209.何かがあった晩餐
「皆様既にご着席されております」
「そうか」
エヴィン=ヒュイルグ国王にエスコートされ、彼の側近を後ろに連れた僕達が晩餐の場に到着すると、その扉の手前で侍従が頭を下げて報告する。
皆様既にとはこれ、いかに?
どんな内々の晩餐かな?
まさか僕待ちだったわけじゃないよね?
たまたまだよね?
中に誰がいるのか知らないけど、間違いなく僕の国の王子、ルドルフ第2王子はいるから、場合によっては僕の立場じゃまずいはずなんだけど?
あ、でも仮に僕への知らせを出してたとしても、僕にまで伝わって無いのはこの国の責任だからいいのか。
僕自分の侍女は連れてきてないもんね。
まあ何でか知らせ無しでここの国王が直に迎えに来たらしいけど。
····うーん、何か違和感。
チラリと見やる。
「何だ、腹でも下したか?」
「デリカシーはなしですけど、そういうところは気が利きますのね。
誰かしらのフォローかしら」
後ろの側近がピクリと肩を揺らす。
薄茶色の猫っ毛が揺れたよ?
些細な反応だけど、まだまだだね。
「何の事だ?」
こっちは飄々としてて、合格かな。
にこりと微笑む。
「帰りますよ?」
「待て、頼む。
伝達漏れだった。
すまない」
やっぱりか。
後ろの彼もとうとう表情を変えて焦る様子にため息を吐く。
あれから約10年。
膿が出る頃か。
何かしらの理由つけて帰国できないかな?
まあ難しいか。
「····参りましょう」
「助かる」
中に入れば確かに皆様既に長方形の机にご着席していた。
まあ内々の晩餐ではあるけど、僕が最後だったり知らずに欠席するのは駄目なやつだね。
ルドルフ王子が少しほっとした顔をしてるけど、既に何かがあった?
国王は僕を王子の下座側の隣に連れて行き、自分は上座へと座る。
コの字に並ぶイメージかな。
そんな僕のもう片方の席にはここに来る前に立場上からか渡航にあたって色々説明してくれた外交官、初めましての少年の順に着席している。
少年がこちら側にいるって事はアドライド国の子息で爵位は1番下かな。
昨日の王子との挨拶の時にはいなかったけど、王子の側近かその候補とか?
焦げ茶の髪と緑の目に褐色の肌。
程良く整った人好きしそうなこの顔立ち····。
なるほど、彼が····。
あちら側はエヴィン国王の隣に双子の兄の大公殿下。
恐らく一卵性双生児だけど、体格は兄の方が幾分細い。
グレインビル領と小さな紛争を繰り返してたあの辺境地で領主をしてる人だよ。
妻帯者で奥さんと小さなお子さんだけ今は領地にいるんだ。
そして僕と向かい合う形でその隣に腰かけた猫っ毛の側近は、侯爵家嫡男。
わざとその緑色の目を合わせないようにしてるのは何でだろ?
そんな彼はそろそろ当主を引き継ぐらしい。
次男だったけど、お兄さんは約10年前に国外追放になってたはず。
生家は元は公爵家だったんだけど、まあ色々あったんだよね。
彼はエヴィン国王陛下即位に当たっての革命を支えた功臣と巷で言われてる存在。
即位するずっと前から国王を支えている人だよ。
当主を引き継いだら公爵に陞爵するのは確定してる。
だから筆頭公爵家当主とそのご令嬢は彼の下座側に座ってるんだろうね。
確か当主のお母さんが前国王の姉だから、国王と当主は従兄同士で、この国の宰相さん。
青みがかった黒髪は王家の遺伝かな?
優しげな笑顔を浮かべて敵は容赦なく排除するタイプなんだ。
僕を見る水色の目は時々冷たくなるんだ。
まあ一国の宰相ともなれば、これくらいでないと駄目だよね。
だからかな?
