婚約者さまに惚れてもらおう大作戦
茶番です。
「レイラ、お前の婚約相手が決まったぞ」
__________その言葉が父親から発せられた時から、彼女の戦いは始まったのだ。
***
マリスフィード伯爵家令嬢のマリスフィード・レイラ。彼女には幼いころからの夢があった。それは例え、政略結婚であろうとも愛し愛される家庭を築くこと。子を成すためだけの結婚など嫌だった。
そんな彼女が齢十歳の頃に婚約は決まった。相手はリルバーン公爵家長男のルイス。
レイラは不安だった。
もし、ルイスにもう好きな人がいたら……。
そんなことになってしまえば願いは叶わない。
「マリスフィード・レイラです。よろしくお願いします」
「リルバーン・ルイスです。こちらこそよろしく、レイラ」
ルイスは見目の麗しい少年だった。レイラとしては目が線のようであれ点のようであれ、単純に言えばどんな容貌の悪い相手であろうとも自分を慈しんでくれればいいと思っていたので、美少年が現れたときには大変に動揺した。
どうしようかしら、こんなかっこいい人が婚約者だなんて。きっと、他の女の人に取られてしまうのだわ。
レイラは婚約者に微笑みを返す一方で、己が冷や汗をかいているのを感じた。
丁度この頃流行っているロマンス小説は平民と貴族が結ばれる類のもので大抵元の婚約者は酷い扱いをうけるものだったこともあり、被害妄想はどんどん膨らんでいく。
ああ! 身の覚えのない罪を着せられ国外追放になってしまうなんて嫌。
その瞬間、彼女は決意したのだ。必ずや、ルイスをめろめろにして幸せな家庭を築いてみせると。
レイラを止めるものは誰一人いなかった。幼い少女の妄想を知るものはいなかったからである。
レイラがまずとりかかったのは、自分の美貌を更なるものへと高めることだった。自身の美しさをよく知っている彼女だがあることで悩んでいた。
可愛い系に行こうかしら。
それとも色気のある美しい系?
美少女が窓に肘をついて空を眺める様子は非常に絵になる。マリスフィード家の使用人たちはその姿を見ては、ほぅとうっとりとした息を吐くのだが、まさかそんなことを考えてるとは思うまい。
こういう時は対象を観察するのよ、レイラ。OK。私はやれる女よ。
己と会話しながら美少女は小さく頷く。
そんな彼女を使用人たちはまたもやうっとりした目で見ていた。
対象を観察するためにレイラはリルバーン家主催のお茶会に出席することにした。当然そこにはルイスも出席するであろうし、そこには沢山の令嬢が来るだろう。その時にルイスの目線の先の令嬢を観察し、今後の自分の方向性を決めるのだ。
レイラは燃えていた。その目はもはや獲物を狩る獣。
そんな愛娘をマリスフィード伯爵は、婚約者との初めてのお茶会を頑張ろうとする健気な子だと微笑ましく見守っていた。
「お久しぶりです。ルイスさま」
「久しぶりだね、レイラ。そのドレスとっても似合ってると思う」
この年で初手から女性を褒めるなんて……!
レイラは戦々恐々した。同時に対象の手強さを再度、確認する。
きっと違う女に言うようになるに違いないわ。
その頃、この国の第三王子が婚約破棄を言い渡したことが噂になっていた。何もかもがタイミングが悪かったとしか言えない。婚約したての少女が怯えるのも無理がない状況だった。
ただ、しかしレイラのように逆にこの状況に燃えて努力する令嬢が珍しいのも確かであることも間違いない。
一秒たりともルイスの目線の先を見逃してなるものか。そう思うがなかなかルイスはレイラと話すばかりで他の女性をみない。
なるほど。簡単には教えてくれないってことね。でも私は諦めないわ。絶対にルイスさまの好みの女性になってみせるんだから!
やはり誰も彼女に教えてあげる者はいなかった、
どこかズレていることを……。
だが、その時は来た。ルイスがちらりと他の女性を見たのだ。
嘘でしょう……?
レイラは息を呑んだ。その先にいたのは第二王子、ライベルトであったからだ。確かに、ライベルトは齢十三歳の色気のある美少年である。
まさかライバルが男であるとは思わず、彼女は倒れてしまいそうだった。確かにルイスも十三歳であり、年は釣り合う。
ルイスさまはお色気人妻系が好きなのね……?
