返ってきた手紙
拝啓
もう年の瀬かと、一年の流れが早くなってきたな、などと感じるのも最早飽きてきた頃であります。秋の気まぐれさにお体お障りありませんでしょうか。
この一年ほど年寄りの気長な趣味に付き合って頂いて本当に有難うございます。私は隠居してからはこれといってすることもなくただ日々を無為に過ごしておりました。それまで仕事一筋であった私は、抜け殻同然でした。
けれども、忘れはしません、ちょうど私の誕生日より少し前の時でした。数日来妻と喧嘩をしており家に居づらかった私ですが、貴方からの葉書を持ってきた妻は何か困ったような顔をしておりました。まぁ長方形の紙の中央に「7六歩」とだけ書いてあるものでしたからそれもそうで、妻は将棋など一切知らぬものでしたから。
それでこれは何かと聞かれ、色々と説明をしているうちにいつの間に気まずい空気も消えてしまいました。それも全て貴方の文字しかない葉書たったひとつでです。
それからこの郵便将棋が始まったわけですが、その葉書はやはり妻も気になるらしく、貴方の指す手を書いた葉書が来るたびに一緒に覗き時には次の手を考えてくれたりもしました。そのうちに将棋自体も好きになってくれたのか、家で2人で指すこともありました。今までそんなことをしたのはありませんから、ですがそれも至福の時でした。
その間も、一手一手に時間はかなりかかっておりましたが着実に貴方との対局は進んでおり、もどかしさもありながら、私は老後の悦びというものも感じておりました。
時折私の至らなさから、妻と言い合いになってしまったり、喧嘩も少なくはありませんでした。それでもそんな時に貴方の葉書が来ると二人ぼっちの我が家に会話が生まれるのです。気付けば夫婦の関係もより良いものとなっていたと思います。その点に関しても私は感謝を申し上げます。知らぬうちのことでしょうが、私はとってもそれで救われたのです。
貴方がどのような人なのか。私にはよくわかりません。私が知っているのは名前と住所、それと将棋のクセだけでしょうか。けれどそれだけでどんな人かが分かるほど私は将棋を極めたわけではございません。然しそれも善しと今まで葉書に次の一手以外は何も書かず、手紙も書かずにおりました。
この度手紙を書いておりますのは謝罪とお願いといったところでしょうか。まずは長らく葉書の返信を出せずにいたこと、大変申し訳ございませんでした。
実は今年の九月七日、妻陽子は何も告げず天国へと旅立ちました。二十二で嫁いできてからというもの、四十年間。とにかくひたすら私を支えてきてくれた、かけがえのない大切な伴侶を突然亡くした私は何も手をつけられず、近頃になってようやく家の整理などをしていました折に葉書を見つけ思い出した次第です。最後の貴方からの葉書は九月六日付でありましたが、私がそれを見たのはつい昨日のことでした。この間、とても長く待たせ続けてしまいましたがまだこの対局続けていただけないでしょうか。この対局が終わらなければ私はこの老い先短い身ではありますが常に心にわだかまりを持ったまま生きてゆくことになってしまいます。どうか、どうかお願いします。
それと、もしよろしければ私は直接貴方に会ってお礼を申し上げたいです。東京と沖縄の距離など無いに等しいのです、何も無かった私に様々な愉しみを与えてくれた貴方に会えるのならば。それが叶わなければお電話でも、手紙でもいいです。若しくは次の一手だけでも、それだけでもいいのです。
私の次の一手とともにこの手紙を貴方に送ります。
5七金
令和元年十一月二十六日
緒方慎二
具志堅太一様




