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第一話:この物語はフィクションです。

 小さな事務所の一室。二人の人間がいる。ここは彼らの職場のようだ。一人はよれよれのスーツ姿のスケベそうな顔をした若い男。もう一人は背の小さな可愛らしい女。見た目は若いが年齢不詳。なぜか、この場には似つかわしくない白衣を着ている。


 男がカチカチとパソコンを操作しながらぶつぶつと独り言を呟いている。

「お、この小説、『なろう』に新しい話がアップロードされてるぞ」


「……ふむふむ……え〜! こんな展開とは……」

 WEB小説を読みふけっているようだ。


 白衣の女が、男の背中ごしに話しかける。

「アラシくん、アラシくん!」

「なんですか? (いかり)課長。俺、今小説読むのに忙しいんですけど!」

 男の名はアラシ、女の名は碇――見た目からは想像できないが課長らしい。


「聞いてよ! なんと! ついに私たちに仕事が回ってくるらしいの!」

「ええっ〜」

 アラシが素っ頓狂な声を上げた。


「俺たちエリート窓際族じゃないですか! 仕事なんてしたらアイデンティティの崩壊! 存在意義の否定! てか、面倒くさい!」

 窓際族としてのプライドを守るためアラシは椅子から立ち上がる。


「そうは言ってもねぇ。一応私たち公務員だし。愚民ども――もとい国民の皆々様の税金を頂いている以上は、たまには働いてるフリしないと駄目なのよ」

 決して、働くとは言っていない。


「えぇ〜……。フリなら今でもしてると思うんだけどなぁ……。それで、どんな仕事なんですか?」

「ほら、最近VRゲームの……『未帰還者症候群みきかんしゃしょうこうぐん』とかいうのがニュースになってるじゃない?」


「あぁ。まぁ格好つけて言ってますけど、要は単なるVRゲーム中毒ですよね? ゲーム会社への配慮かなぁ。全く、世の中言葉狩りばっかで嫌になっちゃうなぁ」

 言葉狩り、英語でいうとLanguage(ランゲッジ) Hunter(ハンター)。ちょっとかっこいい。


「それでね、有権者の皆様から政府の方にクレーム――もといありがたいご指摘を頂いているってわけ」

「はぁ……まぁどうせ偉そうに日本の将来が心配だとか、余計なお節介を焼いてるんでしょうけど」


「ほんとよねぇ。もっと税金納めてから言ってほしいわね」

「ほんとですねぇ。もっと俺の給料上げてくんないですかね」

 世の中、タダ飯ほど旨いものはない。


「それで、何で俺たちが働かないといかんのですか?」

「ほら、今のうちの大臣って立場が弱いじゃない? それで、政府のお偉いさん方で会議したら、『じゃ、この案件は総務省(そちら)で……』って丸投げされちゃったらしいのよね。んでうちのウスラトンカチ――もとい上級官僚の皆様で話し合って、『じゃ、この件は碇くんのとこで』ってまた丸投げになったらしいのよ」


「じゃあ、俺たちもそのまま丸投げしましょうよー。公務員(われわれ)といえば丸投げじゃないですか! いっつもやってるじゃないですか!」

「そうは言っても、私たちの仕事を引き受けてくれる人なんて、総務省(うち)の中にも外にも、もういないじゃない」

もちろん彼らの過去の悪行のせいである。いわゆる自業自得。


「そもそも、なんで総務省(ウチ)なんですか! 健康被害なら厚労省の管轄じゃないですか!? それに経産省だってVRゲームの促進は経済効果があるって躍起になって広めてたじゃないですか!」

責任の押し付けは、仕事の基本スキルなのである。「誰の」とは言わない。


「まぁVRの普及に一番大変だったのは通信帯域の確保と通信技術の開発。アホども――もとい、一般の皆様はご存じないでしょうけど、通信帯域の確保だって簡単じゃなかったんだから。携帯とテレビだけが電波使ってんじゃないっつーの。まぁ、わたしは何もやってないけど!」


「要はうちが絡んでたってことですか?」


「――新しい通信技術の開発だって大変なんだぞ! まぁ開発するのは通信キャリアとメーカーだけど!」


「碇課長、聞いてます?」


「――それなのに通信料金が高いだとか、テレビ番組が下品だとか、国民放送の料金払いたくないとか、サイバーセキュリティは大丈夫なのかとか――」


「イカレ課長!」

 碇課長はよく暴走するのだ。そんなときの彼女を、アラシはイカレ課長と呼んでいた。


「……は。ご、ごめん、アラシくん」

 イカレ課長が我に返った。


「はぁ……。まぁ、直接の健康被害の救済は厚労省だけど、VRゲームに対する抜本的な対策ということなら、うちしかないってことになるんじゃないかしら?」


「……意外とまともな意見も言えるんですね」

「知らんけどね」

 この女、適当を極めている。


「それに、ぶっちゃけ、ほら、窓際族って暇じゃない? ちょっと飽きてきたって言うか」

「まぁ、一日中ネットサーフィンしかしてないですからね。最近はSNSやら動画サイトがあるんで俺は飽きないですけどね。ほら、最近話題のこの小説投稿サイトなんて知ってます? タダで小説が読める――」


