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116.惨劇と悪夢~sideルドルフ

短編小説を勢いで書いてみました。

ハロウィン→墓→ホラー→ミステリー?あれ?みたいな感じでハロウィンからかけ離れた短編小説が出来上がりました。

いつもの倍くらいの文字量ですが、短編1部構成にしております。


【花護哀淡恋】ある初代皇帝の手記

https://ncode.syosetu.com/n0650hh/

「シル様を上向きに寝かせて下さい」


 そう言いながらアリーは巻きスカートを取って露になったポケットの片方に手を突っ込むとハンカチを数枚取り出し、シルの傍らに座ってそれを横に広げていく。


 月とアリリアが綺麗に刺繍されたハンカチだったが、俺の予想通り予備は他にも何枚かあったらしい。

母上の前で俺に渡すのはやはり回避していたようで、こんな時だったが少しばかり寂しく感じた。


 再びポケットに手を入れると、どう考えてもポケットのサイズ感とは違う白布をくるくると巻いて指先から肘ほどの長さの筒状にした何かを取り出し、縛っていたリボンをほどいて自らの白銀の髪を束ねるのに使う。


「それは、どう収納されて····」

収納魔鞄(マジックバッグ)ならぬ、収納魔ポケット(マジックポケット)です。

レイヤード兄様の新作で縫製もしてくれたんですよ」


 どこかドヤ顔然とした顔の少女が紡ぐ言葉に唖然としてしまう。


 レイよ、何も言えない····。


 マジックバッグだってかなりの値が張るし、まだ販売されるようになって5、6年くらいか?

なのに何でこの子ポケットにそんな高性能な機能つけてるんだ。

しかも縫製までレイのお手製かよ。


「私専用なので他の方が手を入れてもただのポケットにしかならないんです」

「レイの才能がそら恐ろしいな」

「ふふふ、うちの兄様はどんな要望にも応えて下さる、とっても頼りになる素敵で格好いい大天才ですからね」


 今度こそ見間違う事なくめちゃくちゃドヤ顔だな。

てことは発案はアリーなのか?

あの兄弟のシスコンも大概だが、この子のブラコンも実は重症なんじゃなかろうか。


「上半身は脱がせてズボンは腰骨より下にずり下げて下さいね」


 そう言いながらポケットから水色と緑色の魔石と石鹸、大中小様々な大きさの箱と小瓶を出しては広げたハンカチに置いていく。


 言われた通りにシルの裸体を晒すと、痛々しい患部が白日に晒される。

しかしまだ幼いとはいえ貴族女性であるアリーの前に晒して良いものでは····。


 そう思いながらも傷の様子をどうしても見入る。

どういう訳か少年の姿になってはいたが、よく鍛えられた体だ。

恐らく昔から鍛えていたんだろう。

腹は厚めの腹筋に覆われているし、刺したのが獣人とはいえ女性だった事、シルの手の平の傷を見る限り反射的に刺した刃を握った事で貫通まではしていなかった。

ただ刺された所が臍の少し横だ。

出血量からいって腹の動脈を傷つけたに違いない。


 こんな時に治癒魔法さえ使えたら····。


「一応最終確認しますけど、魔法は使えませんよね?」

「ああ。

すまない。

何度も試しているが、やはり····」


 この枷さえ外せたらと悔しさが込み上げる。


 俺の返答を聞くと、水色の魔石を両手で包みこむとコロコロと手の平の中で転がす。

すると水が溢れ、次に石鹸を持って手を丁寧に洗い、シルの患部には触れないようにして腹の周りを洗って俺に差し出すと自分は緑色の魔石を手で転がす。

俺にも洗えという事だろうと同じようにすると緑色の魔石を渡された。

小さな突風が手の平で起こってすぐに乾いた。


 その間もアリーはてきぱき動く。

1枚だけ残しておいたハンカチをシルの顔に広げる。


 ····死人みたいになってしまったんだが、あえてつっこむまい。


 置いてあった小瓶の蓋を開けてハンカチの上から鼻と口のあたりに数滴垂らす。


「途中で起きるようでしたらルド様が同じように垂らして下さい」


 そう言いながらアリーは小瓶を手渡し、箱を開け、最後にもう1度手を洗ってから布を広げる。


 箱には何かの液体に浸した綿、白糸、1箇所に穴の空いた小さな細長い赤、青、黄、緑に色づいた半透明の箱が詰められていた。

その箱には····糸が入っているのか?


