408.側妃と直接交渉
「もちろん王家としては、最終どちらにつくかは世論で判断するでしょうね。
だけどうちの家族は切れ者揃いだし、私自身の交友関係は周辺国にこそ強みがある。
つまり私を拐うにしろ、自主的について行かせるにしろ、私に何かある方が有り難いのがザルハード国の王家なの。
つまり下手をすれば、ザルハード国の王家からも狙われかねない。
もちろんそうならない事を願っているけれどね」
考えが至らない2人はサッと顔色を変える。
言い訳がましい聖女も、流石に本気でマズイ事をしたとわかったみたいだ。
「そして私も、苦渋の決断にはなるけれど、ご神体より家族を優先する。
誰だって自分の家族に、無関係な人間の血を流させるような真似、させたくないでしょう」
「ぁ……はい……それは……」
とうとう聖女の方はうつむいて、涙を零し始めちゃった。
でもまだ止める訳にはいかない。
「君達は私と交渉して、教会に招くだけだと安易に考えていたみたいだけれど、考えが至らないにも程がある。
君達のその交渉は、少なくとも教会の教皇や見習いも含めた神官や聖女達、つまり最低でも教会に所属する全ての人間の命を担保に行われている。
もちろんもう1つの可能性としては、ザルハード国の世論が打倒グレインビル、打倒アドライド国に傾く場合もある。
君達の国は報復措置としてアドライド国に戦争を仕掛ける可能性も無くはない。
そうしたらアドライド国も黙ってはいない。
結局両国で、誰かしらの命が喪われる。
自国の貴族令息1人の命を救いたくて、他国の令嬢の命を危険に曝す覚悟は、さすがにそこの第3王子にはあったようだけれど、それは何百、何千、何万規模の貴族や平民、そして王族の命を危険に曝すって、そろそろ理解できた?」
とうとう王子も絶句して、2人揃って震え始めた。
人の命を背負う自覚はしてもらわないとね。
あ、ニーアが気配を殺して出て行っちゃったね。
「加えて私の体は、とっても虚弱。
大事な事だから、何度でも言う。
そんな実力のある魔術師達が、日々細心の注意を払って体調をコントロールして、やっと虚弱程度に落ち着いてる。
ここにも体を癒す為に来てるけど、冬にここにいれば、家族がどう頑張っても死んでいたと思う。
ちょっとした気候の変動だけでも私は死にやすいし、実際、何度も死にかけているから。
そんな私の体を、私の背景にある家族の事も含めて、本気で君達だけでどうにかできる?
できないんだよ。
私はそれを知っているから、私の身の安全を考えて条件を出す。
それだけ」
そう言って、炭酸水ならぬ、弾泉水をコクリと飲む。
言い終わらない内に、ベルヌもサッと出て行ってるよ。
「君の覚悟が決まったら言って。
私の家族が、私を止めに来る前に。
ニーアはもういないよ。
今はベルヌが引き止めに走ってるけど、私の出来る専属侍女は、A級冒険者でもある竜人だもの。
いつまで留めていられるかな?」
「はっ?!
いつの間に?!」
王子が後ろを振り返って立ち上がる。
「うちの家族は魔法で転移できるから、ニーアが通信用魔具で連絡しちゃえば、数分で来ちゃうんじゃない?
王子は本気で動いて、今すぐ側妃である母親を引っ張り出さないと、私が動く理由は作れなくなっちゃうね?」
「……あ……すぐ!
すぐ動く!」
そうしてやっと動くんだから、つくづく遅いよね。
ため息出ちゃう。
腰に提げていたのはマジックバックだったみたい。
ボーリングのボールくらいの白い球体に魔力を纏わせて、母親のザルハード国側妃を呼び出した。
「あら、なあに?」
「母上、グレインビル嬢の交渉をある程度飲んでくれ。
そして彼女を教会に連れて行くチャンスは、この1分だけだ。
そうでないなら、もう2度とチャンスはない」
「……どうぞ、仰ってちょうだい」
息子の真摯な声音は、母親に届いたみたい。
それなら、或いは。
「まず1つ……」
そうして僕は幾つか条件を出す。
「以上です。
了と言えないなら……」
「いいわ。
教皇にそうするよう伝え、すぐに側妃と王妃の連盟で勅書を出しましょう。
そしてグレインビル嬢の滞在先は、ファムント領に1番近い教会とします。
それで良いかしら?」
「ええ」
こうして僕はザルハード国のとある教会で、色々と引っかかりながら、暫しの滞在となったんだ。