「嫌だぁー。ちょっと遊ぼう――じゃない、働いてみようよー。ねぇねぇ」

イカレ課長はアラシの肩を駄々っ子のように揺すった。


「それに、この仕事引き受けたら私たちもちゃんと部署名が貰えるらしいの。ほら、今まで部署名すらなくて、皆に馬鹿にされてたじゃない!」

「窓際族に部署名なんていらないです。あんなの飾りです。馬鹿にしたい奴には馬鹿にさせておけい!」

かっこつけてるが、働いているわけではない。


「……ぐすっ……ぐすっ」

 イカレ課長が泣き出した。勿論、嘘泣きだ。


「……はぁ……それで、具体的には何をやるんです?」

 アラシくんは意外と女の涙に弱い。


「VR荒し(アラシ)!!」

 彼女は両手を高々と上げながら自慢げにそう叫んだ。なぜか「どーん!」という効果音が聞こえてきそうだ。



 ◇ ◆ ◇



「……いや、全く意味わからないんですけど? てかアラシって俺の名前とかけてるだけじゃ?」

「要はね! 『未帰還者症候群』の原因は、現実世界よりVR世界の居心地が良いからに他ならないの」


「まぁそれはそうでしょうね。現実世界じゃ、勉強がどうだとか、仕事がどうだとか、出世がどうだとか、結婚がどうだとか、税金がどうだとか、うるさいですからね」


「私たちが言えた義理じゃないけどねっ!」

「ほんとですねっ!」

 二人はガシっと腕を組んだ。棚上げは人間が前向きに生きための知恵なのである。


 イカレ課長は「ごほん」と一度咳払いをして、その場でくるりと一回転する。白衣がバサッとはためいた。

「そこで! わたしは考えました!」

 人差し指を上げて自慢げだ。


「何を?」

「VR世界を滅茶苦茶に犯して――荒らしてしまえばいいんじゃないかって」

「相変わらず過激ですね」


 イカレ課長は話を続ける。

「特に『未帰還者症候群』とその予備軍と思われるプレイヤー達を狙ってPK(プレイヤーキル)をしかけたらどうかなぁと……」

 少し上目遣いをしながらアラシを見つめる。


「……それで、誰がVRに入るんですか?」

「そりゃ、うちのエースであるアラシくんしかいないわね」


「うち、課長以外に俺しかいませんけどね」

 うちのエースはお前と言って部下を働かせるのは、上司の必須技能だ。


「それに、あなたVRゲームやったことあるでしょ?」

「まぁ少しは……。でもそこまで強くないですよ。『未帰還者症候群』って事は間違いなくかなりの高レベルのプレイヤーたちですよね? 俺ごときが倒せるとはとてもじゃないけど……」


「そこは大丈夫。今回の仕事にあたり、各VRゲーム企業とのパイプが作ってあるらしいの。ゲームの裏コードも入手済みよ」


「……なるほど、国家権力による公認チートってわけですか」


「いやねぇ、日本の治安維持のためのVR世界への武力介入よん♪」


「……分かりました。国の平和を守る。なかなか面白――もといやりがいのある仕事に、不肖荒巻(あらまき)アラシ、微力ながら尽力させて頂きましょう」

 大義名分とはたいがいの場合、嘘である。


「さっそく始めましょう!こっちにきて」

 イカレ課長が部屋の一角にあるロッカーを空ける。


 ロッカーに近づいたアラシが叫んだ。

「なんじゃこりゃぁ!」

 ロッカーの奥が通路になっていたのだ。


「こんなのいつ作ったんですか?」

「この前の三月にね。年度末の予算が余ってたから」


「そもそも、うちに予算なんてあったんですね。部署名もないのにどうなってんですか?」

「機密費よ」

「……闇が深いなぁ……」



 ◇ ◆ ◇



 ロッカーを抜けるとそこは楽園だった。中央に大きなリクライニングシート。その側にはデスクとコンピュータが置いてある。

 壁際にはソファもある。他に、テレビ、ゲーム機、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、電子レンジ、炊飯器、マッサージ機、他にもわけの分からない機械。

 なぜか点滴まであった。それに壁には少年マンガが並ぶ本棚。


「なんじゃこりゃぁー!」

 アラシはもまた叫んだ。


「いや、予算使い切らないと来年度の予算が減っちゃうから。結構大変だったのよ」

 この物語はフィクションです。


「ただの豪華な部室みたいになってますね」

「まぁ、それは良いとして……。さぁ、そこに腰掛けて」


「はいはい」

 アラシはリクライニングシートに腰掛けた。


「じゃあこれ被って」


「あれ、こんなVRデバイス見たことないんですけど……。なんかでかいと言うか、ものものしいというか、メカメカしいですね」

 頭部を全部包み込むフルフェイスヘルメットを少し角ばらせたような形。そこから無数のプラグが伸びていてコンピュータに接続されている。若干、手作りの試作機感がある。


「一般人が使うものより機能を追加してあるのよ。プロ仕様ね!」

「プロの『荒らし』ってのも新しいですね」


 そう言いながら、アラシはそのヘルメットのようなものを被った。


「それじゃいくわよ!」

 イカレ課長がVRデバイスからの伸びたプラグを接続したコンピュータを操作する。


「VRエントリーシステムスタンバイOK。最終確認シーケンス開始……」

「脳波レベル5。正常範囲内」

「脈拍120。少し高いけど、問題ありません」

「エントリーいけます!」

「カウント5、4、3……」

「うひょー! もう我慢できないわ! カウント省略!」

「VRアラシ 始動!」

 イカレ課長はコンピュータを操作しながら一人でノリノリだ。


「その一人芝居、要るんですかね……」

 静かに突っ込みを入れながらアラシはVR世界に向かって精神的に飛び立った。


この小説は仕事中にこっそり書いています(嘘)


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