314.従妹に甘える俺の感情〜ガウディードside
『ねぇ、従兄様。
伯父様が結局今も見捨てられずにいる娘は私のとっても大事なレイヤード兄様に何をしたのかな?
全てを包み隠さずに従兄様から教えてほしいな』
初めてのクラシックシリーズのケーキを試食した後のアリーの言葉で、父上が義理の姪に無言の働きかけをしていたんだと後になって気づいた。
アリーはこんな事を言ったくらいだから、勿論気づいていてフォンデアス公爵夫人の方に娘を手放すよう働きかけたんだろうな。
妹が従兄のレイヤードに惚れただけでなく、従兄を手に入れようと犯罪まがいな事にも手を染めた愚行にそのアリーが激怒していたのは疑うべくもない。
フォンデアス公爵にグレインビル侯爵令嬢としての線引きをはっきり示したのは父上にとっても予想外の事だったに違いない。
それでも義母の血縁者という理由だけで最終的には手を差し伸べてくれた。
いや、もしかしたら母上が義母の親友だったから、かもしれない。
もしアリーがそうしなければうちは今度こそ没落して貴族籍を差し出していたと思う。
そもそもが自領に多大な援助をしてきたグレインビル侯爵家との誓約を破ったんだ。
それも正式な契約書類をもって交わした誓約だった。
間違いなく全ての優遇措置や資金の引き上げが行われただろうし、妹は裁判沙汰となり、コード伯爵の後妻にすらなれない恥辱にまみれた令嬢となったと思う。
父上は甘く考えていたんだろうし、だから父上が当主となってからうちの没落具合が加速したんだろうけど、元々のヘルト=グレインビルはそれくらいは徹底する。
愛妻の生家だったからこそ手ぬるい措置で留めてくれていただけだ。
伊達に何度も王家からの陞爵を打診されては、それを何度も断っていないんだよ、父上。
普通なら王家に潰されかねないほど不敬とされるにもかかわらず、尚平然と構えているグレインビル家は伊達ではない。
ある意味のんき過ぎて危機感のない当主に、次期当主としては怖すぎる。
色々と。
だから俺は叔母上に似た顔でいつでも従妹のアリアチェリーナに甘えるし、優しい従兄様であり続ける。
魔王や悪魔達から俺を守れるのは悪魔使いだけだ。
腹黒いなんて言わないで欲しい。
処世術というやつだ。
それにアリーの事は可愛いし、従兄様として心から大事に想っているのも確かなんだよ。
『アリー、母上のクッキーなら食べられる?』
『うーん····多分?』
そうでなければアリーが帰国してすぐにこんな会話なんかしない。
恩人でもあるアリーのあの国での状況を知ってからというもの、帰国するまで心配で仕方がなかったんだ。
だからこの子が帰国したと聞いてすぐに会いに行った。
従兄の特権、突撃訪問だ。
そうだな、妹の、クラウディアの事は言えないかもしれない。
俺もあの時は猪突猛進だったと反省している。
母上からは帰宅後、何故か生温かい目で見られ、父上はずっとニヤニヤしていた。
絶っ対、勘違いしているだろう。
確かに俺には婚約者はいないが、それなりに恋人は定期的にいるんだぞ。
大きく傾いた自領を盛り立てて体制を整えるのに忙しくて、婚約や結婚までは考えた事はないけどさ。
そもそもアリーは年齢も11才離れていて、赤子の時から見ていて、成人したとはいえ未だに小さな子供にしか見えない。
体つきや顔立ちがささやかに? ほんのり? 女性の階段を上りつつあるような気がしないでもなくはないけど。
つまるところ、俺の感情は父性に近いんだ。
しかも約1年ぶりの再会は、嬉しさや安堵なんて甘いものじゃなかった。
とにかく愕然としたの一言に尽きる。
これは他の商会長達も同じだったらしいのは後で知った。
元々が小柄だし、華奢だった。
時にとんでもない量の甘味を、その体のどこかへ収納するとは考えられないくらいには華奢だった。
さすがに1年会っていないと背が伸びたとは思った。
けれど記憶にあった小柄な体躯は、更に萎んでいたんだ。
「母上、野菜やドライフルーツを混ぜた甘さ控えめのクッキーを多く作れるかな?」
だからすぐに母上に頼ろうとそう話を切り出した。
当時を振り返って色々英断だったと自分を褒めるとはこの時は予想していなかったけれど。
「あの子に渡すクッキー?
そうね、今年の冬を乗り切るのにもっと栄養とお肉をつけさせないといけないわね」
姪の状況は何かしらの伝手からも掴んでいたのだろう母上が頷いていると、父上が何かを嗅ぎつけてやってきた。
「なになに?
エミリア、私もそのクッキー食べ····」
「あなた」
「········はい」
当然のように父上の言葉は母上に遮られてしまう。
仕方ない。
過去の悪行が招いた自業自得だ。
父上の母上好きは今に始まった事ではないから、我がフォンデアス公爵家の家族としての最高権力者は当然のように母上だ。
言うまでもなく母上のクッキーは父上の大好物だけど、それが行き過ぎて母上の親友でもあった叔母上の子供である甥姪へのクッキーをしれっと強奪していた。
といっても昔から甘い物が苦手な甥達の為じゃないのは明らかだった。
母上は廃棄処理していたカバオ瓜からチョコレートなる魅惑の食べ物を見出し、衰退するフォンデアス領の経済を上向かせてくれた義理の姪への感謝を込めて作っていたようなものだったのに。