角張った台紙の入った不幸の手紙を送りつけたり、頭皮を気にするどこぞの宰相が可愛らしく思えちゃうマジックにかかりそうなのを何とかしたい。
公爵家のご令嬢はルドルフ王子の1つ年上じゃなかったかな。
金髪に茶色目だから僕のあの従妹様と同じような色だけど、顔つきは従姉様より華があるね。
こっちも僕とは1度も目が合わない。
どうして彼女がこの席にいるのかは····うん、そのうちわかるはず。
シル様を含めた王子の護衛数名と、あちらの護衛数名はそれぞれの護衛対象の後ろに静かに控えている。
「皆、遅れて申し訳ない。
グレインビル侯爵令嬢も、貴重な話で長引かせてしまった事、許されよ」
あ、この前振り絶対何かあったやつだ。
何のフォローかわからないけど、にこりと微笑んでおこう。
視界の端の金髪少女のお顔は見なかった事にするね。
「ルドルフ=アドライド第2王子よ、遠路ご苦労であった。
わが国の天候事情により、すぐに正式な歓迎の宴を開けぬ事を快く許していただき感謝する。
まずは長旅の疲れを癒やされよ。
内々ではあるが、これよりアドライド国との親善の宴を皆楽しもう」
給仕係が料理を出す。
この国はとにかく寒い。
だからこうした宴ともなると料理は冷めた物を出さないように、基本は1皿ずつ出てくるんだ。
でも今回はある物が用意されるんじゃないかな。
「同じ北の諸国とはいえ、わが国はその最北と呼ばれる国。
アドライド国にはないわが国の料理を用意した。
ぜひ賞味されよ」
この国の主食はライ麦だ。
こっちの世界でもライ麦って言うよ。
小麦も呼び方は同じくなんだけど、最北のこの国では特に育ちにくい。
まず出されたのはライ麦のスープ。
この国ではお袋の味ってやつだけど、こっちのライ麦は酸味は弱いから食べにくさは感じない。
アドライド国にはないスープで、このスープを出す時は歓迎の意を表してるんだよ。
そしてスープを口にしてる間に予想通りに炭の入った長方形のこれが置かれていく。
そう、小さな卓上七輪だよ。
炭には既に火が着いてて、網上にチーズの入った器を乗せる。
ライ麦で作った黒パンや、この土地でも収穫できる芋をからめてチーズフォンデュだよ。
網の余白部分でパンを焼いてそのまま食べても美味しいよ。
あ、七輪てこっちの世界にはまだないみたい。
カイヤさんにも確認したら、火鉢はあったんだけどね。
珪藻土っぽい土が東方諸国ではまだ見つかってないのかな?
「酸味のあるスープですが、これは何のスープでしょうか?」
「わが国の主食であるライ麦だ。
このスープは家庭の味でな、そちらのパンもライ麦からできている。
小麦のパンより少し固いが網の上に置いた器のチーズをからめて食べても、網の端で軽く焼いてそのまま食べても旨いぞ」
「なるほど、これが。
歓迎していただいて感謝する」
ルドルフ王子がエヴィン国王に興味深そうに尋ねれば、エヴィン国王は黒パンも紹介しつつ、実践する。
王子もそれを真似し始めた。
王子はスープを出す意味は知ってたんだね。
どうでもいいけど彼の敬語を初めて聞いたらすっごく違和感がある。
「卓上のこれは炉でしょうか?
初めて見ました」
「わが国は他国にはない土が採れます。
陶器職人がグレインビル嬢の助言でこの夏の終わり頃、試行錯誤して作りました。
小さく平たい、使い勝手の良い軽い1人用の炉ですし、大きさを変えれば更に販路は広がると思っています。
北の商会より卓上コンロという名で普及させる予定ですが、グレインビル嬢からご紹介いただいた各方面の商会にも話をしているんですよ」
僕の隣の少年には目の前の側近が笑顔で答えたんだけど、上座のエヴィン国王のお顔がとっても得意気になった。
ルドルフ王子も得意気なのは何故?!
側近も、僕の名前こんな所で出さなくても····ほらほら、宰相親子の目が鋭くなったじゃないかー!