169.大丈夫か?~バルトスside
「おま、お前、何者だ!」
「リリ!」
橙頭が慌てふためき、俺様は飛び上がった自分を恥じたのか誤魔化すようにマセガキに手を差しのべる。
「ど、どなたですの?
あ、私、ザルハード国の貴族令嬢ですの」
王子の婚約者とは名乗らないのか?
俺様の手を取って立ち上がると薄い胸板に顔をひっつけながらも目は俺の顔にくぎづけだ。
腐っても女なんだろう。
レイヤードを見た時のあの従妹を彷彿とするが····マセガキに関わるなっていう注意喚起に本能的に同意だ。
「王宮魔術師団副団長だ。
バゴラ、ボタンをよこせ」
受け取って魔力を通す。
やはりな。
レイヤードめ、外套のボタンに映像記録の魔法を付与してある。
当初の目的は俺の天使の姿を映像として残す為だったんだろうが、魔具に残る魔力残量からして、これはいざという時用のサブだな。
弟の事だ。
俺の天使が祭りに舞い降りた時からこっそり記録していたに違いないが、そっちの魔具は別にあるんだろう。
ちなみに映像の魔具は現状、レイヤード以外に作った者を見た事がない。
市場には決して出回らず、俺にも決して作ってくれない。
後で絶対映像を複写するからな!
俺には魔術式と魔力に物を言わして映像を複写する事はできるんだ!
「それで?
あそこの少年達が王子の婚約者とやらを見てとんでもなく怯えているのは何故だ?
それに少年の服が何かで切られているようだし、話から察するに怪我もしていたらしいが、何故だ?
そこに散乱している商品も切り刻まれた物があるな?」
「怪我は事故のようなものだ。
だがこの俺様の婚約者である心優しいリリーシェ=ハンソン伯爵令嬢が治癒魔法をかけてやる為にわざわざ出向いてやったのだ」
「で、でも治そうとしなかったもん!」
「土下座しろってお兄ちゃんを殴ろうとした!」
「後から来たお兄さんが治してくれたんだ!」
子供達、いい働きをしてくれるな。
「そんな事ありませんわ!
確かに治癒魔法を使ったのは後からいらした方ですけど、邪魔されましたの!」
「たかが一介の魔術師風情が口の利き方に気をつけろ!」
マセガキと橙頭がよく吠えるな。
「そうか。
何が真実かはすぐわかる。
それからたかが一介の他国の貴族子息が口の利き方に気をつけろ。
爵位を持つのは親であってお前ではない。
そんな初歩的な事も理解してないのか?
そんなんで留学なんかして大丈夫か?」
言外に頭悪いと言っているが、もしかしてそれも理解できないのかもな。
すると俺様が凄みを利かせたっぽい全く迫力のない顔で口を開く。
「そうか、しかし俺様は王族だ。
その王族の婚約者と側近候補だ」
「····で?」
あ、こいつ王族って立場に胡座をかいてるバカだわ。
「何だ、その目は。
お前は一介の魔術師だがそこの2人は王族たる俺様が目をかけている。
お前の方こそ理解したか」
どや顔だが、やっぱりバカだな。
そこの2人も同じ顔してるが、バカの集団だな。
「結局のところアドライド国ではただの貴族の子供という事をやはり理解できないのか?
そんなんで留学なんかして大丈夫か?」
「他国とはいえ王族たる俺様をバカにしているのか!」
「お前達には全くの興味はない。
普通に国を心配しているだけだが?」
バカだとは思ってるけどな。
「何が言いたい?!」
「王族だと言うのならば一々いきりたつな。
余裕のない物言いをするのがザルハードの王族なのか?
そもそも何故そんな初歩的な事を俺が説明するんだ?
この国の留学中の後見となっているギディアス王太子やルドルフ第2王子から教わらなかったのか?」
この国の後見の話を持ち出されて明らかに3人が動揺する。
その様子に盛大にため息を吐いてしまう。
あの第1王子も大概だったが、こいつは更に上をいくな。
「確かにお前達は他国の王族と貴族だ。
そして留学中はこの国の王族が後見する。
まずこれは理解できるな?」
「当たり前だ!
幼子に話すような言い方をするな!」
いや、幼子の方がもう少し思慮深いんじゃないか?
「そして他国の王族が自国の民や自国の祭りの為に招いた商人達を傷つける行為は自国への侵略行為と見なされかねないと心得ろ。
今後のお前達の言動で同盟の破棄、戦争が勃発するとわかっての物言いか?
お前達が軽々しく口にする外交問題とはそういう事だが、わかっていて外交がどうのと声高々に口にしているのか?
既に野次馬には聞かれているだろうが、それでザルハード国はいいのか?
そもそもお前達が責任を取れる立場なのか?」
さっと顔を青ざめた野郎2人は外に目をやる。
マセガキはうっとりじっとりした目でずっと俺をみているが、気色悪い。
レイヤードの魔具を手の平に乗せて魔力を込めながら白い壁に向かってふっと息を吹きかける。
『ほら、土下座して謝ったら許してあげるって言ってるじゃない。
特別にあんたの怪我だって治してあげるわよ』
再生が始まり、そこのマセガキの声が響き、マセガキの後ろ姿がまず映る。
次に映ったのは羊属の幼い少年が目に涙を溜め、自分より幼いだろう獣人の幼児2人を背後に庇って立つ姿。
羊少年にだけ手足に小さないくつかの切り傷と頬に殴られた跡がある。
「そんな事はない、ねえ」
「そんな····嘘····」
「「は?!」」
ざわつく入口の観覧客と唖然とするバカ共。
マセガキは状況を理解したのか、やっと顔を青くした。




