416.裏口デビュタント
「いつから知ってた?」
ベルヌは今更驚かないぞ、というお顔だけれど、誤解だよ。
「ふうん、やっぱりそうだったんだ?」
「カマかけたのか?」
「そうじゃないし、そもそも知らなかったよ。
大体、ベルヌはわかってない。
私は裏口デビュタントしただけの、正式な社交界デビューはしていない半端な貴族令嬢なんだよ?」
「裏口デビュタント……」
「うん、誰かさん達が起こした、王族の誘拐事件に巻きこまれたお陰だね」
ニッコリ微笑めば、主犯の1人が気まずいお顔だ。
あの時、ルドルフ第2王子殿下を真っ先に逃したご褒美が、お城で開かれるデビュタント式に欠席しても、僕の名前を呼んで正式にデビュタントを迎えた成人とするっていうものだった。
何せあの時の誘拐が元で、僕は一気に体調を悪くして死にかけたからね。
虚弱な僕の体は、あんな風に死にかけると回復に数年かかる。
1年しない内に開催される式に、辺境のグレインビル領から王都のお城へと、登城できるかどうかすら分からなくなったもの。
「悪かったよ。
あれだけは、間違いなく不可抗力だ」
まあ誘拐犯達からしたって、僕が一緒に罠に引っかかるとは予想だにしなかったのも事実だよ。
「お陰でまだまともにアドライド国王とお顔を突き合わしていないから、それはそれでいいよ」
「何だ、そりゃ?」
くふふ、と忍び笑いをすれば、ベルヌは怪訝そう。
「こっちのお話。
だからね、私が何でも知ってるわけじゃない。
私が持ってる情報で、確かなものなんてあまりない。
ただ、ヒュイルグ国の元王太子が国外追放になった当時の状況を考えれば、ザルハード国が1番の逃亡先候補だと推察するのは当然じゃない?
そもそも隣国やアドライド国は絶対に受け入れるはずがない。
逆に東や南の諸国は、今と違って閉鎖的だったから、伝手を作る事すら難しかっただろうし」
「そりゃそうだろうが、それにしたって察しが良すぎんだよ。
それこそ裏口デビュタントした令嬢とは思えねえ。
そもそもザルハード国だって、追放されるような元王太子を潜伏させるのは悪手だろう。
当時だって、アドライド国とはそこそこ友好的関係だったんだぞ?」
「そうかな?
普通に考えて、ザルハード国は国政が介入できない教会という領域を抱えてたんだよ?
それにあのお金と権力に固執してそうな、エセ教皇やエセ神官が、ここ10年ちょっとで突然変異的に登場したなんて、有り得ないじゃない」
「ブハッ、エセって……ククッ、笑いのツボにハマりそうだから、やめ、ブクッ、やめてくれ」
そんなツボる言い方してないのに。
ほっぺたプクッてして、怒っちゃうぞ。
「とにかく、普通にそういう推察になるし、ならない方がおかしいの!」
まだ笑っているから、プイッとそっぽ向いて、不機嫌アピール。
「あー、悪かった。
ほっぺた突きたくなるから、膨らませんなよ。
な?
で、続き教えてくれ。
な?」
「むぅ……だから元王太子は、風向きが異母弟である今の国王に傾き始めた段階で、資産を寄付って形で移していたんじゃない。
そうでないと、流石に教会も匿ったりしなかったと思う。
正直、今の国王がまずは王太子になるべく動いた時の初動は早かったはずだ」
何せ元王太子どころか、目標を前国王からの譲位を狙って手ほどきしたのは、僕。
根回しからの、元王太子を追い落とす行動だって、くれぐれもスピードを重視して動くよう助言したし、エヴィンはその通りに行動した。
なのに……。
「なのに、当時の地位にあぐらをかいて、好きにしていた元王太子が、どうしてって疑問が残る。
だからその時から何かしらの干渉をした者はいる。
私はそう思ってる。
それが君達の雇用主ではないか、ともね」
「それは年齢的に……いや、嬢ちゃんみたいなのもいるからな。
だが……」
そう言い淀むけど、ベルヌの思う雇用主の年齢は、正直アテにならない。
何せあの盗人は、僕の大事なあの子の力を使っているんだもの。
「それは直接会った時にハッキリするから、今はどちらでもいいよ。
まあそんな感じで教会としては、そのうち使い道があるかもっていう思惑もあって、隠してたんじゃない。
獣人への差別的な思想も似ていたし、長く潜伏していたのなら、教会の雰囲気にも上手く順応してたって考えられる。
そんな元王太子を手放させる事ができるなら、それは教会に少なからず影響があり、かつ教会外の人物の可能性が高い。
それだけ」
そう締めくくれば、ベルヌは少し間をあけて、そうか、と呟いた。