第二話:VS課金チートのお仕事
「こちらアラシ。現着しましたぁ。本庁どうぞぉ!」
「本庁ぉ、了解ぃ。現場と捜査対象者の情報を送る」
改造VR機により、VRの中のアラシと外にいるイカレ課長は会話が可能だ。二人はさっそく警察プレイをしていた。
「え〜、なになに……異世界ファンタジー風VRMMOですか。よくあるタイプのゲームですね」
「そうなんだけど、このゲームのポイントは課金システムにあるの」
「課金ぐらいなら珍しくないような。武器とかアイテムとか――」
「もっと凶悪なのよ。友達、ヒロイン、魔王の座まで、金さえあれば何でも買えるの」
「まぁ金で何でも買えるなんて、現実でも同じなんじゃないですかね? 特に女なんて現実でも――」
いつか人の心はお金で買える、とか言って炎上しそうである。
そんな擦れたアラシを見て、
「アラシくんったらすっかりひねくれちゃったわね。およよよ……」
課長は芝居掛かった泣き真似をした。
「まぁ、だいたいイカレ課長のせいですけどね」
「他人のせいにするのは良くないわ」
「じゃあ、『他人のせいにした俺』のせいにするのも良くないですね!」
アラシは得意技の屁理屈を唱えた。
アラシは少し気分を落ち着けて言葉を続ける。
「……というか、課金で全部決まっちゃうなら、ただのクソゲーな気がしますけど。何で人気なんですか?」
「ちょっとからくりがあって、他のプレイヤーを倒すと現金が手に入るのよね。結構大きな金額が動くから、一攫千金を狙って参加者が減らないってわけ」
「……もはやVR中毒じゃなくてギャンブル中毒ですね……破産者とか出ないのかな……」
アラシはギャンブルのために生活資金に手を出してしまい、最終的に失踪した叔父を思い出していた……。
「それでね、今回の対象者のユウタって高校生はかなりの資産家の息子らしいの」
「なるほど、親から貰った小遣いで課金しまくってるんですね」
「そうなの! 自分で働いて稼いだお金じゃないのにとんでもない奴よね!」
「ほんとですね! 俺たちが言えたセリフじゃないですけどね!」
「あははぁ!」「あははぁ!」
二人で一緒に笑う。本当にこの二人に言えたことではなかった。
課長が「コホン」と咳をしてから続ける。
「で、まぁそういうシステムだから、ユウタを狙う他のプレイヤーもたくさん居るんだけど、彼には莫大な金があるから連戦連勝……結局そいつの資産が増えていくばかりみたい」
「なるほど、それでまた他のプレイヤーが一攫千金を狙って……無限ループというわけですか」
「そのとおり。もとから金持ち有利なのよね」
「ほんと世知辛いゲームだなぁ……」
「ところで!!」
アラシが突然叫んだ。
「なによ?」
「この服装はなんなんでしょうか? 忍者ですかね?」
黒い忍び装束のようなものを着ていた。篭手や胴当てなども装備している。
「そうね。ちょっとダークなイメージが今回の仕事にあってるかなって」
「忍者にしては少しゴテゴテしてますね。武器も忍者らしくない大きな日本刀だし。まぁ俺、日本刀は好きですけどね!」
アラシからマニアの臭いがしていた。
「まぁ、その辺はフィクションだから、リアルさよりもカッコ良さを重視ね」
「顔は変えられないんですか? 顔だけ現実と同じってのもなぁ。顔もカッコ良くしてくださいよ!」
「あら? わたしアラシくんの素顔、結構カッコイイと思うわよ!」
イカレ課長の不意打ちだ。
「え、そ、そうですか?」
「そうよ〜」
「うーん、そうかな〜?」
効果はばつぐんだ。アラシは照れている。
「そうよ〜」
「えへへ〜」
意外といい感じの二人であった。
そうやって、ひとしきりどうでも良いことでじゃれあった後、イカレ課長が切り出した。
「というわけで、やっつけに行きましょう!」
