355.お化けのアリ太郎と淡水色の加護
「セバスチャン、抱っこ」
「お帰りなさいませ、お嬢様。
喜んで」
馬車で邸に到着した僕は、うちの執事長に出迎えられた。
できる専属侍女のニーアはまだ戻っていないのかな?
馬車の中では特に話す事もなく、従兄様の服で簡易のお化けのアリ太郎のようになった僕は馬車に乗ってもそのままの状態でお膝に座って、そのお胸にもたれていた。
久々だったからか、昔を懐かしんだのか、従兄様はずっとお膝に座った僕の背中を小さな頃と同じようにぽんぽんしてくれていた。
従兄様の腕から、執事とは思えないくらい逞しい腕に軽々と抱えられ、ギュッと太い首にしがみつく。
もちろんアリ太郎のままだ。
お化けのアリ太郎の語源が何なのかは元の世界の、今は懐かしのテレビシリーズを知らなければ誰にもわからないだろうけど、今は気持ちがそれどころじゃない。
まるでヒュイルグ国にレイヤード義兄様とだけ一緒に過ごしていた時のように落ち着かない。
抱っこされてないとそわそわして、手負いの熊さんみたいにウロウロ歩き回ってしまいそうだ。
さすがに深層の貧弱令嬢にその体力はない。
しかも従兄様とできかけのカフェ店で過ごしていた間にも、僕の体力は削られていた。
やったが最後、やっと落ち着いてきている体調が一気に悪化して寝こんでしまう。
わかっていても、ままならない自分の体が情けなくなって、目元が湿る。
もう少し体力があれば、さっきだってアレについて行く事ができたかもしれないのに。
「アリー、俺の服····」
「っ、、嫌」
即答だ。
悪いけど、もちろん今は返してあげない。
危うく声が鼻声になりそうになったのを堪えて、短くお返事する。
「うん、いいよ。
後で様子を見に行くから、部屋に戻っていて」
無言で頷くと、いい子だと言いながら、従兄様は僕の頭を優しくぽんぽんして先に中に入って行った。
鼻水がついたかもしれないから、後で綺麗にしてから返そう。
「お嬢様、私達も参りましょう」
セバスチャンの言葉にも無言で頷いて、部屋に戻った。
「お嬢様、お休みになられますか?」
セバスチャンの言葉に頷くと、寝室のベッドに降ろされる。
靴は足湯してた時から脱いだままだ。
「起きられましたら声をかけて下さい」
また無言で頷けば、セバスチャンが魔法で僕の体を綺麗にしてから部屋の外に出る気配がした。
抵抗力が弱いから、外から戻った時は手洗いうがいをしているんだけど、今日はその元気が無いのがわかってたからだね。
さすがうちの執事長だ。
お陰でお化粧も取れたはず。
一瞬アリ太郎を脱皮しようかと思ったものの、これ以上落ち着かなくなりたくなくて、そのままぽふりと横向きに倒れる。
しばらくお化けの皮という名の服の中で目を閉じていれば、うとうとしてきた。
もしかしたら少し眠っていたかもしれない。
『アリー』
昔からよく知っている落ち着いた女性の、優しげな声で呼びかけられて、夢現のまま目を開ける。
あれ、気のせいかな?
「アリー」
もう1度、今度ははっきりと耳の近くで聞こえて身じろぐ。
起きようとしたけど、優しい手つきで上になってる肩を押さえられた。
「そのままでいいわ。
久しぶりね。
ヴァイよ。
わかるかしら?」
染み入るような優しい声に、素直に頷く。
「水の気が活性化されて心地良い波動がこの辺りを満たしていたから、お邪魔していたの。
水の精霊達も嬉しそうにしているわ。
町に活気が溢れていたから、風の精霊達と連れ立って風もさっきまでいたのよ。
そうしたら私達の愛し子が急に怒り狂ってる気配がするし、時間が経てば酷く悲しむ気配がするでしょう?
思わず来てしまったわ」
そういって、お化けの皮ごしによしよしと撫でてくれる。
「風も一緒に来たがったけれど、来れば騒がしくしそうでしょう。
それにほら、愛し子を前にすると私達はどうしても加護を与えたくなるじゃない?
でも私達が2人して加護を与えれば、今のあなたは疲れて寝こんでしまうわ。
だから私だけ来たの。
今のこの土地の性質上でも、疲れているその体にも、私の水の加護が1番合っているわ。
だから私の加護を受け取ってくれるかしら?」
気遣う言葉に頷いて、ゆっくりと起き上がり、お化けを脱皮する。
日が落ちてきたのか、明り取りの小窓から差しこむ光は燈色が濃い。
夕日に照らされたヴァイは独特の淡水色の長い髪に、深海のようなダークブルーの目が相変わらず綺麗だ。
「少し目元が赤いわ」
頬に華奢な手を添えて親指で瞼を撫でられれば、何となく清涼感を感じてすっきりする。
「ありがとう、ヴァイ」
「どう致しまして」
洗練されたように美しく整ったお顔は、ともすれば氷の微笑と仲間内に呼ばれる事もあるけれど、今は慈愛のこもった優しいお顔だ。
「あなたに加護を」
そう言って僕の両頬に手を添えて額にチュ、と口づける。
これで終わりかと思ったけど、次に右、次は左とチュ、チュ、と両頬に口づけられた。
その度に体が少し軽くなっていき、僕はほうっと息を吐いて無意識に入っていた体の力を抜いた。




