもの。
ふふふ、あなたがあの名を付けたあなたの特別な子供だけの事はあるわね、ミレーネ。
つい親友に想いを馳せてしまう。
クラウディアがもしあなたの娘として育てられていたら、あんな風にならなかったのかしら?
つい馬鹿な事を考え、自嘲する。
私の育て方が悪かった。
ただそれだけね。
あなたの娘の提案に乗る事にしたのが私の娘にどう影響するのか楽しみよ。
そう、本来ならあり得ない提案だわ。
だけどあなたのあの時の言葉が過ったのよ、ミレーネ。
『もしもあなたがどうしても嫌な事をしなくちゃいけなくなった時、もしそこに何かのご縁で私の可愛いこの子がいたら、その時この子がこの可愛らしい手を差し出したら、この手を取ってみて。
この子は私の事をとっても愛してくれているから、きっとあなたを助けてくれるわ』
体調が安定したばかりの、未だに痩せこけた状態の捨て子の手を優しく握りながら何を言い出すのかとあの時は真底親友を心配したものよ。
だって実の娘でもない、あの子が亡くなってすぐに捨て子を養女に迎えてあの名を付けたんだもの。
夫からそれを聞かされてすぐ、娘を亡くして気がふれたのかと焦った私は夫を捲し立てて親友の元に駆けつけたわ。
淑女としては恥ずかしいけれど、今では良い思い出ね。
物思いにふけっていると、若い令嬢に声をかけられた。
「またあちらに行ってしまったのですわね。
あの体の一体どこに入っていくのかしら。
周りの方々まで影響を受けてこれまでにない人気の一角になっていますわね」
青紫に金を使った見事なレース製の扇で口元を隠してやって来たのはブルグル公爵令嬢。
「そのようですけれど本当に美味しそうに子供らしく食べていましたから、周りが影響されても仕方有りませんわ」
「確かに、王妃様とのお話の時とは全く違うお可愛らしいお顔で食べていらっしゃいましたものね。
今も目をキラキラさせてサーブされていますもの。
フォンデアス夫人、ここで待たせていただいてよろしくて?」
誰を、とは聞かなくてもわかりきった事ね。
「どうぞ。
よろしければそちらにお掛けになって」
姪の座っていた席を勧める。
「ありがとう」
ゆっくりと座る彼女は、確か何年か前までは娘とお茶会等でよく姪の悪口を連れ立ってお話しされていた、娘同様につまらない令嬢だったと記憶しているわ。
けれど王子殿下のあの夏のお茶会以降は娘と少しずつ距離を置き、2人が話す事も無くなっていったのよね。
ほどなくして社交の場で彼女が話す話題や所作が少しずつ洗練されていき、敬遠されていく娘とは対照的に社交界の花と称されるようになったけれど何があったのかしら。
昔は小耳に挟む彼女のお話は年頃の少女らしくドレスや装飾品、学園での恋の話ばかり。
気に入らなければ公爵家の中でも中堅どころの家格を盾に思い通りにしようとした愚かなご令嬢。
確か双子の兄も同じようなものだったはず。
それが今では双子は学園内での評判も学力も三大公爵家の令息令嬢の足元には及ぶようになった。
そのせいかしらね。
ブルグル公爵家当主でもある彼女達の父親が双子を頻繁に領地で連れ歩くようになったと最近ではよく耳にするわ。
そういえば何年か前、グレインビル侯爵との間で何かしらもめて痛い目を見てからは彼に絡まなくなったと夫から聞いたけれど、何か関係しているのかしら?
ちょうどその頃よね。
夫人達の間であの無駄に野心家だったブルグル公爵が昔のように王子殿下の側近や婚約者に双子達を推さなくなったと噂していたのは。
あの家の公爵夫人は双子を産んですぐに亡くなったから、本来ならそういった事への夫人側の根回しは同じ夫人がするのだけれど、よく公爵がしようとしていたわ。
当然だけれど夫人のように上手くいく筈もなくて、私達の間では失笑ものだったわ。
ああ、この事は当人にとって知らない方がよろしいわね。
今のあの家に関する社交界での噂は公爵領の悪化していた財政難が解決しつつある事に双子が関わっているのではというもの。
目立つ場で行われた先ほどの姪とのレース扇のやり取り。
あの子といつからそんな仲だったのかは伯母としてはもちろんだけれど、フォンデアス公爵夫人としても引っ掛かるわ。
だってブルグル領の産業の1つは製糸業ですもの。