456.孤王の思念〜ティキーside
(動けない……痛い……苦しい……息ができない……)
自分が今、どうなっているのかがわからない。
コッへ様を見殺しにした、あの綺麗な女の人に、白い霞のような何かを投げつけようとした。
どうしてかわからないけれど、あの何かは人に良くないって感じたの。
それでコッへ様が死んだのだもの。
そう、悪いのは白い霞で……私は……悪くない。
あの綺麗な女の人がもっと力を貸してくれていれば、私はもう少し長くコッへ様といられて……。
でもそうしたらコッへ様は苦しい時間が続いて……いいえ、そう、だからあの女の人が悪いのよ。
けれど白い霞は、私の手に絡みついて、私の中に入りこんできた。
入ってくる間も、入ってからも、凄く痛くて。
自分が立っているのか、倒れているのかすらわからない。
でも倒れて、あまりの激痛に、声どころか、息もできなくて。
意識が遠くなって、でも痛みや苦しさに、気は保っているの?
わからない。
現実の中で痛くて苦しいのか、気を失って夢の中でそうなのか……これは何?!
逃げたいのに、逃げられずに、そんな感覚だけが絶えず私を襲うのよ!
(嫌!
こんなの嫌よ!
どうして私がこんな目に?!
ずっと努力してきて、皆に優しくしてきたのに!
私は聖女なのに!)
激痛と苦しみの中で、誰かに必死に訴える。
そうよ、誰かわからないけれど、あの白い霞の時のように、本能で知ってる。
あの人なら、きっと……そう、孤王!
孤王なら、私を助けてくれる!
孤王が誰かわからないのに、何故かそう確信する。
(痛いでしょ)
不意に誰かの、いいえ、これは孤王!
これは……あの方の思念?
(そう、僕達は夢の中でほんの少しだけ繋がったみたいだね。
闇の精霊が僕を深く眠らせて、僕の大事なあの子と、新旧の古王が近くにいるからかもしれない。
体中の血管に、硝子の欠片が流れてるみたいに、小指1つ動かすのも、痛くて怖いでしょ。
息の仕方を忘れるくらい、呼吸をするのも痛くて仕方ないんだよね)
(はい!
そうなんです!
すごく痛いし、苦しいんです!
早く助けて下さ……)
(君、やっぱり救いようがないね)
……え?
今、何て……。
(もし君が、あのままコッヘル=ネルシスを救う事だけを考えて、治癒魔法を使い続けていれば、彼が死ぬ前に、彼の中にあったソレを君自身に移せてた。
僕の代でできた君の中の魔力を枯渇させる事だけが、唯一ソレを彼から引き剥がす方法だったんだ)
(そ……んな……でも、そうしたら私は……)
自分の命を投げ出しても、救いたかったコッへ様。
けれど救えた唯一の方法が……この激痛と苦痛を伴う知って、ゾッとする。
(ああ、君は本能でその方法を知っていたはずだ。
だって君は古王の卵だもの。
この世界の理に触れる知識は、本能という形で備わっている。
何で、なんて聞かないでね。
生物が意識せずに息をするのと同じように、ただそういう機能を備えた、そういう生き物ってだけだから。
だからね、君は今感じてる痛みと苦しみを、いずれは消化できた事だって知ってるんだよ)
(ち、違うわ!
私は何も知らなかった!)
(だから途中で止めたんだ。
そして愛しているなんて思いこんだ男を、見殺しにした自分を自覚したくなくて、他人のせいにしたんだよ)
孤王の言葉の全てが鋭利で、体が痛くて苦しいだけじゃなく、心もそうなっていく。
(どうしてそんな酷い事を言うんですか!
誰だって痛いのも、苦しいのも、嫌じゃない!
私は、悪くない!
どうして私を責めるの?!
どうして怒っているんですか!!)
そう、孤王は怒っていると、本能が告げる。
私の内側に語りかける、声のような思念はとても静か。
けれど思念だからこそ、生々しい感情を感じてしまう。
孤王は私に殺意に近い怒りを、煮え滾らせている。
(酷い、ねえ。
僕が1度でも、苦痛を避けるのを責めたかな?
その行為自体は無意識にしろ、意識的にであったにしろ、どちらを選んだって良かったんだ。
そもそも他人の為に、死ぬ方が楽だと思うような苦痛を選ぶ義務は、君にはない。
だって君は僕とは違って、なれたとしても古王だもの。
正直、君の選択した答えが何なのかなんて、興味もないよ)
興味はないという言葉は、真実だと本能は告げる。
まるで親に切り捨てられたような感覚に、胸の痛みが増した。