469.魔族と魔人属〜エリュウシウェルside
「やはりミシェリーヌ=イグドゥラシャは、各国で禁呪とされている魅了の魔法を使うのか」
この声はハスキーだが、凛とした印象を受ける、女性の声だな。
何となく声に違和感を感じるのは、どうしてだろうか。
部屋に入ってきたのは、足音から察するに聖騎士、異母兄のゼストゥウェル、そしてこの声の女性の3人だろう。
聖騎士の爆弾発言に、しかし既に予想していたかのように、女性は話す。
「そうですねえ、厳密には魅了から魅縛へと進化する類の、魔族特有のスキルですね」
魔族?!
どうしてそんな者が教会に?!
しかもミシェリーヌ王女が魔族だと?!
「魅縛?
それに魔族だと?」
すると女性は訝しむような声音になった。
私と同様、さすがに魔族の関わりまでは知らなかったようで、私と同じく驚きの声を上げた。
「……魔族……そうか。
あの者が……」
「何か知っているのか、ゼスト」
しかしこの異母兄であるゼストウェルは知っていたような口ぶりだ。
父上や、自身の母親である王妃から聞いたのか?
いつだ?
いや、それよりも、まさか私の母親も魔族とは言わないよな?!
「ああ。
教会に魔族が絡んでいるという事は、もうずっと前の、アドライド国へ留学して暫くした頃に聞いていた。
1年の魔法技術大会が催された頃だ」
「ああ、ゼストがアリー嬢にからんで、グレインビル一家の怒りを買った、あの頃……」
何だ?
この異母兄にも、そんな過去があったのか?
バックにあの悪魔兄弟を従えたグレインビル嬢にからむとは、ぜストゥウェルも命知らずだったらしい。
「ふぐっ……頼む、その事はもう……ま、まあ、その頃だ。
詳しくは言えない」
「そうか」
ゼストゥウェルの中では、黒歴史とかいうやつになっているらしく、言葉を詰まらせたな。
それにしてもこの女性は、随分とゼストゥウェルと親しいらしい。
2人の口調からは気安さが窺える。
話の内容から察するに、少なくともゼストゥウェルがあの学園へ入学した頃には知りあっていたようだが、その頃からこの2人は仲がよかったのか?
異母兄に女っ気はないと、信じて疑っていなかった。
それくらいには、学園でゼストゥウェルの浮ついた女性関連の噂はなかった。
しかし意外にも、隅に置けないらしい。
「ほうほう、それは是非とも詳しく教えていただきたいですね。
その事を知る者がいるとは考えもしていませんでしたから」
「そなたに話す必要は感じない。
ただ知っているとだけ覚えていてくれ」
「それは残念」
「ゲドグル、そなたとは一時的な協力関係だ。
それ以上の詮索はやめろ」
女性が聖騎士__ゲドグルを……ゲドグル?
ゲドグルって確か、何年も前にグレインビル嬢を誘拐した犯人の1人ではなかっただろうか?
人違いか?
「しかし魔族とは、人族とは比べられない程の力の差があると文献にはあった。
それにしては、正直実力不足では?」
確かにゼストゥウェルの言う通りだ。
500年前、かつてこの国は魔族に侵略されかけた。
この国の人々に絶望を与えるくらいに、凶悪で圧倒的な力を持っていたと、教会の文献には書かれていた。
ザルハード国の建国神話だ。
「人界との棲み分けによって魔族は魔界で暮らしているようですが、そこから追放された、はぐれ魔族と呼ばれる類の存在があるんです。
追放される前に、魔王によって力を削がれてしまうので、弱体化するようですよ」
この聖騎士は、何故そんな事を知っているのだ?
魔族という言葉を耳にした事は、大抵の者が知っている。
しかし魔族という存在自体、目にした事は無かった。
少なくとも私の周囲では、魔族はとうに滅びた古の種族という認識ですらあった。
「そなたは何故、そんな事を知っている?
確かそなたは魔人属だったな。
それと何か関わりが?」
ゼストゥウェルも同じ疑問を持ったようだが、そうか、魔人属。
あの誘拐犯達は、熊属、ピューマ属、魔人属だったはず。
この男が魔人属の誘拐犯。
人族の中でも長寿であり、魔という言葉がつく種属なら、魔族と何らかの繋がりがあるのかもしれない。