437.再びの睡魔と格闘
「眠ってしまったんだね。
精神系の魔法がかかってるのかな?
いつまで抱いてるの、ほら、ゼスト。
ニヤケた顔してないで、さっさとこっちに引き渡して」
「そうだ、早く離せ」
「順番に抱いていたのに、ズル……いや、何でもない。
イタチが可愛い過ぎるのだ。
着ぐるみは何故か兎だが……似合い過ぎている」
違和感のある声が2つしたかと思ったら、再びあの腕に抱き上げられる感覚に、少しだけ意識が浮上した。
王妃の柔らかい太ももとは違う、筋肉質で硬い太ももの上だったような気がするけど、いつの間に眠ってたんだろう?
あ、ソファに腰を下ろした。
むぅ……この座った時の安定感ある太ももに加えて、僕を撫でるこの手つき……また眠りに誘われている。
僕の体力は疲労感も溜まっているから、時間と共に削られている。
体の特性上、何度も回復魔法をかけられるわけにもいかないし、今は何とか微熱で治まっている熱が、いつ高熱に変わるかもわからない。
意識がある程度あっても、体は言う事きいてくれないんだ。
それに今はヤミーが気を使って闇属性の魔法で、精神の方に何かしら干渉してるみたい。
気を抜くとまた沼にハマるように意識を手放しそうだ。
「うちのセバスにボーナスあげないとね。
手触りけらこだわり抜いて、着心地も細心の注意を払って作った渾身の出来らしいよ」
「鮮血の鬼の……手作り……。
ゴホン、いや、何でもない。
王妃の方は、ひとまずゼストが共にいる事に同意した」
そういえば、鮮血の鬼ってヒュイルグ国でも聞いたような?
隠語かな?
「かなり渋られたがな。
ただ、何故ここまで母上が頑なに戻るのを拒否しているのかまではわからなかった。
今は時間も遅くなったから、一旦、休んでもらっている。
気丈に振る舞われていたが、随分とお疲れのようだった。
念の為、闇の精霊とロアン殿が寝室で待機してもらっている」
「部屋もアリー嬢の口添えでここに移れたし、あの部屋よりも体を休められるだろう」
王妃がこの教会にいる間、息子のゼストゥウェル第1王子と一緒にいるのを根負けして、認めたところまでは起きてたんだ。
けど、そこからの記憶が無い。
きっとそこで眠っちゃったんだね。
王妃はここに来る前から、多分疲れていたみたい。
目の下のクマさんは、それなりに濃かったもの。
それに王妃は事がはっきりするまで、もう絶対にお城に戻らないと思うよ。
僕達が初めて会った時、僕には色々お話してくれたんだ。
きっとただのイタチ……あの時は鼠だと思われていたんだろうけど、まあそう思って気を許したんだと思う。
もちろん僕は、彼女があの教会の失礼なお誘いに乗ってここに来て、更に一国の王妃への度重なる非礼を受けても黙って留まる理由は、もう知ってしまった。
全ては息子達への想い故だ。
「イタチとして母上の側にいてくれて、良かったのかもしれない。
城でもまともに私と話してくれた事が、もう何年もなかった」
んふふ、アニマルセラピーだね。
王妃からすれば敵陣だけど、だから張りつめきったあの緊張感の中で不意に現れた僕に、心を許してしまったんだと思うよ。
今や愛玩されまくりなペットになったのだよ、エッヘン。
「アリ……いや、イタチは俺達の存在にはもう気づいている。
相変わらず耳と尻尾が好きなのだな。
可愛らしくじゃれついてきた」
「あれは私も、羨ましくて仕方なかった」
え、違うよ?!
イタチ式拷問だよ?!
羨ましいって、王子はドMかな?!
「だろうね。
こっそり潜入するつもりだったのに、まさか潜伏先に選んだ王妃と合流してるんだから。
とりあえずその黒豹もどきの耳と尻尾は切り捨てようか」
「いや、何故そうなった?!
清々しいくらい、自然に言ってのけるな?!
尻尾はともかく、耳は切り捨てたら駄目なやつじゃないのか?!」
「ふん、僕がいないのをいい事に、好き勝手されてる風を装うような低俗な輩にはそれくらいでちょうどいいよ」
「ひ、酷い……」
黒豹さんの泣きが入るけど、攻撃的な口調とは裏腹に、僕を撫で始めた手は、とっても優しい。
「んきゅぅ」
思わず最近慣れた鳴き声が漏れちゃうくらい、気持ち良い。
また眠ってしまいそうだ。