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453.黒い感情〜ティキーside

「きゃ」


 不意の無重力から、大きな重力を感じた。

初めての体験と、重力に抗えずに、ドサッと尻もちをつく。


「ここ……ひっ」


 どことなく見覚えのある床、それから辺りを見回そうとして、小さな悲鳴を上げてしまう。


 目の前には、白金の大きな三角耳に、同じ色のフサフサとした尻尾を持った、赤い瞳の美女。

 が、とんでもなく不機嫌そうに、私を見下ろしていた。


「ほら、さっさと診てあげたら?」


 美女が顎で私の背後を示す。


「診る……え……え、どうし、て……」


 戸惑いつつも、振り返って……絶句した。


 見覚えがあるのなんて、当たり前。

だってここは、私の大切なあの人の、コッへ様にあてがわれた部屋なんだから!


「コッへ様?!」


 名前を呼んで、駆け寄る。

そっと手を取って、癒しの魔法を使う。


「コッへ様!

コッへ様!

ねえ、しっかりして!

返事をして下さい!

お願い!

コッへ様!!」


 悲鳴を上げるように、叫んで名前を呼ぶ。

それでも目を開けてくれない。


 かろうじて、生きてはいる。

けれどやっぱり上手く効いてくれない……。


「嘘よ!

嘘!

お願いだから、目を開けて!

あ……助けて下さい!」


 ありったけの魔力を注いでも、全く反応してくれない!


「は?

聖女が無理なら、僕にだって無理に決まってるでしょ。

もう虫の息だし、死に目には会えたんだ。

連れて来てもらえただけ、ありがたいと思いなよ」

「死に目……」


 あんまりよ!

どうしてこんな事に?!

どうして、どうして、どうして……。


 胸の奥に、少しずつ蓄積していった、ドロドロとした黒い感情が渦巻く。


 __どうして、私ばっかり……。


 __憎い……全部、消えてなくなれば……。


「コッへ!」


 その時、バンッと勢い良くドアが開く。


 思わずビクッと体を強張らせた。

私は今、何を……。


 駆けこんできた誰かが、ズカズカと隣に近寄ってきた。

その相手を、半ば呆然とみやる。


「……王子?

あ……お願い、です!

うっ、ううっ、お願いですから、コッへ様を助けてぇ!」

「ティキー!

落ち着くのだ!

他人をアテにして泣いている時間などない!

俺は回復魔法を使う!

そなたは治癒魔法を使え!

自分で動かなければ、助けられないのだ!

いい加減腹をくくれ!

失ってから気づいたのでは遅いのだぞ!」


 そう言い終わらない内に、王子は回復魔法を発動させる。


「は、はい!」


 言われた通り、私は治癒魔法を発動させた。

回復魔法と併用しているからか、少しだけ手応えを感じる。


 でも王子はいつの間に、回復魔法を使えるようになったのかと、ぼんやり思う。


「そうだ……良いぞ、ティキー。

ここで弱りきった状態のコッへを初めて見た時に、何も出来なかった自分が情けなかった。

それにこんな状況だ。

いつコッへが見捨てられるかわからなかったから、神官達に頼んで、教わっていたのだ」

「……ぁ……そう、なのですね」


 涙を拭い、マナーが悪いと怒られてきたけれど、鼻をすすって、呼吸を整える。


 王子は頬に汗を伝わせながら、それでも賢明に回復魔法をコッへ様に使い続ける。

私の知る限り、この方は1度だって回復魔法を使えた事がない。


 それに教わった?

あんなにもプライドが高くて、教えようとしても、ごねて逃げるこの人が?


 短期間で使えなかった魔法が、使えるよになったなら、それは才能はもちろん、それこそ魔力を枯渇させるような練習をしたから。


 私は1度でも、こんな努力はしていない。


 コッへ様の惨状を見てから、ずっと教会に不信感があった。

生まれて初めて、ままならない状況に、心からのお願いを聞いてもらえない事に、負の感情を感じた。


 私は聖女なのに、皆を慈しまなきゃいけないのに……。


 そう思えば、思うほど、負の感情は大きく、ドス黒くなっていった。

誰かを憎めれば、楽になれるのに。

いつしかそう思うようになっていた。


 だって沢山努力したもの。

皆に優しくしてきたもの。


 なのに、どうして私を助けてくれないの?


 虚無に支配されそうになる中で、コッへ様を練習と称して助けるよう取り計らってくれて、落ち着いたと思っていた。


「…………ぅ」


 コッへ様__愛しい人が、小さく呻いて、微かに目を開けて、微笑んでくれた。

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