罪
すべてが忘却の彼方へ。
死ぬということは、そういうことだと思っていた。
死んだら魂は裁判にかけられ、天国か地獄に送られる。判決でたとえ地獄行きになったとしても、刑期を終えればどんな魂でも天国にいくことができる。つまりダンテがいうような地獄はそこになく、彼がいうところの煉獄が本来の地獄にあたる。場合によっては〃死ぬほど〃辛い苦しみを覚悟しなくてはならないが、救済はある。浄化され、救われる。
地獄は気が遠くなるほど果てしない。太陽の昇らないグランドキャニオンを想像して欲しい。ただ、層の厚さはそれとは比べ物にならなく、奥底に行けば行くほど、深い業と、重い罰が待っている。最下層にはアドルフ・ヒトラーが現在もまだいるという噂がある。
地獄では生前の肉体が与えられ、恐怖、苦痛を余すところなく与えられる。肉体にコンプレックスを持っている方はご心配なく。若くして亡くなった、絶世の美女と謳われた悪女でさえ、数分で/といっても、この世と同じ時間の感覚はないのだが/ホラー映画にノーメイクで出演できるような姿になってしまう。どんな役かはいうまでもない。
無神論者の方々は、天国や地獄といったものの存在を否定するに違いない。けれどこれだけはわかってもらいたい。僕が天国や地獄、裁判、刑期といったものは、すべて便宜的に名づけたものだ。死後の世界を、誰よりも最初に知った僕には、すべてを〃名づける権利〃があるのかもしれない。けれど、そんなことをしたら、僕はその世界を伝えられなくなってしまう。進化の象徴であった言葉に、人類の限界があるのかもしれない。
人生は一度だからこそ、悪いことをして死ぬことはお勧めできない。
「奴には罪の意識など微塵もない」
僕の隣で死神が呟く。彼がいう奴とは、別の死神のことだ。ややこしく思えたが、僕は隣の死神に呼名をつけることができなかった。ポチとでもつけてやればよかった。
「俺がおまえにこういった言葉を話すのも、おまえのために取り計らってのことだ。お前が望むなら、お花のリボンをつけたお姫様にだってなってやるよ」
望むわけがない。こんな状況で。
今の僕はA・C・クラークの言葉を借りてスター・チャイルドと表現するのがわかり易い。肉体のない、精神だけの存在。死神もまた然り。断っておくが、僕はSFマニアではない。
よくイラストでイメージされる、骸骨が黒や紫のローブを羽織り、鎌を持っている姿は間違いだった。それなのに、隣にいるだとか、声が聞こえるというのは矛盾している。でも残念なことに、上手い説明がみつからない。
「難しく考えることではない」
僕の思考を見透かしてか、死神はいう。ある意味、見抜かれて当然だ。僕の考えが正しければ、むき出しの精神にプライバシーは存在しない。
「生き返りたいんだろう」
そうだ。僕は〃奴〃に殺された。
夢を見ていたはずだった。その中で僕は、悪魔のような怪物に、不条理な選択を迫られていた。友情をとるか愛情をとるか。怪物は僕に、自分への生贄を選べという。
僕は迷った。これは夢だと思っていた。そう深く悩むことではない。夢だ。だからこっちを選べばいい・・・・・・。だが僕は、ヒーローになれる妙な頓知を思いついた。
二人とも大切な人だから生贄にすることはできない。でも、誰かを生贄に捧げなきゃいけないのなら、僕がそうなろう。まるでB級映画に出てきそうなシーンだ。
怪物は嬉しそうに納得した。
「わかった。君のいう通りにしよう。証拠としてこれにサインするんだ」
奴から契約書を渡されたときは、思わずふきだしそうになった。死ぬことにも契約が必要なのか。OK!サインしましょう。こんな夢を見る自分の深層心理に興味を抱きそうなくらいだった。
その結果。笑えない結末が待っていた。僕の心臓は働くのを止めた。もう二度と、嫌いだった太陽の下を歩くこともできない。
僕の両親は一番近くの大学病院に、子どもの死体検案を依頼した。親にとって子はいつまでも子であるという。これ以上に幸福であり、救われない物語を僕は聞いたことがない。
検案実施まであと三日と十三時間四十二秒。四十一秒。検案後に生き返ることはまず不可能だ。僕がもっと物分りのいい人間だったならば、この生き返るまでの時間はあと四日ほど延長されたはずだ。