 広げた布には先が曲がった物、真っ直ぐな物など形状や太さに違いのある金属でできたピンセット、同じく形状が様々なナイフ、何に使うのか全くわからないいくつかの器具、半透明の手袋が差し込まれていた。


 見た事のない材質が幾つかあるが、今は質問しない方が良さそうだ。


 アリーが半透明の、やたらピッチリした手袋をはめてこちらを真っ直ぐ見た。

 

「ルド様、これからは時間との勝負になります。

驚かれるとは思いますけど質問に答えるつもりもありませんし、途中で止めたり長引けば確実にシル様は死にますから、絶対止めないで下さい。

あと気持ち悪くなったら隅で吐くなり見ないようにするなりご自身で対処して下さいね。」

「····わかった」


 アリーは液体に濡れた四角い綿をピンセットで取って傷口やその周りをベシャベシャと濡らす。


 そしてそこからは····形容し難い惨劇がはじまった。

血と肉の焦げる臭いには正直吐くかと思ったが、気合いで乗り切った。


 全てが終わった後にアリーは静かに微笑んで言った。


「消毒して切って縫って焼いて縫って切り取って焼いて縫って水で洗って縫って消毒しただけですよ」


 全く迷いのない手つきで人の体を裂き、躊躇なく手を突っ込んで血濡れた臓器を手で持ち、一部の臓器を切り取り、刺繍のようにそれを縫い、ポケットから出した筒の水で腹の中を洗って縫い閉じる、がアリーの言葉に置き換わるととてつもない現実との乖離を覚えるのは俺がいたらないせいだろうか。


 ちなみにシルの右腕と左太ももをついでだからと縫ってくれた。

動脈をほんの少しだけだが切っていたらしい。

そういえば魔力が少ない民間ではそういう治療方法があるというのを聞いた事がある。


 魔力のないアリーは領民に慕われているし、民から教わったのか?

体の中を切り縫うだけでなく、体に負担が無いよう体内は焼き縫うのに火蜘蛛の糸を使うとか、酒精が高濃度の酒で消毒とか、初めて耳にする事もグレインビル領という隣国との元紛争地域の民間療法なんだろうか。


 全ての道具を片付け、水と風の魔石で痕跡を手際よく消したアリーは俺がシルに再び服を着せ、出された薬を飲ませる間に夕日が射し込むあの窓に向かって何かを放り投げていた。

何回か失敗していたが、代わりに投げようかと話すと拒否された。


「自分のだし、ちゃん下から上に向かって投げないと丈夫なのができないんです」


 ふんす、と鼻息を荒くして挑戦する合間に教えてくれはしたが、全く理解はできなかった。

とりあえず、そうか、とだけ言っておいた。

今日はこれ以上アリーの何事かを紐解く元気がない。


 無事に何かの使命を全うした彼女は毛布を巻きつけて呼吸が安定したシルの毛布に入り込み、眠り始めた。

子供とはいえ異性と共に眠るのはどうかと言ってみたが、シルが失血で低体温状態だから俺にもシルの向こうで寝ろと言われてしまった。

そんなアリーの顔色もかなり悪いが、先程の自ら起こした惨劇のせいではないだろう。


 シルの向こうからのぞかせる寝顔だけは本当に可愛らしかった。

血濡れの光景は夢だったかのような錯覚すら覚えるほどに····。


 しかし無表情でやり遂げたアリーは悪夢となって今後、少なからず俺を苛むんだろうな····。

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