185.いりません
「お嬢様」
「ありがとう」
戻って来たニーアがそっと差し出した物を受け取る。
布で包んでくれてる。
やっぱりニーアは気が利く専属侍女だね。
「それは?」
ギディ様ってば好奇心旺盛。
慌てない、慌てない。
「それよりもバリーフェの件はどうなりましたか?」
ゼスト様を期待の眼差しでじっと見つめる。
「それは····」
ポッと頬を染める思春期男子のゼスト様。
うんうん、わかるよ。
僕は美少女だもの。
自分のお顔の価値を過大評価もしないけど、過小評価だって僕はしないからね。
「もちろん····捕りに行く」
「それなら俺も行く!」
(僕もー!)
ん?
闇の精霊さんはともかく、ルド様も?
「兄上、留学生が全員行くなら後見人代理として私も行く!
いいだろう?!」
いやいや、火山地帯って危険だよ?
ルド様は余計な一言で僕の怒りを買ったとはいえこの国の王子殿下だよ?
さすがにギディ様も····。
「バルトスが良いなら許可するよ」
何故?!
義兄様に信頼置き過ぎじゃない?!
でもこれ以上のロイヤル参加はバルトス義兄様だって····。
「レイヤード、どうする?」
「そうだね、僕も行こうかな」
「本当か、レイ!」
義兄様達?!
そもそもルド様喜ばせてどうするの?!
僕はまだお怒り中だよ!
「レイヤードも一緒なら安心だね」
ギディ様ってば満面の笑みんだけど?!
はっ····もしや引率者を増やして安全確保プランですか?!
僕の義兄様達は強いからね。
「僕の可愛いアリーが欲しがる物を君達だけに捕らせるなんてふざけた真似はさせないから。
兄上も、抜け駆けは許さないよ」
「望むところだ」
おっと僕への愛からでしたか。
それなら大歓迎だ!
そうだ!
その日は義兄様達にお弁当作ろう。
「オムライス巻きがいいな」
これは、再び心を読まれた?!
「読めないからね」
嘘だよね、絶対。
「嘘じゃないよ」
ほら、読んでる。
「もう!
違うってば!」
僕の脇にさっと手を入れてお膝に横向きに乗せるとぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
「えへへ。
レイヤード兄様ってば可愛い」
「俺も可愛いぞ!
俺はタコ飯オニギリがいい!」
「もちろんバルトス兄様も可愛い!
タコ飯ね!」
レイヤード義兄様に抱擁されてて身動き取れないからバルトス義兄様は頭をなでなでする。
「いつ見ても壮絶····」
「俺も妹欲しい····」
「私も弁当····」
ロイヤル達は三者三様の言葉を口にするけど、もちろん僕達は気にしない!
ギディ様、壮絶って何がかな?
ルド様の妹なんてならないし、ゼスト様は····まあついでだから考えてあげなくもないよ。
「お嬢様、そろそろ別室のお客様方がこちらに来られます」
ニーアが後ろからそっと声をかけてくれる。
できる女は僕達の兄妹愛にも流されない。
義兄様達の小さな舌打ちにも動じない。
さすがだね。
「ありがとう、ニーア。
それではゼスト様。
こちらを差し上げます」
できる女にお礼を言ってから布で覆われたそれをそっとテーブルに置いて差し出す。
受け取るとさっと布を取り、驚いた、というか少なからずドン引いた顔をした。
「その、これは····反省文、では····」
「はい。
レイヤード義兄様から受け取ったエリュシウェル=ザルハード殿下とコッヘル=ネルシス侯爵令息がお書きになった反省文という名の大作です」
「私達も見ていいかな?」
頷くとゼスト様とギディ様がそれぞれパラパラと中を確認する。
それを真ん中に座るルド様ものぞき見る。
「手直ししてこれか。
レイヤードが机を大破した理由もわからなくはないね。
それに····色々とひどいな」
ギディ様の含みのありそうな言葉にただうんうんと頷くルド様。
ゼスト様は絶句しつつ、ギディ様のものと交換してもう片方もパラパラと確認する。
「レイの噂の反省文を初めて見たが····アリー嬢への称賛が随所に散りばめられた内容だな····」
「本当に反省させられる文章量だよね。
それにこれ、当人達からアリー嬢への反省文て本当に言えるのかな」
ロイヤル兄弟がひそひそと話す。
僕もルド様に同感だよ。
僕の事なんて大して知りもしないのに、他国の子供がよくそれだけ称賛できたよね。
ギディ様は根本的な所に引っかかったのかな?
苦笑しているね。
「これは····本当に申し訳ない」
それに対していくらかお顔が青くなってるのはゼスト様。
ふふふ、どうしたのかな?
「何がです?」
あ、とぼけた顔がわざとらしくなっちゃった。
「これは····アリー嬢への反省文としてはあまりにも····失礼だ」
大きなため息を吐きながら項垂れちゃった。
「ゼスト?」
「ルドルフ、称賛部分以外を読んでいってご覧」
まだわかっていないルド様にギディ様が手にしていた方を渡す。
パラパラと捲っていくにつれて呆れたような表情が濃くなっていった。
気づいたみたいだね。
「レイヤードはもちろんだろうけど、アリーも気づいたんだね」
「何の事でしょう?
反省文としてはそんな大作を見るのは疲れそうなので見ていません」
「反省文ではなく、ただの読み物としては?」
「レイヤード義兄様が私に渡すレベルの読み物ですから」
にっこりと微笑んでレイヤード義兄様を見ると、微笑み返してくれる。
素敵か!
「アリー嬢、本当に受け取って良いのだろうか?」
「もちろんです。
ですが当人が全て考えて書いてこその反省文です。
レイヤード義兄様が要求した物とは違う物を渡した以上、これに関わった者を明らかにしてその者にもこのグレインビル領への何かしらの貢献を望みます。
反省文はそちらで有効に使ってくださいね」
僕の意図に気づいたんだろうゼスト様は頷き、続けた言葉で真顔にさせられた。
「そうか。
それならそうさせてもらおう。
それは別として、今度こそ本人が考えた物を渡した方がいいだろうか?」
「いりません。
絶対、もう2度と、いりません」
「····わ、わかった」
僕の真顔の断固拒否の姿勢に気圧されるようにゼスト様が頷く。
そもそも反省文があちらの世界の原稿用紙にして100枚近くの大作で2人分とか、何の嫌がらせかな?!
しかも内容の4割が自分への称賛なんだよ?!
顔も知らない他国の誰かがあの手この手で文体変えて褒めちぎってくるとか、普通に怖くない?!
大事な事だから2回言うよね!