死んでから僕は、隣にいる死神に拾われた。この死神は親切にも、僕がなぜ死んだのか、死後の世界には何が待っているのかを、事細かに教えてくれた。
知らなかった。人はその人生を終える直前に、死神と契約する。知ってたまるか。
「おまえは奴に騙されたんだ」
死ぬ直前にこの世に生まれたことを呪いさえしなければ、契約成立だ。晴れて魂は裁判に架けられる。もしも己の悲惨な人生を恨みながらその幕を閉じたら、そんな魂の大概は怨霊となり、神に救出されるまで、あの世とこの世の間を彷徨い続ける。
まさに僕がそうだ。どこにも居場所がない。それがたとえ地獄でも居場所はあった方がいい。己の存在意義に繋がる。
「・・・死神はそういった怨霊の中から生まれる。稀なことではあるが突然変異のようなもんさ。俺ももとは怨霊だった。人だった頃の記憶なんてない」
僕は単刀直入に聞いた。生き返る方法はないのか?神という者がいるのなら、その方はおわかりだろう。僕は、死神がいうことが本当なら〃奴〃に騙された。死を感じることさえ許されずに殺された。神の慈悲はないのだろうか。
「方法ならある。本来ならば契約は絶対だが、おまえの世界の違法契約に救済制度があるのと同様に、こっちにも違法ならば、契約を破棄する方法がある。悪魔の力を借りるんだ」
期待していたとおり、悪と闘う方法は残されているようだ。悪魔の力を借りる?目には目を。悪には悪を。それは一体どんな方法でありますか?
「おまえが俺たち死神のように、契約をとってくる」
え、なんだって!
「六人だ。六つの魂をあの世へ導け。おまえを生き返らせるための生贄にする」
僕にどうやって契約をとってこいというのだろう。
遥か彼方に眩い光。見たこともない光度。そのためか遠近感がつかみづらい。なんだ、なんだ、こっちに近づいてくる。
「おい、大変だ!俺についてこい」
そういわれても僕には足がない。
「違う。俺の気配は感じるんだろ?それについて来るんだ!」
いわれてみれば、僕は強烈な光を見て死神の言葉を聞き、自分の魂の熱に触れている。当代随一の映像作家といえるD・フィンチャーでも、これを映像化することは難しいだろう。僕はないはずの瞼を閉じ、魂に呼びかける。動け、動くんだ。
「そうだ、その調子だ。もっと飛ばすぞ」
風を感じる。どうやら僕と死神は、光の追手から逃れることができたらしい。いつのまにか、この世、生命が宿る世界に降り立っていた。そして、この世界で僕が触れられるものは何一つない。
それにしてもさっきの光はなんだったのだろう。
「浮遊鬼とでもいおうか。行き場のない魂を喰う鬼だ。俺がいなければ、おまえは無くなっていた」
面白いことをいう。僕はもう〃死んでいる〃はずだ。
「違う。無くなる。無になるんだ。地獄にも天国にもいけない」
そうだった、死が永遠の終わりではなかった。それに精神世界の天国なら、日本の都心部のように狭小過密になる心配はない。
いつのまにかあと、三日と十七分五秒。四秒。これが僕に残された時間。時間の感覚が掴めないというのは非常に危険だ。
「心配するな。俺が手本を見せてやる。おまえもやる気を出せば、すぐできる」
見慣れた光景。ありふれたはずのその景色が、淡く眩しく見える。僕はこれを、心の支えとなっている過去を、つい美化してしまうあの感覚だと思いたかった。
流れるはずのない涙が存在しないはずの目から溢れている。失ってからでは遅いもの。
「おいおい、大丈夫か。ほら、よく見てろ」
死神はターゲットを定めたようだ。
銀行の応接間だ。どうやらVIP専用らしく、僕には縁のない世界だろう。テーブルの上には書類と札束が、その周りの人間の存在感を掻き消してしまうほど、堂々と乗っかっている。信じられない額のせいだ。
「では、こちらにサインと印鑑を」
意外にも、サインを頼まれたのは、どこにでもいるようなOLだった。人は見かけによらぬもの。本当の意味で理解している人は少ない。そして僕は、それはある人がいうように、コンプレックスを持った者の願望だとは思いたくない。
「はい」
