447.妹の真意〜レイヤードside
「まだアリー嬢と顔を合わせないのか?
レイの存在に気づいてからは、ずっと落ち着かない様子だし、今だって……」
お節介にも、隣のルドがそんな事を言ってくる。
確かに想い人となった僕の可愛いイタチのアリーが、眠った今でも必死にしがみついているからね。
そう言いたくなる気持ちもわからなくはないけど、余計なお世話だ。
「見ないでくれるかな。
減る」
「「減る」」
冷たく言い捨てれば、目の前のゼストとジャスパーのボソリと呟く声が揃う。
ジャスパーの方は、このイタチが妹だなんて知らなかったはずだ。
脳内でどう変換されているのかは気になるな。
「いや、それくらい……」
「僕の可愛いイタチにモフられた挙げ句、尻尾を触られて悶絶してたらしいルドに、とやかく言う資格はない」
「いや、あれは不可抗力で…、」
「ふん、まあそれはいいよ。
そうだね……僕の可愛いイタチは、そろそろ連れて帰りたいところではある」
チラリとザルハード国側の人間となる、目の前の2人の反応を見れば、引き留めたいという表情だ。
特にジャスパーは、その気持ちが強く表情に出ている。
本来の立場でいくなら、ゼストこそが引き留めておこうとすべきだろうけど、そうしないのはやっぱりこいつも妹に惚れているからかな。
そもそも今のその引き留めたいって顔は、単なる恋慕のようにも感じる。
あまり強くは自覚していないようだけど。
彼とも付き合いは長いから、この子を政治的な意味で巻きこもうとする程の腹黒さが、少しもないのはわかっている。
妹がジャスパーをゼストの側近にするべく、それとなく動いたのは、正解だったみたいだ。
最も、こういう時の為だったのかもしれないと、考えなくもない。
彼の妹共々、兄妹をこの国から1度出し、妹をジャガンダ国、兄のジャスパーをアドライド国でそれぞれ養子として迎え入れられるよう、手を打ったのは、僕の可愛いアリーだ。
養子先は、どちらも自国で有名な貴族だった。
何年か経った今、彼の妹はアドライド国に王太子妃となる、シズカ姫付きの女官になって入国した。
兄のジャスパーは、ザルハード国王太子となったゼスト付きの正式な側近となり、アドライド国の隣国へと戻った。
アリーからすれば、何年も前に与えた小さな恩。
けれどこの兄妹からすれば、とてつもなく大きな恩へと成長しているはず。
計算高く動くジャスパーも、その大きな恩があるが故に、表情はともかく、言葉にまではしようとしない。
それとも、グレインビルの機嫌を損ねる方がマイナスになるって気づいているから?
まあ、どちらもか。
そこでふと、思い当たる。
この子はどうして、そう動いたんだろうか?
何年も先を見越して動いたのだと、種が1番良い形で芽吹くように蒔いたのだと、今だからわかる。
その気はなくとも、この中で誰よりも計算高く腹黒いこの妹は、無意識的に他人を駒として扱う。
そうしないのは、せいぜいが僕達家族くらい。
逆を言えば、この子は常に僕達家族の安全を優先して動く癖がある。
後顧の憂いは、なるべく取り去りつつ、家族に色々な力を与えてきている。
まだ幼く、体も今よりずっと脆いあの時も、先を見越してヒュイルグ国にエヴィン=ヒュイルグという種を蒔いた。
結果、妹の元専属侍女__ココの死以降にあの国絡みで、うちの領民は怪我1つしていない。
そしてグレインビル領は、アドライド国内でも屈指の富を得ると共に、戦力以外の名声と、他領、そして他国との繋がりも手にするまでに成長している。
戦力が必要の無い時代になったとしても、国王ですら、大きく干渉できない程に。
そこまで考えて、ふと、小さな閃きのような何かが、引っかかる。
そもそもこの子は、何の為に今の配置になるよう、駒を動かしてきたんだろう?
「レイ?」
ルドが黙りこむ僕を、訝しげに呼ぶ。
目の前の2人も、そのすぐ後ろのリューイの視線も、今は無視。
妹がそう動く理由……僕は何を考えて……そう、そうだ。
戦力が必要の無い時代になったとしても、国王ですら、大きく干渉できない所で引っかかって……いや、違う。
国王が大きく干渉できないように、国王自体の権力を牽制できるように、動いていたんだ。