461.心当たりは1人だけ〜ゲドグルside
「だって私は薬の作り方を知っているし、グレインビルの妖精が、原材料を持っている可能性を否定する事まではできないもの。
腹立たしい事にね」
面白くなさげに眼の前の女は言い捨てます。
「あのファムント領の洞窟で、確かにコッヘもエリュウも、2人して光る苔を見たと言っていたわ。
言ってもいない原材料となる苔の特徴を、ピンポイントで彼らが嘘をつけるはずがない。
それにアドライド国のルドルフ第2王子が光る苔を持ち帰って兄に渡したと耳にしたもの」
「ほう?
それなら兄である王太子から手に入れれば良いのでは?
貴女お得意の魅了魔法でもかければ、そこのジルコのように簡単に手に入れられたでしょう」
「それができれば良かったのだけれど、約束があって出来ないの」
おや、ベルヌの眼力が凶悪になりましたね。
もちろん彼の視線は私ではなく、この女の後頭部に注がれていますが。
「約束とは?」
「そこまで教えてあげる必要はないわ」
ふむ、この女とアドライド国王太子を守るような約束をする者。
なおかつ律儀にか、事情があってかはともかく、平気で他者との約束を反故にするようなこの女が、その約束を守ろうとする者。
心当たりは1人だけです。
恐らくそれは、アドライド国王。
以前からおかしな点がありました。
表向きは国益を狙ってのアドライド国王太子とイグドゥラシャ国第1王女との婚約。
しかしこの女の都合によって、婚約関係である2人は、解消するその時まで1度として会う事はありませんでした。
賢王と名高いかの国王が、国益を損なうその行為を改善させる気配も、もちろん異を唱えることもなく、この女の意志を尊重するかのように、口を噤んでいました。
そしてベルヌは騎士団長、私は魔法師団長であったからこそ、知っています。
アドライド国からすれば、イグドゥラシャ国主体のような政略結婚という体は、取る必要がなかったのです。
鎖国とまではいかなくとも、閉鎖的だったイグドゥラシャ国。
他国との積極的な交流によって富を築いていたアドライド国。
当時の国力ではアドライド国の方が上回っていましたから。
とはいえ、この女が国王に魅縛魔法を使ってはいませんでした。
この女とアドライド国王との関係がきになってきますね。
「とにかくルドルフ第2王子が、あの令嬢と会っていたのは確か。
そしてあの王子は私達のいた洞窟に、捜索で訪れたけれど、それ以外の場所には立ち入っていない。
逆にグレインビルの妖精は、ファムント領には長く滞在していたし、あの洞窟以外の場所にも出没していたの」
「ファムント領次期領主から依頼を受けて、色々な場所に赴いていたとようですからねえ」
「ええ。
体が弱いとか言ってルドルフ第2王子の気を引いていたのも、半分は演技じゃないかしら。
他国の商人や自国の主要な後継者達と、積極的に交流しているようだもの」
それはほとんどが巻きこまれたり、成り行きで関わっていたからだと思いますよ。
かの令嬢は、何というか、その手の引き、のような何かを持ち合わせているようです。
そこのベルヌや私だけでなく、ツンケンして敵意剥き出しだったジルコまで、実は懐柔していましたからね。
私達のような者が、かの令嬢と関わろうとしたからこその、巻きこまれ体質ではないでしょうか。
それにあの虚弱体質も、決して軽い物ではありません。
実際、私達のせいで何度か死にかけています。
それよりも確かこの女は、あの第2王子を狙っていましたか。
今はそこまで重症ではないくせに、学園では何かにつけて持病の心臓がと、あの第2王子にしなだれかかろうとしていたというのは、イグドゥラシャ国第2王女の醜聞として耳にしましたよ。
その度にあの王子に拒否されて、くだらない女のプライドでも傷ついたのでしょうか?
しかしあの王子には、ザルハード国第3王子に使おうとしていた魅縛魔法は使わなかった?
もしくは何かしらの自衛をこうじられていたのか、どちらかですね。
醜聞が聞こえるほどには、アプローチしていたようですから、何者かとの約束には、第2王子は抵触しなかったと考えるべきでしょう。