472.嫌な予感〜エリュウシウェルside
「ゴホン、まあ、とにかく馬の件は置いておこう。正直、その男の自業自得だったのは間違いないのだし」
話を軌道修正するように咳ばらいした女性は、話を続ける。
「その魔具についてだが、少なくとも彼が回復するまでレイの魔具をつけておいた方が安全だ。
間違いなく俺が持っている魔具と同じ物だろう」
女性なのに自分の事を俺と言ったな。
先程触れてきた手の感触といい、実は男だったのか?
「同じ?」
「ああ、レイにもらったのだ」
「師匠から……いいな」
「そなたには闇の精霊がついているだろう」
「それはそうだが、私も師匠とはもっと近づきたいではないか」
ゼストゥウェルの声に嫉妬が混じるのを感じる。
女性の方があの悪魔弟とは懇意にしているのだろうが、いつの間に異母兄は悪魔の信者になっていたのだ?!
「ふ、俺とレイの仲だからな」
「くっ……言い返せない」
勝ち誇ったような声の女性に、敗北宣言するゼストゥウェル……仲が良いのだな。
私の記憶の中のゼストゥウェルは、ザルハード国では常に独りだった。
国王である私達の父上はもちろん、彼の実母であるエリザベート王妃ですら、どこか距離を取っていたはずだ。
確か護衛にリューイという名の、やたら強い男がいたが、雇用関係に過ぎないと思える距離間だった。
そんな彼の状況が変わったと感じたのは、留学してからだ。
彼が留学して2年後、相変わらず落ちぶれているだろうと疑いもせずに私も入学した。
けれど予想とは違うゼストゥウェルの状況に、次第に焦りが生まれた。
今や存在すら忘れがちな、かつての婚約者への面子や、長らく教会や母親からもてはやされて培った、根拠も実力もない自尊心は、早々に傷ついた。
結果、間違った言動ばかりを取った。
なのにコッへは……ずっとついてきてくれたのだ。
私と共に愚かな言動を取り続け、共にミシェリーヌ王女に魅了されたりと、散々な目に遭ってきた。
従者としてどうなんだと思わなくもないが、友人としては正しく腐れ縁の悪友……そして……親友だった。
コッへとしては……災難だったとしか言えないだろうな。
どうして落ちぶれていく私から、離れていかなかったのだ。
いや、私から突き放すべきだったのだ。
そうすれば、命を落としたりはしなかった。
声だけとはいえ、この2人のやり取りを耳にしていると、亡くなったばかりのコッへに悔恨の想いが溢れてくる。
涙が自然と眦を伝うが、今は拭う事もできない。
そういえば、ティキーは……。
涙を抑えたくて、気を紛らわせるように、教会の聖女である狸属のティキーの存在を思い出す。
確かあの大きめの耳をした獣人の美女、今ならわかるが悪魔の弟に何かしようとして、恐らく自滅したようだったが。
コッへの婚約者となり、コッへに恋慕していながらも、最後に間違いなく癒しの魔法を諦めて責任転嫁した聖女。
「まあまあ、グレインビルの悪魔弟との仲は置いておきましょうか。
それよりベッド下のソレにはそろそろ気づいて差し上げてはいかがです?」
「「ソレ?」」
ベッドの下?
何かあったのか?
「……これは……聖女ティキー?」
ゼストゥウェルの言葉にハッとする。
そこにいたのか?!
そういえばあの悪魔弟は、コッへの遺体についてしか触れていなかったが、まさかそこに転がしていたと?!
「こんな所に?!
初めて見るが、この者は何故……まあ、状況的にレイが魔法で隠していたのだろうが……魔力はまだギリギリ何とかなる程度か。
しかし何故白目を剥いて……」
「それに顔が随分と恐怖に歪んでいますねえ?
ふふふ、酷い顔をしていますねえ。
しかし今はこのまま放置がよろしいでしょうねえ。
どのみち何もして差し上げられる事もありませんし、そろそろ王妃共々、向かう時間では?」
そうか、あの悪魔弟が魔法で……それよりも、やはりこの聖女かあの時諦めたのは、気の所為ではなかったのか。
それにしても、王妃共々?
一体どこに向かうのか……嫌な予感がする。
もう母親とは思えなくなっている実母と教皇、そしてミシェリーヌ王女。
あの3人が……まさか……。
この教会の本殿に集められていた、元からここにいた神官達の存在……何をするつもりだ?!
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
更新が明らかに遅くなっているのに、ブックマークやポイントをいただいていて、とても嬉しいです。
エタらせるつもりはないので、お付き合い下さると嬉しいですm(_ _)m
これにてエリュウシウェルsideは終了となります。
多分、ここまでで開始からコツコツ仕込んでいた話を半分ちょっとくらいは回収していけた……はず?
次は一旦アリーsideに戻った後、事態を動かしていく予定です。