「具体的にどうすりゃいいんです?」
「ちょうど今日、大規模レイドイベントがあるのよ。課金チートを自慢したいはずの対象者は必ずそこに現れる。そこで待ち伏せしてちょうだい」
「え〜、待つのは苦手なんだよな〜」
アラシは文句をいってジタバタと手足を動かしてみせた。
「子どもみたいなこと言わないの!」
「……心が完全に子どもな課長に言われると、辛いです……」
やれやれ、といった感じでアラシは移動を始めた。
◇ ◆ ◇
森の中にそびえ立つ神殿風の建物の横、小さな木陰にアラシが身を潜めている。
「こちらアラシ。潜入ポイントに到着した。待たせたな」
「了解。追って指示を出すわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
しばしの沈黙
「課長!」
「なにアラシくん?」
「なんかネタを挟んでくれないと暇なんですよ! 今、色々入れられるところだったでしょ!」
アラシは潜入ネタが結構好きなのだ。
「んなこと言ってもねぇ。さっき似たような場面やったし」
「相変わらず、飽きっぽいなぁ……」
「そんな暇なら、私がこの前録音した耳かきボイスでも聞いてみる?」
「いやいや、何やってんですか!」
「ちょっと動画サイトで流したらお金儲けできないかな〜って」
「そんな簡単に儲けられないですよ。てか誰が課長の耳かきボイスなんて聞くんですか」
「え〜。アラシくん、聞かないの?」
「え、うーん……ちょ、ちょっと聞いてみようかな??」
実は興味津々のアラシ。
「はいはい、ちょっと待っててね♪」
イカレ課長はパソコンを操作している。
「準備できた。再生するわよ」
課長の囁き声が、アラシの頭にダイレクトに流れこむ。
「あらアラシくん、ここ汚れてるわ。綺麗にしてあげる……こしょ」
「うひょ!」
「こしょこしょ」
「うひょひょ!」
「こしょこしょこしょ」
「うひょひょひょ!」
課長が最後に息を吹きかける。
「ふっ」
「はぁっ」
アラシの体が飛び跳ねた。
しばしの幸せな時間を過ごしたアラシは、
「はぁ……はぁ……。課長、なかなかやりますね……」
よだれを拭きながらそういった。
◇ ◆ ◇
「あら、いけない、もうこんな時間。ユウタもそろそろくるんじゃないかしら」
「あ、あれですかね?」
神殿の前に五人組のパーティが立っていた。男は騎士の格好を一人したユウタだけで、残りのキャラクターはヒロイン役のようだ。ビキニアーマーの女騎士、ノースリーブにホットパンツの女武闘家、ミニスカートの魔道士、そして耳が生えた獣人――服装は体と一体化している――つまり裸。
「ハーレムプレイか、服装も露骨に露出度重視だなぁ」
「わたしあの獣人の子モフモフしたい!」
「はいはい、また今度ね……」
子どもをなだめる口調だ。
そんなことをしていると、ユウタたちがまさに神殿に入ろうとしていた。
「今よ! アラシくん、行って!」
「は、はい」
アラシが木陰から勢いよく立ち上がった。
課長が叫ぶ。
「BGMスタート!」
ででで〜んと重たい空気を感じさせるBGMがアラシたちの周囲に流れはじめた。
「おぉっ!」
「改造コードでゲーム内の音響効果は掌握済みよ!」
イカレ課長はシンセサイザーを操作している。既に曲は準備してあったらしい。
「な、なんだ、この音楽は!? 新しいボスか?」
「きゃぁ〜!」
聞いたことのない音楽にユウタたちは混乱している。
「『なんだ』だと? ……教えてやろう――」
アラシはユウタたちの前に颯爽と飛び出している。
「――改造だ!」
タメを入れたセリフを言いながら胸を張った。「ドォン!」とアラシのセリフに呼応するようにイカレ課長製のSEが響く。
「課長! 俺、ノッてきました!」
BGMとSEでアラシは昂ってきた。