女性がワインレッドの美しい万年筆を手にとった。返事の声は平静を装えていたが、その表情と、微かに震える手から緊張が窺いしれる。
「見ろ、今だ!」
女性が契約書にサインをすると同時に死神が〃何か〃を銀行の契約書に被せた。
「あれ、書いたと思ったのに。緊張してるんだわ」
万年筆を持つ女性の手が離れたとき、銀行の書類には、何も書かれていなかった。自分の手のひらで万年筆のインクが出ることを確かめると、女性はまたサインし始めた。
今度は濃い目のインクが、彼女の名前を記していた。すると死神は一枚の紙をヒラヒラと振って笑って見せた。
よくわかりました。でもこれはこの世の悪徳営業マンが使う手とたいしてかわりない。
彼女は、数字選択式の宝くじに当たったのだそうだ。僕も幾度かCMを見たことがある。彼女は明日から人生が変わるはずだっただろう。けれど彼女に明日はこない。
「おい、罪悪感は捨てろ。これが一番手っ取り早い方法なんだ。それともお前は生き返りたくはないの か」
生き返りたいがちょっと待ってくれ。それとこれとは明らかに事情が違う。彼女に罪はない。
「いや、違う。あの女は罪の塊だ。こんな思想は知らないか?自分が豊かになれば何処かの誰かが貧しくなる。あの女は今、誰かを不幸のどん底に突き落とした」
僕もこの世界の全てには、表裏があると考える。万物が表裏一体となって、世界を形成しているのだと思う。同じように考える人は少なくないかもしれない。
死神がいったことは一見すると、僕の考えに当てはまりそうだが正確には異なる。それは捻じ曲がった極論だ。
「そうだ、よくわかっているじゃないか。俺がいったことは極論かもしれない。だがこれが俺の哲学だ。それに現代人のおまえが一番わかっていると思うが、この世に真如など存在しない」
こういわれてはお手上げだ。それに死神と哲学を討論している場合でもない。僕も御多分にもれず無意識に問い掛けてみれば、自分が一番可愛いのだ。
「そうだ、忘れてた。今の俺の見本はおまえの契約数にはカウントされないからな。これから好きなように頑張れ」
そうですか。わかりました。僕は自分の哲学に則って、契約を集めましょう。
○
僕の手には六枚の契約書がある。世の中には悪い人間がいるものである。語弊を招きそうなことをいうが、法は絶対ではないという意味を身を以って理解した。
「よくやった。これがおまえの俺に対する答えか」
死神はそれぞれの契約書を食い入るように見つめている。この世では裁かれずに済んだ極悪人も、あの世ではそうはいかない。罰は必ずやってくる。
それでも、そうだとわかっていても、僕は神に代わって自分がしたことが、正しかったのだと信じて疑わない。僕が簡単に命を奪った六人は誰が見ても諸悪の権化だ。
「見直したぞ。おまえは英雄だ」
誉められれば、それが死神からであれ、嬉しいことにかわりない。
「よし、そこで待ってろ。今から俺は悪魔のもとへ行ってくる。この契約書、イコール六人分の魂を悪魔に捧げる。おまえを生き返すにはこれで十分だ」
一緒に行ってはいけないのか。
待っていろといわれたとき、怪しげな匂いを感じ取った。
「悪魔に会いたいという類の興味本位で行きたいのなら止めておけ。後悔する」
いや、興味本位ではない。僕が会いに行くのはけじめだ。加えて僕の心が丸見えならば、その理由はわかるだろう。
「そう、俺を信頼できない。心の片隅だとしても哀しいね」
死神はゆっくりと動き始めた。僕はただ、死神のあとについて行った。僕に残された時間はまだ五時間以上もある。
どうもご親切に。肩透かしをくらった。これが死神のいっていた後悔なら納得できる。悪魔は人間の僕にわかりやすくするため、手頃な大きさの部屋を用意し、僕と死神に姿形/死神には青い額縁眼鏡のビジネスマン風/を与えた。
もしも僕らの肉体が滅んだら、美は消滅するのだろうか?愛する人の心に触れることができるのだろうか。悪魔がM・オカダのようなダンディーな人間の姿で僕らを出迎えてくれたことは、ある意味で驚かされた。
「頭を山羊にしたほうがよかったかな」
実際、拍子抜けしたとはいえ、紳士的なのはありがたい事なのかもしれない。いきなり獲って食われる心配はなくなったわけなのだから。
