468.王位継承者として相応しいのは〜エリュウシウェルside
「この魔具がなければ、聖女見習いとしても未熟であったくせに!」
落ちた何か、恐らく他者を魅了する魔具を乱暴な動作で拾う音。
口調も随分と荒々しくなっている。
何とか事態を把握したいのに、全く体が言う事をきかない。
あの王女がこの教会に来てから、母上も教皇もどこか性格に違和感を感じてしまう。
これまで日常的に取り繕えていた何かが、そうできなくなったような……。
「ただの平民の孤児が、聖女にならせてやったばかりか、子爵に取り入る機会を与え、娘に迎えさせて貴族の仲間入りさせてやったのも、全て私の口添えとこの魔具のお陰だったというのに!
自分の力などと過信しおって!」
な、に?
今、教皇は何と……母上が……平民の孤児?
言い捨てた勢いのまま、教皇がベッドから遠ざかる。
待て!
どういう事だ!
声にならない声を心中で叫んだところで、ドアがガチャリと開き、教皇の短く、しかし大きく息を飲む音がした。
「先ほどの言葉はどういう意味だ、教皇」
この声は異母兄、ゼストゥウェル第1王子の声。
最後に声を聞いたのは、もう随分前だったが、あの時よりも自信に満ち溢れた、凛とした声音。
私が我が身の事だけで燻っている間も、ぜストゥウェルはザルハード国の王族として、隣国のブランドゥール国やアドライド国の商人達と交流を重ねていた。
そればかりか、一足先に卒業したこの男は、流民達の為に隣国のアドライド国ファムント領の領主と掛け合い、我が国との技術留学を実現している。
エリザベート王妃の次子である第2王子が亡くなってから、王妃の生家に立て続けに不幸があり、生家の肉親は兄君だけとなった。
その兄君も何故か体を悪くした。
順調だった領地経営が悪化し、呪われた領地と噂が広がり、税を納める事すら難しくなった事で、公爵から侯爵へと爵位が下がった。
当然、ぜストゥウェルの王子としての後ろ盾は、大きく弱体化した。
そればかりか両親である両陛下の関心も、目に見えてわかるほど薄くなった。
だからだろう。
私がアドライド国に留学してすぐの頃までは、この国中が俺の王位継承は間違いなしと見て、第1王子の立場を軽んじる者も多かった。
なのに今、声だけでこんなにも違いを認識してしまう。
私はたくさん間違ったけれど……あの時、アドライド国王太子の婚約式で王位継承権の放棄を勢いに任せて叫んだ行為も、間違っていたかもしれないけれど……この男が、異母兄がこのザルハード国の王位継承者として相応しいと判断した事だけは、正しかった。
何故か、そう確信してしまった。
「さ、さあ、何の事だか。
それよりこちらへは何をしに?」
「弟が倒れたと聞いて、見舞いに来ただけだ。
そなたが気にする事ではない」
「はっ、ここは教会ですぞ。
勝手な真似は困りますな。
大体、我が教会は光の精霊王の守護を受けし、第3王子殿下こそが王位継承に相応しいと意思表明をしております」
「それで?」
「この教会で第3王子殿下に危害を加えられる可能性がある者を、それが仮に王族という立場の御方であったとしても、おいそれと近づかせるとお思いか。
護衛を任せていた聖騎士はどうされた」
「ふっ、随分な暴論だな。
そもそも異母弟が進んで王位継承権を放棄しただけの事。
それに今の異母弟を亡き者にする理由など、私にはない。
そう説明し、その聖騎士に案内させたが?」
ドアを大きく開く音。
恐らく聖騎士は異母兄の後ろに控えていたのだろう。
「何だと?!
貴様!
私の命令を聞かずに勝手な事を……」
「はい。
ミシェリーヌ=イグドゥラシャ王女殿下より、第1王子殿下をこちらへお通しせよと。
教皇猊下は例の準備をなさるよう、仰っておられました」
感情的に叱咤しそうな教皇は、しかし聖騎士からあの王女の名前が出た事で、言葉を飲みこむ。
「……本当か?」
「はい。
先ほど妃殿下とすれ違いましたが、教皇猊下は向かわれなくてよろしいので?」
「クッ、勝手な事を……おい!」
「はい」
「エリュウシウェル王子を決して1人にせぬように!
ゼストゥウェル第1王子よ。
見舞いは早々に切り上げて、お母君と本日予定している場へさっさと向かわれよ!」
言い捨てて、教皇は出て行ったようだ。
「はあ、やれやれ。
あの王女が中途半端に魅了の力を漏らし始めたせいか、随分と感情の制御が乱雑になっていますねえ」
おい、多分聖騎士。
いきなり呆れた口調で、何を言ったのだ?