407.実はご立腹
「私、これでもアドライド国の中では侯爵家の令嬢なの。
それも代々隣国の侵略を未然に防いできた、王家が公爵位に等しいと認めている、グレインビル家のね。
何かあれば、私の家族が動くって、わかってる?
それがどういう事か、誰にアポ無し突撃訪問して何を背負って交渉しているか、良く考えた方が良い」
「そ、れは……あの、どういう……」
多少の危機感を芽生えさせたものの、意味がわかっていない狸ちゃんと違って、きっとベルヌは気づいている。
元アドライド国の騎士団長は、それとなくため息を吐きつつも、成り行きを見守るみたいだ。
「君達は他国の人間だから、わからないのも仕方ないけれど、グレインビル家を舐め過ぎてない?
普通に、単騎で教会を物理的に潰せる実力者が、うちの家系には3人もいるんだよ?」
「で、でも教会はザルハード国唯一の国教で……」
「だから何?
私にもしもの事があれば、グレインビル家は自国に戦争を招いたとしても、気にせず教会を潰す。
簡単だよ。
ザルハード国の教会に所属する教皇と上位神官達をさっさと全員殺せばいい」
「そんな、こと……それに教皇様からって……」
狸な聖女は顔を青くしたね。
まるで罰当たりだとでも言いたげだ。
「そんな事をしてしまえるのが、グレインビル家。
そもそも戦うなら、先に将を射るのは当然でしょう?
その方がお互いにとって犠牲も少なくてすむんだから」
可愛らしい顔の美少女がこんな事を平気で言うの、そんなに意外かな?
何も喋れなくなってる第3王子がギョッとした顔でずっとこっちを見てる。
「私は養女だけど、それくらい私の家族は覚悟して、私の家族をしている。
そして今は教会が意味のわからないストライキとやらを起こし、光の精霊の守護を得た第3王子に王位をっていう理由で立てこもりをしたからこそ、中途半端な王家との対立となって、自国を不安定にさせているってわかっている?
本人が率先して継承権の放棄を、他国の偉い人達がいる前で宣言したのにもかかわらず、だよ?」
「ふぐっ……それは、あの時はそれが……」
呻いてゴニョゴニョ言ってるけど、関係ない。
そもそもちゃんと手順も踏まずに、立場のある人間が自己判断で宣言したりするから、ややこしい事になるんだ。
「それって教会の王家に対する越権行為だって、周辺の国々は冷ややかな目で見てるって、君達教会側は把握してる?
仮に第3王子が王様になったとして、周辺国に受け入れられると思っているの?
ただでさえザルハード国から、このアドライド国も含めた周辺国に不法入国しようとする流民が急増しているのにもかかわらず、だよ?
そのせいで周辺国の情勢にも緊迫感が漂っているから、この国の王太子夫妻の婚姻式は延期になった。
君達教会側はそこの責任を何か考えているわけ?」
「そ、そんな事になるなんて……」
狸な聖女は考えの足りなさをまずは自覚して受け入れる事からかな?
そんなの療養と、アドバイザーとして経過を見にきてる僕の所に突撃訪問する前に、最低限やっとくべき事じゃないの?
そう、この夏には僕もよく知るギディアス王太子と、今は婚約者としてアドライド国の王城に滞在する、ジャガンダ国のお姫様が結婚する予定だった。
けどザルハード国はもちろん、裏でイグドゥラシャ国が絡んでいる動きがあって、公式な発表をぎりぎり公表前だったからと、延期したんだ。
ザルハード国、イクドゥラシャ国を介してこのアドライド国に訪れるルートが各国の最短ルートだったからね。
他に海を挟んだヒュイルグ国、ブランドゥール国を経由する方法もあるけど、仮にも招待するのは各国の王族やそこに近い重鎮。
安全経路の見直しやら何やらを、今からしてたんじゃ、間に合わなくて当然だ。
「長年、国の権力を2分させられてきたザルハード国王家からすれば、むしろアドライド国をバックに、家族に危害を加えたと正式な理由を持つ辺境の、国防の要の一領主に教会を潰して貰える方が有り難いはずだよ」
そう、だからこそ彼らに、1番は諸悪の根源たるそこの無自覚で考えが浅い第3王子に、僕はとっても腹が立ってるんだよ。