前編
ちょっとトイレに行こうと思って廊下に出たら、リビングで騒いでいる声が、二階まで聞こえてきた。
「お母さん、私、お外に出たい!」
「ダメよ、美依ちゃん。今日は一日、おうちの中で遊ばないと……。ほら、頭、気をつけて!」
妹が泣き喚いているようだ。
まだ幼い妹に、母さんの説得が通じるのか、少し疑問だが……。
「まあ、僕には関係ないね。こっちは自分のことだけで、精一杯さ」
そう呟きながら、僕はトイレに入った。
2月3日。
いわゆる節分の日であり、うちでは「学校をズル休みしても許される日」となっている。というより、外出禁止の日とされており、先ほどの妹のように、外に出たくても止められてしまうのだった。
このルールは、僕や妹のような子供だけではなく、大人である母さんにも適用されている。四人家族の中で、例外は父さんだけ。つまり、母方の血筋の問題だった。
「あ……」
なんだか僕も、無性に外に出たくなってきた。そろそろ午後三時、近所の神社で豆まきが行われる頃だ。
「まあ、今日一日の我慢だし……」
自分に言い聞かせるように、あえて口に出してから、洗面台の鏡に目を向ける。
そこに映った僕の頭には、帽子でも隠せないくらいの、立派なツノが生えていた。まるで、絵本に描かれる鬼のように。
そう、鬼なのだ。
僕も妹も母さんも、純粋な人間ではなく、鬼の子孫らしい。
ただし鬼の血は薄まっているので、いつもはツノも体の中に引っ込んでおり、外からは見えない。節分の日だけは外に飛び出してしまうから、秘密を他人に知られないために、一日中、家に引きこもって過ごすのだった。
母さんには「これは体質なのよ」と説明されたけれど、特定の日だけツノが現れるなんて、何らかの理由があるはずだ。僕は勝手に、これは言霊の力によるものではないか、と考えている。