「インテリア家具に興味はあるかい」
すみません。そういったことには無頓着なもので。僕にとってブランドは単なる名前以上の意味も価値も持ち得ない。
「そうか、君が座っているそのイスを、A・D・ピエロのデザインチェアーにしてあげようと思ったのだが。では絵画はどうだい。私のうしろにあるのは、印象派の名称の由来となったクロード・モネの/」
「お話中に申し訳ありません。時間がないもので用件の方を先に・・・・・・」
どちらかが遮らなければならなかった。あと五時間弱あるとはいえ、この調子だと、予期せぬ場合も起こらないとはいえない。ありがたいことに、死神が嫌な役を買って出てくれた。死神も悪魔には敬語を使うようだ。
「ああ、そうだった。すまないね。ではどれどれ」
死神が渡した契約書を悪魔が頷きながら確かめる。生き返って、皆にこれまでのことを話しても、誰も信用しないだろう。それでも僕が話すのは確実だ。
悪魔様、早く、早くしてください。契約書はたったの六枚なのですから。
「確かに。契約は成立だ。君を悪魔にして進ぜよう」
契約成立!悪魔にされる?僕は瞼を閉じたわけではないのに、瞬く間に光を失った。
ビジネスマンと紳士がいないかわりに、そこには紫のローブに包まれた骸骨が、おそらく特注だろう妖しく光る銀色の大鎌を手に、佇んでいた。
「無くなりたくないだろう?」
僕らの、僕の生前のイメージどおりの死神の指先が、僕の頬に触れる。そして頬から冷たい涙が流れる。人間のメッキが剥れたターミネーターに触れられるのも、こんな感じなのかもしれない。
「わかるだろう。ここに悪魔がいないわけが。おまえが生き返っていないわけが」
恐怖に震えながらも、思考は冷静に働く。もしかすると・・・・・・いや、十中八九、僕は〃この死神〃に騙され、死んで、どういうわけか六人分の契約をとらされた。その契約は恐らく、悪魔と死神との契約に関係がありそうだ。
「GOOD!おまえは頭が悪くないわりに、扱いやすかったよ。悪魔がいっていた、君を悪魔に進ぜようというのは俺のことさ。やっと俺も地獄で暮らせる」
定住先のない死神家業は辛いものだそうだ。僕はまた、その放浪の世界へと舞い戻り、生き返る見込みはゼロになった。ああ、違った。もとからゼロだった。
「俺が悪魔になるための条件が、おまえを騙し、六つの契約をとらせることだった。がっかりするな。おまえが唯一の犠牲者ではない」
死神が悪魔になる方法は、二つだという。一つは、悪魔が地獄で地獄のタブーを破ったときに、その悪魔は無と消え、その時点で契約数トップの死神が悪魔に昇進される。
二つ目は、今回のように、六人の人間を神を欺く方法で殺し、各々の人間に六つの契約をとらせる。
二つ目の方法は、簡単そうで、もの凄く難しいのだという。嘘をついたな。僕は頭が悪くないだなんて。僕は哀れな六番目の子羊だ。
「もっと聞かせてやろうか。お前達が大好きな裏話ってやつを」
ふざけるな!もういい。たくさんだ!僕は耳を塞いでいるはずなのに。
「おい、言葉を慎め。悪魔になった俺にとって、おまえら怨霊はエサでもあるんだ。そこんところを我慢して、話してやろうといっているんだ」
もうすでに、僕に残された時間などには意味がない。
神よ。最後にあなたへの冒涜をお許しください・・・・・・そんな悪態をつこうとしたとき、記憶に新しい眩い光が現れた。
「チェッ、じゃあな。もうおまえと遊んでる暇がなくなった。せいぜい神に慰めてもらえ」
何をいっているんだ?僕は浮遊鬼とかいう鬼に食われるんだろ。情けも救いもあったものではない。それにしても魂とは、美しく儚いものだ。勝てる見込みがないとしても、立ち向かう術すらない。
逃げることをしない僕の米粒の魂は、やがて光に包まれる。歪んだ愛と純粋な憎しみが同居していた僕の存在が消えてく。
今の僕にできることは、運命を受け入れることだけだ。
温かな光におおわれる・・・温かい?
「ごめんなさい。さっきは追いつけなくて」
女性の声。あくまでも僕のイメージだとは承知している。恥ずかしい話だが、僕は昔、自分の想像力に特別なものを感じていた。
あなたは一体誰なのですか?
