81.馬車の中の辛辣2
「フォンデアス公爵家という家名にただ胡坐をかき、自身の能力や公爵令嬢、いえ、ただの貴族令嬢としての立場や考え方すら身に着けていらっしゃらない。
貴族として、貴女の大好きな公爵家という家門のご令嬢として、貴女はどのように義務を果たされていたのです?
そもそもフォンデアス公爵家が侯爵家から陞爵するに至った経緯や政治的な思惑、その為に治める領がその時どのような状態でその後の当主達が何をしてここ10年でやっと安定してきたのか正しく理解していらっしゃいますか?
外部から招いた講師なら詳しい実情までは知らなかったかもしれませんが、私が数年前に伯父様に一言尋ねればすぐに答えは返ってきましたから秘匿されてはいらっしゃらないでしょう。
公爵令嬢である貴女につけられた講師ならば事前に伯父様から聞いていた可能性もあるでしょうが、貴女はどちらにも自分から聞いてはいらっしゃらないのですね。
聞けば貴女にも教えて下さったでしょうし、従兄様ももちろん知ってらっしゃいます。
実際淑女教育以外にも学ばれていたとお聞きしていますから、表向きな話だけでなく実情を知る機会はありましたよね」
そう告げると今度はカッと彼女の顔が怒りで赤くなった。
「馬鹿にしないでちょうだい!
お父様にお聞きした事はありませんが、貴族令嬢は淑女教育以外の教育は講師が教える範囲で十分でしてよ!
わざわざ聞く必要などありませんわ!」
やれやれ、今度はちゃんと聞かなかった事を棚に上げて反論してきちゃった。
「単なる貴族令嬢であればそれもよろしいかもしれません。
しかし貴女は公爵令嬢という立場を常に声高々に誇示されていたのではありませんか?
それに貴族令嬢の最低限の義務で良いとするのなら、権利もその立場をわきまえたものにされるべきでしょう。
そうすれば前回や今回のような貴女のせいで起きた損害は発生しませんでした」
「損害って····」
端的な現実的言葉に口ごもる。
でもまだ自覚が足りなそうなお顔してるね。
「領主の一族からすれば前回の慰謝料や今回の直接売上にも関わる取引額の上乗せなど完全なる損害でしょう。
損害というより、むしろこれは人災ですね。
ただの淑女教育の範囲内での義務を主張なさるのならば、少なくともでしゃばらずに口をつぐんで会話の内容に耳を傾けるよう淑女としての言動を取って然るべきでした。
そうすれば従兄様はなぜ私にあの新作のケーキを手土産として持っていらっしゃったのか、なぜ感想を求めたのかその意味も理解でき、こちらに知らせもなく訪れた他家でその場をかき乱した上に他家の娘を罵った挙げ句、次期公爵閣下の最終決定を格下の私達の前で告げさせるなんていう恥を晒す現実はどう間違っても引き寄せなかったでしょう」
僕の言葉に反論できず、唇を噛んで俯いた。
「あなたの与えた人災に対しての補填と今後の人災を予防する行為が早急な貴女の婚姻です。
自分が与えた人災に対しての義務は果たされるべきでしょう?」
今度は再び青くなっていく。
お顔の色がころころ変わって面白いなぁ。
「そもそも貴女が暇さえあれば手当たり次第に出席しようとするお茶会や夜会に出る為の衣装、家同士の勢力関係など考慮もせずに自分をもてはやす者だけを招くお茶会を開きたいと要望するならその費用。
それには税を納める領民の働きが不可欠だとお分かりですか?」
ちなみに意味のない自己満足のお茶会は公爵夫人が企画の段階で握り潰したんだって。
従兄様情報だよ。
「そもそも何故グレインビル侯爵家の次男になど嫁ごうと思われたのです。
貴女が産まれてからこれまでに消費した領民の捻出した領税に対して発生する領主の令嬢としての義務を果たさずして何が公爵令嬢なのですか?
まさかとは思いますが、義務と権利は別々の物なんて子供じみたお考えをお持ちでしたか?
そんなだからあなたは数日以内に私より家格の劣る伯爵夫人へと身分が変わるはめになるんです」
うん、どんどん顔色の悪さに拍車がかかっているから怒りの方は落ち着いたのかな。
「ただし、私個人への貴女の悪感情については正直興味はありません」
「····は?」
僕の言葉が理解できなかったんだろうけど、随分間抜けな声だね。
義母様の面影が従兄様と違ってあまりなくて良かったよ。
義母様に似てたら僕にも罪悪感が生まれちゃう。
「だって、私にとって貴方はどうでも良い他人なのですもの。
公爵令嬢だろうと平民だろうと関係ありません。
私は貴方に全く興味がない。
そもそも普段何の交流も無い人間が私を悪し様に誹謗中傷したからといって、なぜ私が一々気にするのです?
貴女が私を忌み嫌おうが、逆に晴天の霹靂で大好きになろうが正直どうでもよいのです。
自分が思う分だけ相手も同じように自分を思うなんて考えているならそんな気持ちの悪い考えは改めた方がよろしいですよ。
路傍の石と同じです。
石が自分にどんな感情を向けるかなんて気にしますか?
貴方が思うほど私の中の貴方の存在は大きくありません。
むしろ存在すらしていないんですよ」
僕は水筒のお茶を1口飲んで言葉を理解しただろう顔色を白くした令嬢ににっこり微笑んでむ。
「私が個人的な何かを貴女に思ったとすればそれは、相手にすらされていないのに勝手に暴走して自爆したんだなあ、くらいのものです。
今そこで通り過ぎているただの風景よりどうでも良い他人事なんですよ」
令嬢からは完全に表情が抜け落ちた。
そうして僕は再び本に目を落とした。




