兄と妹と学ランと
かんさしちほさんとの合同企画で、「学ランを着た妹とその兄の話」というテーマをいただいて書き上げたSSです。結構お気に入りなので読んでやってください。
ある日、いつものように部活を終えて帰宅すると、妹が俺の予備の学ランを着て鏡の前に仁王立ちしているという、なんともシュールな光景に遭遇してしまった。
「……ただいま、ヒナタ」
「ああ、兄さん、おかえりなさい」
何事もなかったかのように、いつものトーンで返事をするヒナタ。
「ご飯できてますけど、どうします? 先にお風呂入っちゃいますか?」
「ええと、いや、先にご飯で」
「わかりました。今準備しちゃうので、少し待っててください」
「あ、ああ……」
そう言って学ランを脱ぐのかと思いきや、着たまま台所に向かう我が妹。
そのあまりに堂々とした様子に、俺は服装についてツッコむタイミングを完全に失ってしまう。
「さあ、できました。今夜は兄さんの好きなハンバーグですよ」
どうしたもんかと思案に暮れているうちに、ヒナタはテキパキと配膳を終え、俺はその流れに逆らうことができずいつものように食卓につく。
「あ、ありがとう」
「さあさあ、熱いうちにどうぞ」
「……いただきます」
「はい」
おもむろに俺の正面に座るヒナタ。
普段なら俺の斜め向かいの席が彼女の定位置なのだが……
「……」
「……」
俺の正面に陣取ってからもヒナタは何をするでもなく、ただ黙って俺が夕飯を口に運ぶのを見つめていた。
ハッキリ言って、滅茶苦茶気まずい。
と、ヒナタが「兄さん」とおもむろに口を開く。
「ハンバーグ、美味しいですか? 結構自信作なんですよ」
「あ、ああ。かなり美味いよ」
「そうですか。よかったです」
そして再びの沈黙。
……こいつは一体何を考えてるんだ?
ぴしっとと着こなした学ランをちら見して内心で首を傾げる。
「兄さん」
「ん? なんだ?」
「兄さん、今日の私について何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
「……いや、そりゃあるけど。何、俺から話振るべき?」
「そうですね。兄さんから振ってくれた方が話しやすいです」
「そ、そうか」
どことなく嬉しそうな様子のヒナタの内心は、未だに図りかねるが……まあそう言うなら。
「その格好、どうしたんだ。俺の学ランなんか着て」
「よくぞ聞いてくれました」
いや、お前が聞けって言ったんだろ。
……とは流石に口に出さず、おうとだけ小さく返事する。
「最近、私は兄さんとの間に距離を感じてるんです」
「距離?」
「はい、距離です。以前は学校でも一緒にお昼ご飯を食べたり、休日には2人でお出かけしたりしていたのに、最近は校内で手を振っても振り替えしてくれないですし、私のクラスにも来なくなりましたし、夜中に兄さんの部屋にこっそり入って添い寝しても気づいてくれないですし」
「ちょっと待て、最後のはアウトじゃないか?!」
「最後のは冗談です」
そう言いつつも表情を崩さないヒナタ。
「それで……その、ヒナタは俺と最近距離を感じるからって理由で、今俺の学ランを着てるってことか?」
「いえ、そんなに話を飛躍させないでください。話はここからです」
「お、おう」
「それで、どうして最近兄さんが私を避けているのか、その理由が知りたかった私は、さっきふと兄さんの部屋にあった学ランを見つけまして、これを着れば兄さんの気持ちがわかるんじゃないかって思ったんです」
「俺に飛躍するなって言った割にかなり思考が飛躍したな」
我ながら、なんだこの妹は。
真顔で何の話をしてるんだ。
「それで、俺の気持ちとやらになって、何かわかったのか」
「いえ、全く何もわかりませんでした」
「だろうね」
「ちょっと臭うな、くらいの感想しか湧きませんでした」
「この話の流れで唯一浮かんだ感想がそれって結構ショックなんだけど?」
「今度クリーニングに出しておきますね」
