488.はぐれ魔族〜ジルコミアside
「自分の手で殺す為に決まっているじゃない」
王女はそう言ってクスクスと笑ってから続けた。
「どのみち100年後の結界の修復には、間に合うように生まれ変わるもの」
「だがこいつらは、まだ生きているだろう。
人属じゃなかったのか?」
押さえつけるマーガレットからは、ビクッと震えが伝わってくる。
恐らく隣の教皇もそうだろう。
しかし王女は途端に落胆した様子に変わった。
「そうね。
その2人はゲドグルが上手く誘導か、もしくはレプリカの性能が良かったお陰で、まずは100年生き延びた。
もちろん次の100年を生き延びたのは、私が王配に預けておいた魔具のお陰だけれど、殺さずに生かした理由は次の転生で、私の状況が変わったせいよ。
よりによって私は……魔族なんかに転生してしまったのだもの。
その上私は今やはぐれ魔族となってしまった」
「魔族だと?
はぐれ魔族とは何だ?」
一気に不穏さが増す。
魔族に、はぐれ魔族……初めて聞く言葉ばっかりだ。
王女は何かを思い出すように、不快な表情をした後、ため息を1つ吐いてから語る。
「そうねえ……まずは200年前。
娘の精霊眼を抉った時、邪魔が入ったと言ったわよね、ベルヌ」
「ここでその邪魔した奴に戻るのか。
それで?」
「邪魔をしたのは魔族の王。
魔王よ。
ああ、面倒だから一々反応しなくて良いわ。
それに魔王の事は長く話したくないもの。
本当に、不快でしかない」
ベルヌが口を開こうとしたが、王女が制止してから続ける。
「魔王は私が抉った娘の眼を奪ってから、私が魔族として転生するよう私の魂に干渉していたの。
そのせいで50年もしないうちに、魔界で魔族として転生してしまった私は、辛酸を舐める事になったわ」
王女の顔には憎しみの色が宿る。
「人の身と比べれば、魔族として転生した私はそれなりに大きな力を得ていた。
けれど魔族の中では下等種でしかなかった。
そのせいで周りの魔族から奴隷のように扱われる日々を送ったわ。
女王だった時に1番忌避していた、本当に忌々しい奴隷のような日々だった。
王配との繋がりも種族が違って転生サイクルが狂ってしまったからか、前回転生した時は確かに感じた繋がりが、感じられなくなっていたの。
何より魔族は魔界に縛られ、人界には基本的に入れない」
どういう意味だ?
ベルヌも眉を顰めた。
「なぜなら魔王は、代々の孤王と協定を結ぶ決まりがあったみたい。
古王であった私も知らなかったのだけれど、協定は2つの種族が魔界と人界をどのように行き来するかを決める事らしいわ。
当時継続されていた協定は、娘の1つ前の代の孤王と魔王が結んだものなの。
絶対的不可侵の協定だった。
とは言っても2つの世界の間には、高次元の歪みが常にある。
魔族の強い肉体と、高い魔力。
そのどちらも無ければ渡れない。
人族が魔界へ入る事は、そもそもできなかったでしょうね。
魔王は絶大な強さを誇る存在だし、魔王に絶対服従する12の幹部魔族以外の、私を含めた大多数の魔族もまた、歪みが偶発的に和らいだ瞬間を狙って運任せに入る以外、人界に渡る方法はなかった。
魔族は人族と違って愛や忠義よりも、純粋な強さこそが正義になる。
特に幹部と呼ばれる、人族からすれば異次元の強さを誇る魔族達は、魔王を盲目的に惚れこんでいたの。
だからこそ1つ前の孤王は魔王と、そういう協定を結ぶ事で人族を守り、世界のバランスを調整していたのでしょうね。
そうでなければ人族は、魔族に蹂躙されて人界も魔族によって魔界にされてしまうから」
何だ、それ。
本当の事なのか?
にわかには信じられない。
だが王女の表情から、真実だと直感してしまう。
「魔族は元来、人族とは桁違いの力を持っているわ。
下等種扱いされた私ですら、女王の時の力よりいくらか劣る程度。
聖女だった時よりは、ずっと大きな力を持っていた」
「魔族は人族と同じように魔法を使うのか?」
「もちろん魔族の使う魔法は、人族の使う魔法とは質が異なる。
けれど結局のところ、よく似た発動をすると認識しておけば良いわ。
威力はケタ違いだけれど。
だからこそ、歪みが和らいだところに偶然出くわしたとはいえ、私でも人界へ渡れたのでしょうね」
言葉が途切れた王女は、どこか複雑そうな顔つきをした。




