466.別の場所で感じる魔力の息吹きは〜ロアンside
「大丈夫。
このイタチは、簡単には死なない。
エリー。
君の次男のように、突然死んだりなんてしないよ」
愛称を呼んで、落ち着かなげなこの子を正面から見すえて告げれば、橙色の瞳が揺れる。
「私達以外にも、守っている者、うーん……飼い主っていうのかな。
ちゃんと別にいて、ずっと守っているからね。
動物なのに、とんでもない魔具を隠し持たせているくらいには、愛されていると思うよ」
グレインビル侯爵令嬢が、ふざけた名前の魔具を、ジャガンダ国一の姫に譲り渡した事は、有名な話となっている。
誰が意図して流した話かは知らないが、メリットのある人間だろう。
あの時はまだ筆頭公爵家当主であったから、その魔具を身に着けているのを直接見る機会があった。
正直、とんでもない逸物だった。
遠方の国の姫というだけでなく、アドライド国に大きな影響のあるグレインビル侯爵家が認めたという事実は、当然大きな後ろ盾となる。
そしてそれだけではない。
グレインビル侯爵令嬢は普段から、あんな逸物を身に着けている事が、周知される事にもなった。
恐らくグレインビル家が噂を放置している本当の理由は、そこだ。
魔力0の養女である事実など関係なく、彼女はグレインビル侯爵家の一員として存在していると知らしめた事にも繋がるから。
おいそれと手を出すとすれば、この教会やこの国の側妃一派くらいじゃないかな。
何とも愚かしい。
グレインビルをなめ過ぎだよ、まったく。
それに……本当に恐ろしいのは他ならぬ、その令嬢の怒りに触れた時じゃないだろうか。
「……飼い主……そう……ちゃんと飼い主に愛されている……そう、よね。
それに簡単には、死なないわよね。
……この子は……息子達ではないもの……そうよね」
眠るイタチの体をそっと撫でる王妃は、会わなくなってからの約10年程で、私の知る朗らかさを随分と失ってしまった。
王妃として、母親として、生家を慮る娘として、随分と神経をすり減らしてきたんだと思う。
そして恐らく先日、何年かぶりに息子とまともに話して、その成長を垣間見た事で幾らか肩の荷が降りた。
だからこそ今は、未消化となっていた自分の感情が揺らいでいる。
きっとイタチの心配をして気を紛らわせていなければ、次男の命を奪った者達への明確な殺意と憤りが噴出してしまうはずだ。
今、この場には気心知れた私達だけだから、余計に。
「ねえ、ロアン。
私の息子の1人が殺された一端を、イグドゥラシャ国が担っているのではないかしら?」
この子は刺し違える覚悟で、ここに来た。
この子なりに、教会の人間や背後の関係をずっと調べてきたのだろう。
息子を殺した真の黒幕に、気づいている。
それが当時はまだ片手で足りる年で、市井で過ごしていたと設定されている、ミシェリーヌ=イグドゥラシャ第2王女だとまでは考えついていないのだろうけれど。
「エリー、真実を見誤って短絡的になってはいけない」
「教えてはくれないのね」
「うん、教えられない。
けれど君は王妃で、息子達の母親である事を忘れないで。
それにね、君の兄君で唯一の家族となった侯爵も、君の身を案じていたと伝えたろう?
今は妹を心配できるくらい、回復したんだ」
「お兄様、が……」
随分とやせ細ってしまった華奢な肩に、そっと手を添える。
この子が未だに手を離せずにいる、真っ白で小さな温もりが、今目を覚ましたなら、もしかしたら殺意を胸に秘めた哀れな母親に、幾らかの安らぎを、再び与えてくれるだろうか。
もしこの温もりが望んでくれるなら、私の残る寿命が尽きるまで、先代の古王として使って……。
「……ふ」
「ロアン?」
流石に都合の良い考えだ、と思わず苦笑する。
今代の孤王の本来の魔力は強大で、狂気に溢れている。
そのくせ、きっと本人が考えているよりもずっと、その根底にある愛情は狭くて深い。
今代の為に用意された古王が羨ましいな。
何故私は、先代の為の古王だったんだろう。
もし私に彼女が何者かへと注ぐ愛情を、少しでも得られたら。
そんな感情が刹那的に胸を焦がす。
それくらい、この小さな体に在ったはずの魔力は、別の場所で感じる魔力の息吹きは、魅力的だ。
そう、今代の孤王の魔力は、確かに在る。
「それより、そろそろ時間だ。
止めても側妃達と、この後会うんだろう?」
「ええ、そのつもりよ。
全てを教えると誘われたら、行かないわけにはいかないわ」
できる事なら、断って欲しい。
けれど意志は硬そうだし、私も先代の為の古王として、止めるつもりもない。
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これにてロアンside終わりです。
アリーがずっと動いてませんが、あと少しでド派手に動くので、もう暫しお付き合いをお願いしますm(_ _)m