「でしょでしょ?」
イカレ課長もノリノリだ。
アラシは古めかしいセリフを調子良く続ける。
「金にものを言わせてゲームバランスを崩す不届き者め、そこになおれ〜い。本物のチートで成敗してくれるわ!」
「はぁ? 誰だよお前?」
ユウタは喧嘩腰だ。突然訳の分からない絡み方をされたので当然だろう。
「俺は人知れずVRの治安を守るもの……名をVRアラシ!」
右腕を横に広げキメポーズをとるアラシに「ジャジャーン」とSEを入れるイカレ課長。二人の息はピッタリだ。
「何アレ、キモーい」「オタクよ、オタクだわ」
取り巻きのヒロインズがドン引きして冷たい目線をアラシに向けた。
「ふっ……うぐっ……ヒロインはそんなこといわないもん!」
アラシがいじけた。
キモい、はどこでも使える魔法の言葉なのである。やめろ、男に効く。
「……それで、何をしに来たんだ?」
ユウタはヒロインを守る姿勢をとって好感度を上げている。
「……お前を現実に返す!」
アラシが日本刀を構えた。「ジャキィン!」というSEが課長によって付け足された。
「日本刀? 異世界ファンタジーでそんなもん使うなよな」
「貴様は日本刀を舐めている。武具であり芸術品。お前のもつ下品な西洋剣とは違うのだ」
「はぁお前、俺のミリオンソォドを舐めてるのか? これにいくらかかってるのか、分かってんのか!」
「……え〜と、ミリオンだから百万円か? やっすいやっすい」
アラシは両手を体の前でぶらぶらとさせてユウタを挑発した。
「……殺す」
ユウタが剣を大きく振りかぶる。アラシの刀はその剣を受け止め――
パキィンと音を立て、綺麗に折れた。日本刀は折れ方も美しい。
「えぇーーなんでぇーーー!」
「ふっ、ざまぁないぜ! 日本刀は耐久度が低いんだ」
ユウタが剣を高く上げて勝ち誇る。
「さすがユウタさまね!」
「相変わらずかっこいー」
「濡れる!」
ヒロインズは彼らの主人公を口々に褒め称えた。
「課長! どうなってんですか!? チートはどうなって――」
「ごめん、アラシくん。BGMの作曲に夢中になって忘れてた!」
「あほか!」
「う〜、ごめんなさい〜。今からやるから」
課長がパソコンをカチカチと操作する。
「え〜と、日本刀の耐久度の改造コードは……。マニュアルどこだっけ……」
「早くしてくださいよ!」
「なるほどなるほど……まずメモリサーチをして……」
「早く早く!」
「このメモリ領域を……」
「……」
「え〜と、16進数だから……」
「……なんつーか、割と地味な作業なんですね……」
「よし! 書き換え完了!」
折れたはずの日本刀がいつの間にかくっついて、アラシの手に戻っている。
「何ィ!?」
ユウタが驚嘆して叫んだ。
「どうした? かかってこいよ?」
手をクイッと曲げ、アラシは挑発ポーズを取る。
「ちぃっ」
――キンキンキン
ユウタの剣撃はアラシの刀によって全て防がれる。
「ふははは! どうだ、お前の剣では俺の刀を破れんのだ!」
「一体どうなってやがる!? ちっくしょおお!」
――カキンカキンカキン
アラシは再度全ての攻撃を防ぎ、言い放つ。
「カキンカキンと煩いやつだ。これがホントの課金ゲームって奴か?」
「うわ〜、寒いダジャレ!」
「完全にスベッてますわ!」
「しっ、ユウタさまはもうすぐ受験よ!」
ヒロインズが各々ツッコミをいれる。
そんなヒロインズを尻目にユウタが意を決した様子で叫ぶ。
「ちっ、こうなったら武器に投資だ。この剣を進化させる!」
「ユウタさま、危険よ! お小遣いがもたない!」
「構わん! 投資! 一千万!」
「一千万円!? もったいないわ!」
「私に頂戴!」
ヒロインズがユウタを止めようとしたが、無駄だった。
