409.社会科宣教師
「ほうほう、令嬢が……かの有名な魔力0のグレインビル家の妖精姫ですか」
僕を見て目を細めて微笑む初老の男性は、目に明らかな侮蔑の色を宿している。
いかにも教会のお偉いさんぽい出で立ちの彼は、この国の教皇だ。
そして一人がけのソファに座って対面する僕達それぞれにお供がいる。
彼の後ろの、いかにも上位神官です、みたいな中年男女は微笑む事もなく、教皇と同じ感情を顔に出していた。
けれど僕はそれよりも、この中で唯1人、それっぽい帽子を被る目の前に座る教皇の、帽子の下の頭髪が無駄に気になる。
前世で有名な、鎖国中の日本にやってきた宣教師みたいな頭だったらどうしよう。
前世との無駄なシンクロに、爆笑しそうだ。
目は比較的よく見る碧眼だけど、顔が前世の社会科の教科書に載っていた、その宣教師を老化させた感じで、とてつもなく似ているんだよ。
どうして今時そんな口髭なのかな。
ザルハード国の王都では流行りなの?
少なくともこの教会ではそんなお髭の神官はいなかったよ。
教皇の言葉に反応せず、出された紅茶を一口。
そこの中年女性が淹れた紅茶は、可もなく不可もない味だ。
確か少し前、最高級の茶葉がどうとか説明しながら淹れてなかったかな?
部屋に戻ったら普通ランクの茶葉でもこれよりずっと美味しいニーアの紅茶を飲もうっと。
何て思っていたら、何も反応しなかったのが気に入らなかったのかな?
教皇が一瞬、軽くだけれど左の眉をピクリ。
けれど無視してカップを置き、受け皿であるソーサーごと教皇の方へ遠ざけた。
もういらないっていう意思表示でもあり、美味しくないっていう意味でもある。
けれど誰も何の反応も見せないね。
こういう裏マナーはわからないみたい。
ザルハード国でも通じる、貴族の嫌味のはずなんだけどな。
「さて、本当に魔力が無いかこれに手を当てて、示してもらえますかな」
彼は懐からソフトボールくらいの水晶を取り出す。
よく見る魔力測定器だね。
といってもかなり旧式のやつで、魔力の強さを光って可視化させる類の廃れた魔具だ。
何故廃れたか?
正直そんな事しなくても、ある程度の上級魔法師なら、普通に感覚でわかるから。
そもそも何故僕がそんな検査に付き合ってあげないといけないのかな。
僕はこの国の人間でも、教会の信者でもない。
あくまで客人だよ。
しかも従うのが当然、て態度だ。
「お断りしましてよ」
「……………………今、何と?」
予想外の返答だったからかな?
たっぷりの間の後に、教皇が聞き返す。
ついでに後ろの男女も眉を顰めている。
「お断りしましてよ」
今度もハッキリ、キッパリ、ハキハキと、少し大きめの声にして答えてあげる。
もしかしたら、加齢で聴力が低下しているのかもしれないからね。
「無礼な!」
「教皇に向かって何たる態度か!」
途端に後ろの男女が顔を険しくさせて僕に詰め寄ろうとした。
「おっと、客人に対してそれはねえだろう」
しかしすかさず僕の護衛、熊さんこと、ベルヌが割って入った。
僕のできる専属侍女、ニーアを置いて来て正解だったね。
下手したら口を開く前からの、向こうの無礼な態度にキレてて、これ幸いと今の時点で瞬殺しかねない。
「魔力もない令嬢が、教皇を前に何たる態度です!」
「崇高な教皇の前に、客人など存在しません!」
さっきから男女の順で口々に罵るけど、何か決まりでもあるのかな?
神官とは言い難い形相になってるけど、内容があまりに陳腐だ。
「それがそちらの言い分ですの?」
「どういう意味かな、令嬢?」
対して、冷えた瞳はそのままに、表情だけは微笑んだままの教皇。
「魔具での魔力検査が目的で、不躾にも平民が、他国の貴族令嬢を呼びつけたのかしら?」
「……ほう」
私の言葉に、表情も冷えたものになる。
「教皇を平民だと?!」
「お前も元は捨て子の、平民以下ではないの!」
はぁ、相変わらず煩い。
どうせなら、ベルヌにその2人を自由にさせるよう言おうかな。
僕はちゃんとバッチ来い電撃君(改)も、絶対ガード君(改)も身に着けているんだ。
特に電撃君は起動すると悪意をもって触る者を電撃してくれる。
以前の死傷レベルよりは威力を減らしてくれてあるから、気絶するくらいで治癒魔法もいらない仕様だよ。
流石にあの死傷レベルの電撃は、怖すぎるものね。