426.全力で媚びる
「もしかして窓から?」
周囲を見回した後、窓に目を留めてポツリと漏らす。
身につけている服は比較的簡素だけど、生地は上質。
前世でロイヤルな人が式典とかで身につけていたような、クリーム色の礼服だよ。
袖や襟部分の刺繍には、銀糸が使われている。
そしてモチーフは、前世の百合に似たスリミリアという植物の葉と……花。
これは……ザルハード国の王妃にしか許されていない刺繍だ。
国王と王太子は金糸で花と葉を、それ以外の王族は銀糸で葉だけが刺繍される決まりがある。
つまり服装から察するに、この人こそが王妃。
薄い小麦色の肌、1つにまとめた焦げ茶の髪と、橙色の目をした切れ長な目元。
いつこの国に来るかわからないけど、雰囲気が格好綺麗なロアン=リュドガミド前公爵に似てるかもしれない。
2人が並ぶと、絶対絵になるやつだ。
だけど今は僕の愛くるしいイタチフェイスにやられたね。
怒ると迫力美人に印象付けそうな目元は、優しげに弛んでるもの。
それに親子だからかな?
どことなくあの第一王子に面影が重なる。
「抱いても平気…………みたいね」
怖がらせないように、ゆっくりと僕の脇の下に両手を差しこんでから、片腕に引っ掛け直してバックハグ。
お尻にもう片方の手をそえると、さっきチラッと見ていた窓辺に寄る。
そっと窓を開けて……。
「ここから入ったなら、縁を伝って出ていけるでしょう」
僕をそのまま外庭押し出そうとした?!
違う違う!
僕はあっちの壁の隅っこに見えてる、換気口から入ったんだよ!
ムササビ禁止令を律儀に守っているから、ムササビになれないんだよ!
ここから窓の外に出されたら、普通に落ちちゃうってば!
「キュ、キュイキュイキュイキュイ!」
慌てて脇に差しこまれた細腕に掴まり、腕伝いに肩口あたりへ移動する。
もちろん爪は立ててないよ。
「あ、あら?!
ちょ、ちょっと?!」
そのまま少しかさついてるほっぺに頭をスリスリしつつ、全力で媚びる。
このまま王妃が僕を連れてザルハードのお城に帰ってくれたら、息子のゼストゥウェル第1王子と会えるかも。
僕の格好良いレイヤード義兄様を師匠と崇めているはずだから、きっと義妹の僕にも良くしてくれるはず。
それに闇の精霊、ヤミーも一緒にいる。
少しは安心してゆっくり眠れると思うんだ。
それにしても、ヤミーはいつ契約者を決めるのかな?
このままだと大昔に僕がしれっと関わった、この国が危機に陥った時のような、昔みたいな力は持てない。
かといって今の僕とも契約できないから、いつまでも中途半端な、ただの精霊さんのままだ。
「く、くすぐったい……ふふ……ふふふ……もう、何をしているの……はぁ」
もう1度僕を抱き、今度はソファにそのまま腰かけた。
「お前、私と一緒にいたいのかしら?」
「キュイキュイ!」
そうだよ、とお返事するけど、悩ましげなお顔になっている。
僕を膝に置き、顎の下を指先で撫でながら、またため息を吐いちゃってる。
「ここは今、危険な場所となっているわ。
表向きは教会側との話し合いとして滞在となっているけれど、本当は教皇や側妃に拘束されたのと変わらない。
連中はね、アドライド国のグレインビル侯爵令嬢を、第3王子の側室にしようとしているの」
何と?!
まさかの予想通りの初耳話だ!
「しかもあの馬鹿な第3王子、他国の主要人物達が招かれた場で、王位継承権の放棄を宣言しただけじゃないわ。
財政難とは言わないまでも、芳しくはない財政で援助や寄付金も期待できないに、イグドゥラシャ国の末王女に公開プロポーズをしたんだもの。
仮にも一国の王女だから、今更無かった事にはできないからと、グレインビル侯爵令嬢を使って、資金を得ようと画策しているのよ」
え、何その計画?!
「といっても、お前にはわからないわね」
うん、わかるけど、王妃が手の平で頭から背中を優しく撫で始めた方に気を取られる。
「キュイ〜」
「ふっ……気持ち良いの?
それにしてもお前、随分痩せているのね」
そのまま何度も撫でてくれる。
疲れが溜まっていた僕にとっては、珠玉のマッサージだ。
手の温もりも、撫でられる刺激も心地良くて、思わず妙な鳴き声出ちゃう。
けど、止められない。
「息が詰まっていたから、ちょうど良いわ。
お前、話に付き合いなさい」
イタチな僕が動物セラピーになったのかな。
王妃はそう言って、とってもビックリなお知らせを語り始めた。