ユウタの剣からぷしゅぅと煙が吹き出す。数秒して煙が晴れると――
「これが……テンミリオンソォドだぁ!」
前の剣の十倍ほどの大きさになっている。他の見た目はあまり変わっていなかった。
「いや、でかくなっただけじゃん……」
「うるさい! 大きさこそ富の証。見よ! この神々しさ……」
ユウタは満足げに剣を眺めている。
「アラシくん、このゲームでは強い武器ほど大きいの」
どうやら単純な大艦巨砲主義ゲームらしい。
「それで、どうしますか? 課長?」
「そうね、もう定時が近いわ。早く帰りたいし、一気にカタをつけましょう!」
「定時は命より大事ですからね!」
カタカタとキーボードを叩くイカレ課長。慣れてきたのか改造の操作が早くなっていた。
「資産マックスコード入力完了! アラシくん、いいわよ!」
「よ〜し」
ユウタを前にアラシの口上が始まる。
「ふっ……、一千万など国家予算から比べればしょせん雀の涙。その程度でイキるとはお前の小市民ぶりが知れるというものだ。見せてやろうこの俺の力を」
「な、なんだと?」
「投資! 10億!」
「な、なにいぃ! じ、じゅうおく!?」
ユウタが目を丸くして驚き、
「な! なな! なんだってぇーー!」
イカレ課長はシンセでリズムを取りながら、SEで歓声を足してくれる。課長の声をサンプリングしたものを使っているらしい。
「素敵!」
「抱いて!」
「私に頂戴!」
ヒロインズの手のひら返しは早かった。
武器の進化エフェクトが終わると、煙の中から巨大ロボット用のものかと思うほどの日本刀が現れた。アラシの手から離れ、空中に浮いている。
「そんなのありえるかぁ! てかスケールが違いすぎて握れねえじゃねぇか!」
ユウタの突っ込みに対し、アラシは冷静に答える。
「確かにそうだ。だが俺の意のままに動く。達人の武器と体は一体というからな」
そういうと、人指し指をコマのようにくるくると回した。巨大な刀も同じようにくるくると回った。
「ついでに言えば俺の予算は湯水のように湧いてくるのだ」
ゲームのお話です。
「ぐっ……」
ユウタはがっくりと地面に両手をつく。戦意を喪失したようだ。
「……ちくしょう……俺の唯一得意な課金ゲームで負けた。俺はこれからどうしたら……」
「現実へ帰るんだな。お前には受験勉強があるのだろう?」
「……勉強したら、あなたぐらいお金持ちになれますか?」
「そうだな……公務員を目指すんだ。別のものが手に入るだろう」
「別の……もの……。そうか、やりがいか!」
「いや――」
「分かりました! 俺、頑張ってみます! お金以外の幸せをみつけてみます!」
「……頑張れよ!」
「そんな〜」
「次の主人公を見つけなきゃ〜」
「ちっ、しけてんな〜」
ヒロインズは皆がっくりと肩を落とした。
◇ ◆ ◇
「はぁ〜、疲れたぁ」
「お疲れ様!」
イカレ課長が現実に戻ってきたアラシをねぎらっていた。
「こんな感じで良かったんですかね?」
「完璧じゃないかしら?」
「いやぁ〜でも意外と働くのって楽しいですね!」
「ほんとよね。なんで私たち今までサボってたのかしら」
「仕事と書いて、遊びと読む!」
「私たち、これでもう立派な社会人ね!」
「あはははは」「あはははは」
二人の馬鹿笑いは延々と続く――かに思えたがそこに電話の音が鳴り響いた。
「なによ〜。もう定時よ!」
「課長、無視して帰りましょうよ」
「ま、今日は気分がいいから、ちょっと出てやりましょう!」
「うわぁ〜、初めての残業ですね! 偉い! 俺たち!」
――ガチャッ
課長が電話に出た。
「はい、碇です」
彼らに部署名はないのである。
「はい……えぇ……はい……そうです……ええっ〜〜!」
部屋に課長の驚きの声がこだました。
感想お待ちしています。
次回「VS努力チート」のお仕事