435.もう1人
「王子、何故ここに?」
__ナデナデナデナデ。
「キュイ〜、キュイ〜」
んふふふ、ちよっと荒々しくなった王妃の手の平マッサージも、それはそれで気持ちが良い。
無意識に鳴いちゃう。
「え、と……ああ、はい……」
久々に顔を突き合わすゼストゥウェル第1王子は、何だか心ここにあらずだ。
対面のソファに座る彼の母親の、柔らかいお膝の上でくつろぐイタチな僕を、チラチラ見ている。
けれど今は、怒っている自分の母親に集中した方がいいよ?
薄い小麦色の肌、焦げ茶の髪に暗緑色の切れ長の涼しい目元。
王妃の息子だけあって、相変わらず美青年だね。
B級冒険者らしく、体つきは見る度に逞しくなっている気がする。
「聞いているのですか、王子」
小一時間前の、立場をわきまえていない教会側の一団に飛ばした、一国の王妃らしい威圧とは明らかに違う。
やっぱり今はただ息子に腹を立てている母親って感じかな。
ちなみに盗人側はともかく、教会側は側妃も含めて一部の聖騎士を除けば、全員が顔色を悪くしていたよ。
このお部屋は、僕の使っていた本殿の方のお部屋だよ。
王家一団は昨日滞在しているお部屋から、ここに移動してもらっている。
王妃の護衛騎士は2人共扉の前に立っていて、このお部屋に入る前にしれっと合流した王子の護衛であるリューイさんは王子の背後に立っている。
リューイさんは相変わらず神出鬼没だけど、目が合ったら軽く微笑んでくれた。
やっぱり僕の正体にはすぐに気づかれたらしい。
僕のできる専属侍女であるニーアは、お茶を出して部屋から出て行ったよ。
ちょっと周辺の探索をお願いしたんだ。
この部屋のちょうど真上は、エセ教皇が用意しろって言ってたあの盗人のお部屋だしね。
側妃も多分上の階かな?
本来は王族が滞在する時に使う階だって聞いてる。
教えてくれたのは、僕がこの教会に来た時にお世話をしてくれていた神官だよ。
確か彼も高位神官だって言ってた。
だけど本部の空気が合わなくて、支部となるこの教会に左遷されるよう自分から仕向けたみたい。
盗人も今は他国の王族だから上の階になるのはわかるけれど、問題はここにいる第1王子と王妃だ。
本来なら上の階にまだお部屋はあるはずだから、そこにするべきなのに、離殿のあのお部屋に戻そうとするんだもの。
だから僕の要望を、ベルヌの方からエセ教皇側に伝えてもらった。
ちゃんとお掃除もし直されてて何よりだ。
道すがらイタチタオルスタイルで、それとなく観察してたけど、元々この支部にいた見習いも含めた神官や聖女達は、コッヘル=ネルシスのいる方の離殿に集められているみたい。
第3王子とティキーの姿は見つけられなかったんだけど、どこに行ったんだろ?
ティキーはともかく、第3王子はお茶会には来るかもと期待していたんだけどな。
「聞いています。
何故私がここに来てはならないのですか」
僕の方を見るのは止めて、母親の目を正面から見据える王子。
王妃のマッサージが止まる。
「今の教会との関係を知っているでしょう。
教会が何と言おうと、王子は今やこのザルハード国の第1王位継承権を持った王族なのです。
このように単独で動くなど、許されません」
「でしたら母上はどうなのです。
この国で唯一の国母となる王妃ではありませんか。
それに共を3人しか伴わずに教会に赴けなどと、王家を下に見る要望に何故従ったのです。
それこそ王家の権威に関わります。
母上。
あなたは一体、何を隠しているのですか」
「それは……」
息子の言葉に思わず口ごもる王妃。
確かに王子の言い分は正しい。
そしてどちらも行動は良くない。
でも僕が引っかかったのは、そこじゃない。
王妃に、3人のお共?
思わずお膝から身を乗り出して、扉の騎士2人を見る。
美人騎士様は僕に微笑んでくれたけれど、その隣の褐色の肌をした黒豹属さんらしいお耳と尻尾がついた女性騎士。
彼女はさっきまでそこの王子同様、僕をチラチラ見ていたのに気づいていた。
なのに今は、それとなく視線を外す。
王妃のお膝から降りて、黒豹さんの前に行く。
僕の方は絶対見ないけれど、確信した。
やっぱりもう1人がどこかにいる!




