476.私の女王〜ジルコミアside
「もうじきよ。
もうじき……」
敬愛してやまない私の女王が、長い時間をかけて築いてきた特別な魔法陣を前に、歓喜の声をあげる。
魔法陣はかなりの大きさで、地下にできたこの洞窟の半分の面積を占めている。
ゴツゴツとした岩のような地面に描かれた魔法陣の上には、元からいたこの教会の神官や聖女見習い達だけでなく、新たに教会が連れてきた神官や聖騎士達も転がっている。
皆が眠りにつく中、先ほど放りこんだザルハード国の側妃だけは、格子越しに何かを叫び、しきりにこちら側に手を伸ばしていた。
その顔は、憤怒と焦りが入り混じったものだ。
大人しくしていれば、実年齢など考えられない程の若く瑞々しい、可愛らしい顔だが、随分と醜悪だな。
彼女の近くには、お茶会という名目で呼び出し、まんまと眠らされたこの国の王妃と、彼女が連れてきた3人の護衛の内の2人が転がっていた。
黒豹属の護衛だけがいない。
どうやらあの護衛は王妃の命でゼストゥウェル王子の護衛に加わってしまったらしい。
私の女王の力の一部にすらなれない護衛に、苛立ちを感じる。
叫ぶ側妃の声があまりにもキンキンと煩く、声は魔法で消しているが、存在の騒がしさまでは消せなかったらしい。
だが私の女王が奏でる、甘く艷やかさすら感じるその声で、頭の中が至福と快楽でいっぱいになって、騒がしさなど忘れてしまう。
ああ、私の女王よ。
貴女様の為ならば、私は何でもできる。
そうする事が私の悦び……。
__本当にそう思ってんのか、ジルコミア!
不意に胸の奥から、そんな疑問の声が叫び湧く。
声は……自分の物だった?
何だ?
何故当然の感情に、そんな疑念の声があがる?
一瞬グワンと視界が回ったような感覚がして、ふらつく。
「しっかりしろ、ジルコ」
「…………ああ、わかっている」
ベルヌが肩を抱いて苦言を呈してきた。
ベルヌの何かを訴えかけるような、真摯な瞳に射抜かれたような気がする。
そして後ろめたさを感じた事に、意味がわからず呆然としそうになる。
……思考が上手く回らない?
何となくベルヌから視線を逸らしながら、しかしこれ以上の醜態は曝すまいと、足に力を入れる。
「ミシェリーヌ様の願いがこれから叶おうとするのだ。
水を差したりはしない」
「違う、お前が……いや……」
ベルヌの言葉に間を置いて返答すれば、ベルヌは何かを迷うように躊躇い、少ししてから再び私の目を真摯に、真っ直ぐに直視した。
「ジルコミア=ブディスカ。
目的を思い出せ。
しっかりしろ」
目的?
そんなもの、決まっている。
私達の目的はこの方を、スティリカ様であり、今はミシェリーヌ様となったこの方を、今一度この世界の女王に返り咲かせる……。
そこまで考えて、思考が急停止する。
いや、違う……。
私の……私達がアドライド国で築き上げた地位を捨て、今では王族の誘拐犯となってまでなし得ようとした、その目的は……。
「……ぁ」
何かを言葉にしようと口を開いたものの、何を言えば良いのか混乱して、無意味な音が口を突く。
「ジルコミア、来なさい」
「もちろんです」
その時、女王が私を呼ぶ。
途端に多幸感で頭がいっぱいになってベルヌの存在になど、興味が失せた。
2つ返事で女王のすぐ後ろに立てば、女王は更に後ろにいたベルヌをチラリと振り返ってから、視線を目の前の巨大な魔法陣へと戻した。
「ミシェリーヌ様!
スティリカ王女、いえ、スティリカ王太女の命により、潜伏させておいたイグドゥラシャ国の部隊が、我が教会本部へと転移したと報告がありましたぞ!」
すると興奮した様子の教皇が、バタバタとこの教会の地下洞窟へと入ってきた。
「これでミシェリーヌ様と共に作ったこの仕掛けが作動すれば、我が教会とミシェリーヌ様とでザルハード国ばかりか、イグドゥラシャ国とアドライド国も合わせ、3国を掌握できますな!」
興奮した様子の教皇は、ガハハと下品な笑いを私の女王に向ける。
その欲に塗れた顔と媚びた声があまりにも不快で、思わず顔を顰めそうになる。
もちろん堪えはするが。
「そうね。
それよりも、もうアレは消しても問題ないでしょう?」
女王が側妃を見て、指差した。