ライベルトの名誉のために言及すると決して彼は人妻ではない。ロマンス小説の登場人物にほんの少し似ていただけである。
まあ、レイラは勉学はできるが少々オツムが足りない令嬢であった。誰もそのことに気づかず、指摘する者はいなかったために彼女自身もそのことには気付いていなかったが……。それが幸か不幸かはわからない。
兎にも角にもレイラはライベルトをライバルと決め、妖艶な女性になることを決めたのだ。
それからの日々は辛かった。大好きなお菓子もやめて、美しい体型を作ることに専念した。なかなか成長のしない胸部に心が折れそうになったこともあった。そんな時彼女は自分の胸に語りかけるのだ。
できるはずよ。貴方なら。私の一部だもの_____。
この行為は自室で人がいない時にのみ行われたために誰も彼女を医者に見せなかった。見せていれば頭の病気だと診察されたであろう。
勿論、見た目だけでは魅力的にはなれない。勉学にも彼女は励んだ。熱中するあまり言語を四種類ほどマスターしてしまったのは誤算だった。まさにハイスペック。
ハイスペックのあまり周囲が彼女を素晴らしい令嬢だと思い込み、誰も彼女を止めなかった。
再三言うが、レイラを止めるものは誰一人いなかったのである。
その結果、彼女の被害妄想は膨らみに膨らみ、婚約破棄されたが最後刺されて死ぬところまで何度も想像した。
だがしかし、彼女の努力は実った。
胸部もそれなりに成長し、美しかった美貌は更に妖艶さも加わり十六歳にはとても見えないような色気を放つようになった。
次第に彼女も自信を抱くようになり、このままルイスと結婚して一件落着になるはずであったのだ。
しかし事はそう上手くはいかない。第二王子の婚約パーティーへと出席したときである。
その日のルイスはどこかうわの空であった。いつもならレイラの着飾った様子を目一杯褒めてくれるのに「綺麗だよ」そう一言、言ったきり目も合わせてくれないのだ。
折角、いろいろ考えてドレスを選んだのに……。
深い群青色のドレスは不幸にもレイラの悲しみを表すかのようであった。レイラが美しく育ったように、ルイスもまた精悍でカッコよく美しい男へと育っていた。あまり気にしないようにはしているがルイスの周りにはいつも令嬢がまとわりついている。その度にルイスが嫌な顔をしているのが救いではあるが……。
レイラはぎゅっとルイスの腕を抱き込んだ。
いやよ……。ルイスさまと離れたくない。
この六年でレイラの感情は変化していた。自分を愛してくれる男なら誰でもいい、ではなくてルイスに愛してもらいたい。ルイスと共に幸せな家庭を築きたい、そんな考えへと。
しかし彼女の不安を煽るかのように、会う度にルイスは他人行儀へとなっていった。まるで自身の感情を見せまいと自制するように、偽りの笑みを向けられているようにレイラは感じていた。
それでもレイラは耐えてきた。
私は努力してきたもの……。きっと大丈夫。
そんな彼女の想いは粉々に打ち砕かれることとなる。
ぎゅっと抱きしめたルイスの腕は強張り、その上ルイスはやんわりとレイラの手を外したのだ。
「少し、ライベルトの元へ行ってきますね。ここで待っていてください」
レイラは泣き出してしまいそうだった。
やっぱり、ライベルトさまには勝てないのね……。
今まで保ってきた矜持がバラバラになるのを感じた。ふらふらと壁まで移動して座り込みたい気持ちを我慢した。
しかもその後、ライベルトがルイスに悲しげに話す様子を見て確信したのだ。
ライベルトさまもルイスさまがお好きなのね……。それなのに婚約をしなければならなくて悲しんでいらっしゃる。私は邪魔者ね……。
それでも私はルイスさまのことが……。
帰ってきたルイスはレイラの萎れた様子に疑問を感じた様子ではあるがそのまま彼女の考えを知ることなく終わった。
***
ルイスにとって婚約者はどんな存在かと問われれば、彼はこう答えるであろう。
神です、と。
彼にとってレイラとの出会いは衝撃的なものであった。一目惚れ____まさにそう形容するがふさわしい。話していくうちにその貴族らしい誇り高さと慈愛の心を併せ持つ彼女の人柄にも惹かれていった。
