480.300年前〜ジルコミアside
「そうねえ、どこから話そうかしら……ああ、その前に……」
女王はどこか楽しそうに話しかけるも、思い出したかのようにベルヌに膝をつかされたままの教皇と、へたりこむマーガレットを冷たく見やる。
2人は恐怖からか口を開く余裕は無さそうだ。
ただ女王の視線に怯えてうつむくだけだった。
「教皇とマーガレットは話し終えるまで、黙っていなさい。
一言でも発したら……ね?
良い子にしていたら、情けくらいはかけてあげるわ」
微笑む女王に、口を引き結んだ2人は首を縦に振ると、今度はベルヌ、私の順に優しく見やって話し始めた。
「やはり300年前の事から教えてあげるべきね。
300年前、私はこの世界に存在する、全ての国々をまとめ上げる女王だった。
とても大変だったけれど、それだけ私には膨大な魔力を宿していたし、世界の叡智を授かっていたのだもの。
放っておけば、自分の利益の為に争いばかり起こすどうしょうもない人達ばかりで溢れてしまうから、仕方なく女王になって統治してあげていたのよ」
そうか。
さすが私の女王……。
「随分と上から目線の、胸くそ悪い言い方だな」
「本当の事なのだから、つっかからないで」
牢の中のベルヌが顔を歪めて暴言を吐いても、心優しき私の女王は朗らかだ。
だが心ではベルヌへの怒りよりも、女王への嫌悪が酷いのへ何故だ?
「けれど不測の事態が起こったの。
せっかく安定している私の世界を壊しかねない、いえ、壊そうとする次代の孤王なんていう、不届き者が生まれてしまった。
本来ならすぐに滅するべきだけれど、私は古王という立場も兼任していいたから、孤王を直接手にかけられないし、世界の変革は必要だと古王の本能が告げていた」
「古王や孤王ってのは初耳だな。
そもそも何故孤王を手にかけれない?
そもそもその名称が何か教えるべきだ」
「孤王は世界の変革を担い、古王は変革した世界で孤王の力を循環させる役割を担うの。
何故手にかけられないかは、本能的なものとしか言えないわ。
だだね、私は誰よりも優れ、叡智に優れた女王だったから妙案を思いついた」
「嫌な予感しかしねえな」
ベルヌの不謹慎を感じさせる問いにも、素直に答えていく女王の笑みに、何か含みのようなものを感じる。
どうしてだろう?
「あら、誰だってわかる事よ?
せっかく安定している世界なのに、変革させる必要なんてないって。
私の治める世界こそが、あるべき姿だったのよ。
だから現状を留めながら、変革の力を持つ孤王の力そのものを循環させればいいと、その方法ごと閃いたわ。
けれど……」
どことなく残念そうな顔をする女王。
「その為には100年ごとに循環する仕組みに全ての魔力を注ぎ、何度か死を迎える必要があった」
「100年ごとに魔力を注ぐ?
魔具みてえな仕組みだな」
「そうね。
巨大な魔具を作ったと思えばいいわ。
ただその仕掛けを起動するにあたっては、当時の実力者達、管理を任せていた世界中の領地の均衡、何より私が統治してきた歴史とその後予測し得る経緯についても操作しておく必要があった。
そうでなければ、私の計画が表沙汰になってしまうもの」
「まるで表沙汰には出来ない事をやったような言い方だな」
ベルヌが眉を顰めて女王を窺う。
「あら、何事も犠牲はつきものよ。
その上転生を繰り返すほど、力が削がれてしまう現象は避けられない。
世界を統べる女王だった私すらも、自分自身を犠牲にするのだもの。
安定した平和な世界を取り戻す為には仕方のない事もあるわ」
ベルヌの眉根の皺が更に深くなるが、女王は全く気にした様子もない。
「当然だけれど、転生する時の立場までは選べない事も問題だった。
生まれ変わったら奴隷でした、なんて可能性も否定できないし、そんなの時間を無駄にしてしまうわ。
私1人で成し遂げるには、限界があるとすぐに悟った」
女王は物憂げな表情で、1度言葉を区切る。
その表情には心が締めつけられるものがあるのに、ベルヌはもはや女王を睨んでいるかのような険しい顔だ。
不敬だろう。
そう感じて咎めようとしたが……。
「だから必死に方法を探して、そうして見つけたの」
パッと明るくなった女王の可愛らしさに、口を噤んだ。