「私は神の使いです。あなたの世界でいう、天使のようなものだと思ってください。あなたを救いに参りました」
突然、言葉にならない感情の波に襲われ、僕の魂はクシャクシャになった。一つ告白させてもらえるのなら、僕は自分の運命を呪っていた。
お願いです。一つだけ答えて欲しい質問があります。その答えさえ聞ければ、あとは全て想像がつく。
「構いません。どうぞ」
あの死神がついた嘘を教えてください。あなたが知っているのならば。
「わかりました。ショックを与えたくはないのですが、簡潔にいうと、あなたが生き返る方法があるということ、そして私が魂を喰う浮遊鬼だということです」
してやられた。予想通りの絶望に襲われたが、彼女に、天使に包まれているせいか、精神の奥底に安らぎが流れる。
バラバラになりそうな僕を、光が繋ぎとめていてくれる。
そういえば、嘘をつくときのコツは、無駄な嘘をつかずにことの核心以外は、できるだけ本当のことを話すことだと聞いたことがある。
これから裁判が始まる。改めて断っておくと、裁判、天使、神など全ては僕が便宜的につけたものだ。ここには被告人など、どこにもいない。
人間とは罪だ、なんて詩人を気取るつもりもない。似たような立場に、僕がそれに当たり、三人の神が裁判長、裁判官にあたる。二人の天使が検察官と弁護人になって、僕の生前の出来事について、意見をぶつけ合う。
僕の人生の記録は全て残っている。今までに歩いた歩数から、流した涙の量、すれ違った人の数・・・・・・どうでもいいようなこと、恥ずかしいこと、聞くと面白いものまで、ありとあらゆる全てが記録されている。完全無欠の証人だ。
こんなことなら、できる限り実直に生きていたかった。
変な話だが、僕はそんな一つ一つのどうでもいいような記録を聞いているうちに、人間とは、誰もが唯一無二で愛されるべき宇宙の神秘であるということを感じた。
神は、宇宙の片隅で迷走すらしていなかった、罪深き僕をみていてくれた。
「あなたがここにやってきたことは、非常に不運で救われない事件です。それは、この審判で、十二分に考慮すべき所です。しかし、あなたは自分が生き返りたいがために六人の命を奪い、それについて少しも省みませんでした。死神に惑わされたことは、熟慮します。それでも、私にはわかりません。なぜあなたは死神を信用したのですか」
僕は矛盾している。ほんの数秒前に人間個々の大切さを感じつつ、神の言葉を聞いて、殺されても仕方のない人間もいるのだと、自分を弁護する。
僕は現実に六人もの命を奪っているのだが、その実感が欠けているのだからどうしようもない。僕は言うなれば、仮想現実世代。
神よ、その質問に答える前に、尋ねたいことがあります。あなたは全ての人間を、生きとし生けるものを、愛しているのですか。
「ええ。分け隔てなく愛しています。しかし、今回のあなたのように、悪魔や死神のせいで、私の愛が届かない場合があることは、残念ながら否定できません。そこで私は、あなたが既に知っている天国を創りました。では、今度はあなたの番です」
神や天使がいるのなら、悪魔や死神もいる。
愛は万人に届くものではなかった。悪魔に出会ったときとは別の失望を、神に対して感じてしまった。天国が本当に桃源郷ならば、僕は神にすべてを投げ出す覚悟がある。
僕は深呼吸をした。
死神のいうことを一つも疑わなかったのは、すがりたかったからです。思いもよらない世界に自分が投げ出されて、僕はどうすることもできなかった。そんなとき、助けてくれるという者が現れたら、たとえそれが死神だとしても、僕にとってはどんな藁よりも頼もしく思えたのです。
この言葉に嘘偽りはないつもりだ。けれど、僕が本当に言いたいことは、こんなことではなかったはずだ。
「そうですか・・・・・・それが、あなたの答えですね。わかりました」
真中に位置した神は、両隣の神となにやら相談をし始めた。神の言葉と沈黙は行間を読む必要がある。それが可能、不可能かは別として。
神よ、ご存じのとおり人間とは弱い生き物なのです。けれど、真実は時として言い訳でしかない。終わってからでは遅いのだ。
もう少し神に尋ねたいことがあるのだが、神は誰のものでもない。きっとそれは許されないだろう。
終わり