「俺の学ランの心配より自分の頭の心配をしてほしいな」
それは置いておいて、とジェスチャー付きで話を戻すヒナタ。
「結局学ランを着ても兄さんの気持ちはわかりませんでしたけど、でも話の掴みにはなるかなって思いまして」
「それで俺が帰ってきてからも平然と着続けてた、と」
「ええ。嫌でしたか?」
「うーん……嫌とか嫌じゃないとか、そういう観点では語れない何かだったよ」
「そうですか」
ため息をつく俺に、ヒナタは「ここから本題なんですが」とより一層真剣な表情を浮かべる。
「兄さん、最近私のこと避けてますよね?」
「……そんなことないと思うが」
「私の目を見て話してください」
「……ちょっと、避けてるかもな」
「“かもな”?」
「避けてましたスイマセン」
観念して頭を下げると、「素直でよろしい」とため息交じりの声が返ってくる。
「私、兄さんに避けられるようなこと、何かしましたかね?」
「いや、なんて言うか……別にヒナタが何かってわけじゃなくて、お前が高校に入ってからさ、少し周りの目を気にしちゃってさ」
「周りの目、ですか?」
「ほら、高校生にもなって兄妹で一緒にお昼ご飯食べてるところとか、友達に見られたら俺以上にお前に迷惑かかるかなって。可愛い妹が、友達から変な勘違いとかされても嫌だなって思ってさ」
「そうでしたか。兄さんに気を遣わせてしまっていたんですね」
「別に気を遣うってほどのことでもないけど……でも、そんな感じ。避けてるように感じたのならすまなかった」
「いえ、こちらこそ兄さんに嫌われたんじゃないかとか、勝手に色々思ってすいませんでした」
お互いに頭を下げ合い、とりあえずヒナタの持ち込んだ議題はひと段落つく。
「で、解決した上でまだ脱がないのか」
「ええ。せっかくですし、しばらく着ていようかなって」
「臭いんだろ?」
「ものすごく臭いです」
「なら脱げよ!」
それとさっきは「少しだけ臭い」って言ってたじゃん!
「いえ、久しぶりに兄さんを感じられてどこか嬉しいので、臭いのは我慢します」
「お前、時々ブラコンなんじゃないかって思えること言うよな」
「そんなことないですよ。むしろ兄さんの方こそシスコンなんじゃないですか?」
「俺が? バカな、そんなことないだろ」
「さっきだって、妹のためにそこまで気を回す兄なんて今時天然記念物ものだと思いますけど。嬉しすぎて吐くかと思いました」
「そこは泣けよ。なんで嬉しくて吐くんだよ」
ハンバーグを口に運びながら「そんくらい普通だろ、兄として」とちょっとカッコつけて答えてみる。
「『しゅーっ』」
「なんだ、今の擬音」
「乙女心が揺れた時の音です」
「そんな掃除機みたいな音するのか」
というか表情一つ変えずに言われても、冗談なのか何なのかさっぱりわからないぞ。
「でも私思うんですけど、やっぱり兄妹仲がいいに越したことはないじゃないですか」
「そうだな」
「なので今度久しぶりに、どこか一緒に遊びに行きましょうよ」
「別にいいけど、何、お前どっか行きたいところとかあるの?」
「特にないです」
「ないのに提案したのか。……じゃあ、まあ妥当に遊園地でも行くか?」
「遊園地はちょっとデート感が強いので、なしでお願いします」
「じゃあ、公園でピクニックとか」
「それは少しファミリー感が強いので、なしで」
「ファミリー感も何も、俺達実際ファミリーだけどな?」
んんー……難しいな。
ハンバーグの最後の一欠片を口の中で弄びながらしばらく考えた末、俺は「水族園とかどうだ」と提案してみる。
「水族園……いいですね。そういえば結構長いこと行ってませんでしたし」
「決まりでいいか?」
「はい。じゃあ今週の日曜日は開けといてくださいね、兄さん」
頬を少し緩めたヒナタの笑顔に、俺は「わかったよ」と静かに頷くしかなかった。
続き、という訳はないのですが、この作品の逆バージョンとして書いた「兄と妹とセーラー服と」という作品も投稿してるので、よかったらこちらも読んでみてください!