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虎になった男は何を思う?(山月記)

<一部>

高官を目指して勉強に励む2人の男、リチョウとエンザン

自信家のリチョウに対して、エンザンは穏和で、リチョウにとって唯一の友人だった。


見事に、王都の役人となった2人だったが、まだ身分は低くたいした仕事は与えられなかった。

リチョウは、トップクラスの成績で、同僚たちのことを下に見ていた。

だが、上司の指示には従うほかなく、次第に仕事がバカらしくなって官職をやめてしまう。


リチョウ「俺ほどの文才があれば、後世に何百年と残る詩が書けるだろう。無能なやつらに使われるくらいなら、詩人となって後世に名を残した方がいい」


こうして、リチョウは作詩に没頭していく、そして数年が過ぎた。

しかし、作詩は難しくなかなか良いものが出来ない。

すでに妻子をもっていたリチョウは、貧困に屈して、地方の官職につくことになる。

これは、自分の才能のなさを認めることでもあった。


地方の官職は、王都の役人から仕事を頂かなければならず、

それは、リチョウが、かつて見下していた同僚だった者達から仕事を頂くということでもあった。

リチョウには、それが耐えられなかった。


ある時、リチョウは出張で南部に行くことになった。

そして、宿に泊まっている時、ついに発狂して、宿から飛び出し暗闇の中に消えていった。


翌日、あたりの野山を探し回ったが、リチョウの姿はなく、

それ以来、リチョウの姿を見たものはいない。



<二部>

数年の後、リチョウの親友エンザンは出世して監理史になっていた。

エンザンは南部へ王の命令書をもってやって来た。

エンザンは山のふもとで宿を取り、翌朝、山越えをしようとするが、

宿の主から、山越えは昼にした方がいいと忠告される。

なんでも夜に人食い虎が出るらしく、朝、まだ日が暗いと危険だというのだ。

しかし、エンザンは大人数だったので、宿の主に大丈夫だと告げて早朝に出ていった。


山の中腹に差し掛かった頃、茂みの中から一匹の大虎がエンザンに襲いかかった。

虎はエンザンの顔を見ると、襲うことをやめ茂みの中に隠れた。


「あぶなかった・・・」 茂みの中から声がした。


エンザンはその声に聞き覚えがあった。

エンザン「そ、その声はリチョウではないか?」


エンザンは茂みを見渡し叫んだ。

「リチョウ、そこにいるなら姿をみせてくれ!」


エンザンが茂みに入ろうとすると声がする 「だ、だめだこないでくれ!」


リチョウ「お前に、こんな姿は見られたくない、俺は虎に・・・獣になってしまった・・・」

エンザン「なんと!」


リチョウはエンザンに、虎になったいきさつを話した。



<三部>

出張で南部の宿に泊まっていると、外から俺の名を呼ぶ声がする。

「リチョウ、お前はこのままでいいのか?」


リチョウ:「だ、だれだ!」


「お前は、後世に名を残す詩人になるのではなかったのか?」


リチョウ:「で、でてこい!」


リチョウは宿の窓を開け、外を見回した。

茂みが少し風でゆらいだだけだったが、リチョウは何かを見つけたのか

訳の分からないことを言って、その茂みに向かって走り出した。


そして、いつしか両手足を使って走り、手足は毛におおわれ、泥まみれになっていた。

気がつくと、俺は虎になっていた。


俺は恐ろしくなって、これは悪い夢だと思った。

きっと、詩を考えすぎておかしな夢をみているのだと・・・。


すると、一匹のウサギが野から現れた。

次の瞬間、辺りは血だらけで、ウサギの毛が散らばっていた。

そして、おれの手や口にもウサギの血がついていた。


これが虎になった最初の記憶だ。


それから、ウサギ以外のもの・・・恐ろしくてお前には話せないようなこともしてきた。

虎はうつむきながら、エンザンに話した。


リチョウ「なんで、俺は虎になってしまったのか・・・まるでわからない」



<四部>

エンザンがリチョウの話に聞き入っていると、リチョウは言った。

俺は、次第に虎でいる時間が長くなっていて、人間の意識でいる時間は短くなっている。

そんな時は、また昔の様に作詩にふけっている。


そうだ、どうか人間の意識でいるうちに、お前に一つ頼みがある。

俺の書いた詩について、お前の意見が聞きたい。俺の詩は、後世に残るような詩だろうか?


リチョウは、書き溜めていた詩をエンザンに渡した。

リチョウ「どうだろうか・・・」


エンザンは詩に目を通した。

確かにリチョウには非凡な才能があった。だが今一つ何かが足りない気がした。


リチョウは話し続けた。

最初は、なぜ虎になってしまったのか、よく考えていたが、最近では、なぜ俺は人間だったのかと考えている自分に気がついて、恐ろしくなった。

いや、完全に虎になってしまった方が、俺にとってよいことなのかも知れない。


エンザン「この詩は王都にもって帰って、お前の妻子に渡そう」


リチョウ「妻子には俺は死んだと伝えてくれ、それと妻子の事をよろしく頼む」

リチョウは自分のおかしさに気がつき、笑った。


リチョウ「さきほど、なんで虎になったかわからないと言ったが、思い当らなくもない」


俺は、まず妻子の事を頼むべきだったのに、虎になった今ですら自分の詩の事が気になった。

こうした人でなしの考えが、俺を獣にしたのだ・・・。


自分よりも劣ると思っていた人間が、長年、多くの人たちに磨き上げられ立派になっていき、

才能に溺れた俺は、人との交わりを避け、ついに獣にまで身を落としてしまった。


リチョウ「エンザン、ここを立ち去って山頂までいったら振り向いて、俺の獣になった姿をみてくれ。お前がこの道を二度と通りたくならないように、俺の今の姿をみせてやろう」


エンザンは、言われたとおりに山頂から道を振り返った。


一匹の大虎が、茂みから姿を現し大きな咆哮をあげて、また茂みの中に入っていった。


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