464.女帝の終焉と生贄〜リュドガミド前公爵side
「まだ眠っているの?
あれから、もう2日よ?
一昨日まで元気に動き回っていたのに、」
ザルハード国の王妃は、随分と心配そうに、今朝から何度も、白い毛皮のイタチ令嬢を覗きこむ。
知り合ってから、もう随分と経つけれど、この子がこんな風に感情を出すのは珍しい。
まあ、それくらいこのイタチが可愛らしいのだから、仕方ないか。
私が王妃をこの子、と揶揄するのには理由がある。
私がかなり長生きしている魔人属で、人属である彼女が10才……多分それくらいだったかな。
年齢なりの、いわゆるおしゃまな少女の頃に出会ったのが、大きな理由だ。
その上、このイタチは知ってか知らずか、ずっとこの子の側についていてくれたようだし。
この教会に来てから共として同行した、私達3人。
教会側は手続きと銘打って、暫し私達を引き離した。
その間の1番不安で張り詰めていた時に、緊張感を和ませ、側で支えた事で、彼女の心を鷲掴みにしてしまった。
チラリ、とイタチ専用ベッドとなった、クッションの上で丸くなり、微動だにしない躯体を見やる。
一昨日の夜、アドライド国から無理矢理ついてきたグレインビルの2番目の義兄が、王妃と私のいない間に、かなり強めの魔法で眠らせてしまった。
更にその上から、私の知る闇の妖精王が生まれ変わった、成熟手前の闇の妖精、ヤミーが精神に干渉して深い眠りにつかせた。
余談だが、彼にはまだ名前がなく、愛称だけが与えられ、それを受け入れている。
正直、安直じゃないかとかつての主である、イタチ令嬢につっこみそうになったのは秘密だ。
ヤミーは未だに愛称は許しても、名付けは受け入れられていない。
恐らくは現状、指輪の持ち主となっているぜストゥウェル第1王子と、転生前の主との間で、どちらと契約するか揺れているんだと思う。
最も今の魔力が欠乏した状態のイタチ令嬢では、契約した途端に死んでしまう。
だからこそ、迷えているとも言える。
そうでなければ迷ったとしても、あの王子の側を離れていたはずだ。
理屈ではなく、かつて精霊王だった時のように、本能的にそうしていたと、私は確信している。
それくらいには私も、もし彼女の代の古王であったならと、一目見たあの頃から、何度も考えてしまったのだから。
そう、かつてこの世界で1番大きな帝国が、突然滅亡するまでに1年を切った頃。
彼女が帝国で唯一の王女として誕生し、披露目の儀にて一目見たあの時から、何度も……。
あの時、彼女がこの世界を一新する為に、神が采配した次代の孤王だと、理由もなく悟った。
それは古王として与えられた私の役割が、終わりを告げた瞬間でもある。
私は先代となってしまった孤王の力を、世界に馴染ませる為の古王だったから。
恐らくそれは、同じく古王としての役割を与えられ、女帝として長らく帝国を栄えさせた、彼女の実母もそうだったはず。
獣人属や魔人属と違い、老いが早く訪れる人属であった彼女の母親。
しかし体内の魔力を常に活性化させる事ができたらしく、100年以上若々しい貴婦人の姿で、帝国の王として君臨していた。
しかしそれは古王として、次代の孤王を産み落とす事が役目であったからこそ、保てていた若さ。
披露目の儀で目にした女帝は、これまでの若さと帳尻を合わせるかのように、明らかに老いていた。
濃いベールで顔を隠し、これまでと違って薄衣で肌を全て隠した女帝。
けれど同じ古王だからこそ、長らく君臨した女帝の終焉に気づいた。
他に古王がいれば、あんな事が起こる前に止められたかもしれない。
けれど全ての謀りが終わった後だったからこそ、わかった事。
次代の孤王の誕生が近づくにつれ、徐々に数を減らしていた、かつては当代だった孤王の古王は、私と女帝のみ。
そして当時の私はただ、次代の孤王の誕生に喜ぶだけ。
帝国の王として、母として、何より古王として、私と同じ、いや、それ以上に喜んでいる。
愚かな私は、そう信じて疑わなかった。
全てを悟ったのは、王として治めていた国を、何より民の大半を喪った後。
いつからか霧の神殿と呼ばれるようになった、かつての帝国の王城。
そこに赤子だった孤王が、世界各地で理性を失い狂乱する魔獣の群れを閉じこめる生贄として、多くの戦士達と共に封じられた、その後だった。