いつのまにかルイスはレイラを神のように感じていた。まさに女神。成長するごとに美しくなるレイラをルイスは眩しく思っていた。勿論、追いつくために努力は惜しまなかったが女神に釣り合う男に自分が成り得ているとは到底思えなかった。
しかし、彼女を推しながらも(推しという言葉は書物を読んだ時にたまたま知った)ルイスは邪な自身の感情を制御出来なかった。
第二王子のライベルトがレイラを見つめていることに気づいた時は嫉妬でどうにかなってしまうかと思った。その後話し合いをした後にライベルトとは親しい友となり、ルイスの信仰ぶりを知る数少ない間柄となったのだが。
年齢を重ねる度、ルイスの想いはより一層強くなる。レイラの美しさは止まることを知らず、寄ってくる虫どもを何度駆除したか数えられない。
だが、高まる想いを抑え込もうとするためにレイラとあまり親しく話せないのは困ったものだった。
可愛いと噂される令嬢を可愛いと認識できてもレイラとは別物だと感じてしまう。もはや重症であった。
レイラの身体は非常に柔らかい。子供の頃ならまだしもその成熟した身体を押し付けられた時には、ルイスの我慢も限界だった。
婚約お披露目の場であるのに、ルイスの苦悩を聞いてくれた友に感謝しきれない。
ライベルトはそんなルイスに憐みの目を向けていた。こいつ、頭はとびきりいいのにどこかおかしいよな、と。
どこかレイラの様子がおかしいことはルイスにもわかっていた。それでも、尋ねることは出来なかった。もし他に好きな男ができたと言われたら。彼女を手放せないルイスはその男を殺してしまうかもしれないから_______。
まさかレイラがライベルトと自分を恋仲だと誤解しているとは思わないルイスは仄暗い意志を再確認していた。
あれからレイラは何をしていても心が沈む気持ちだった。通っている学園の友人にも心配される始末。
女性のなかで一番に想ってくれるならばそれで。
そう健気にも持ち直そうとした頃だった。
ルイスの周りにライベルトの婚約者、マーガレットがうろつくようになったのは。
どうやらマーガレットはルイスのことを好ましく思っている様子だった。
何この女狐、どう処理してやろうかしら。
そう思うものの家のことを考えると実際に処理する訳にもならず、レイラは鬱々とした気持ちを抱えていた。
そんな中、マーガレットの行動によってレイラは驚かされることとなる。
学園の庭で友人達と共に食事を楽しんでいる際のことだ。
ルイスとライベルトと笑い合うマーガレットを見つけてしまったのだ。何度このような妄想をしただろうか。ああ、ルイスさまは愛しい二人と共に過ごしたいと思うのね。遂に女性のなかでも一番になれなかった……。この後、きっと婚約破棄をされるのだわ。
その日暮れ前にレイラはルイスを呼び出した。
泣きそうになりながらレイラは凛としてルイスを見返した。
「貴方がライベルトさまとマーガレットさまを好ましく想っていることは知っています。それでも私はルイスさまのことが好きなのです。ですが、私は貴方には御心のままに動いてほしいのです……」
まさに断頭台で処刑を待つ心地。涙が一筋頬を流れた。
対するルイスは目を大きく見開いた。
何故、レイラの中で自分がライベルトとマーガレットを好いていることになっているのかわからないが弁解をしなければならないことは確かである。
「私は……貴女のことを神のように思っているのです」
「……神?」
焦りのあまり口が滑るルイス。
「レイラ、貴女は_______」
この後たっぷりとルイスの信仰ぶりを聞かされたレイラは混乱でおかしくなってしまいそうだった。
まさか自身に……その……欲情をしていると言われるとは夢にも思わず恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
レイラは色気のある妖艶な女性ではあるが当然、経験は皆無だ。
誤解をお互いに解きあった二人はそのまま結婚し、貴族一仲の良い夫婦と噂されることとなった。
三人称視点の練習をしよう!と意気揚々書き始めたのはいいものの不思議な作品ができてしまいました。口の端をちょっと上げてもらえれば幸いです。
マーガレットさんはルイスの狂信ぶりに笑ってます。怖いなこいつ、と。