潜入! カルト教団
某カルト教団は、一族郎党を丸ごと取り込むため、アヴェックや夫婦、特に子連れでの参加が奨励される。主に若い女を在家信者として取り込み、その女達による激烈な折伏で男を巻添えにする事が多く、男達の財政を破綻させる被害が続発している。
俺は柚とカルト教団の根拠地に潜入を試みた。
今回のミッションは、柚という名の若い女と国内カルト教団根拠地の偵察。俺の任務は柚のボディーガードと証拠採取だ。
柚がテーブルに広げた教団の地図には、広大な敷地の中央にある西洋の城砦を模した本殿を多数のサティアンが取り巻く様子が描かれている。柚の話では、この地図には載っていないが、地下は無数のトンネルがヴェトコンの地下陣地のように本殿と各サティアンを極秘に連携しているとの事だ。
何よりこのカルト教団の特徴は、一族郎党を丸ごと取り込むため、アヴェックや夫婦、特に子連れでの参加が奨励されることだ。年少者、主に若い女を在家信者として取り込み、その女達による激烈な折伏で男を巻添えにする事が多く、男達の財政を破綻させる被害が続発している。
根拠地に向かう高速道路。何気なく見れば、ありふれた国産の四ドア・セダンだが、ボンネットの中ではV型六気筒エンジンにフィエル・インジェクターがレイプするペニスのようにガソリンと空気を突ッ込み、パドルシフトを操作する度にタコメーターの針が跳ね回り、二三五/四〇‐ZR‐十八のタイヤが路面を蹴立てる。
ナビシートの柚は慣れたモノらしく、シートベルトにホールドされたまま眠っている。見かけによらず大した度胸だ。
首都高湾岸線を降りるとカルト教団を示す道路標識が堂々とある。この地域の警察や公安委員会まで取り込んでいるのだろう。化学兵器テロを起こした某真理教が児戯に思える強大さだ。
広大な駐車場に車を入れ、入口ゲートに近いパーキングスロットに止める。隣接する大型車用のパーキングには、在家信者を満載した大型バスが続々と到着し、近くの駅からも信者が列をなす。
俺は証拠採取用のデジカメ、予備の電池やメモリーカードなどを詰めた英国ブレディ社製のフィッシングバックを肩に掛け、柚は周囲の信者達と同じような色彩のリュックを背にしている。
柚が俺の手を引き、小走りにゲートに向う。根拠地をぐるりと囲むコンクリートと鉄の柵。入口ゲート付近は、幾千万もの在家信者であふれ、その熱気は凄まじいばかりだ。ざわめく声は日本語だけではなく、中国語や朝鮮語、ピイピイ・ピュウピュウと耳に伝わるタガログ語や英語も混じっている。国外からも在家信者を集める強大さ、俺の背筋に冷たいものが走った。
ゲートが開く。信者共は我先にと門をくぐる。俺達もインターネットで御布施を収めて入手した通門証を提示して中に入った。だが次の瞬間、驚くべき風景が目に飛び込んできた。風紀紊乱もここに極まれりといった様相は、目を覆いたくなる。
事前に読んだ資料によれば七歳だという少女、それが胸元の開いた派手なドレスを着用し、同棲している七人の小男……陰茎だとか中出しなどという卑猥な名と記憶している……を引き連れてノシ歩く。その横には野獣や家畜をイメージした着ぐるみ達が愛想を振りまく。
「……さんッ!」
小さく叫んだ柚は、向日葵の花を思わせる笑みで黄色い着ぐるみとハグを交わす。柚と着ぐるみを証拠写真に収めた。だが、この着ぐるみは俺にもハグを求めてくる。俺の後ろにいた信者の女の「写真を撮ってやる」と言う言葉に場の空気を読んでデジタルカメラを渡し、俺も柚と一緒にハグを交わす。カモフラージュは完璧だ。証拠写真を撮り終わり、信者に礼を言いカメラを受け取る。今度は俺が信者のカメラで写真を撮ってやった。
しかし、この黄色い野郎は常軌を逸した露出狂だ。上半身はサイズの合わない赤いシャツを着用、下半身は下着も着けず露出している。
地図を持つ柚が俺の手を引き足を早める。現れたサティアンは教団の聖典なのだろうか、本を模していた。名称を見れば軟派とあった。
入口には早くも信者たちの長大な列ができている。だが、地獄の沙汰もカネ次第とはよく言ったモノだ。うごめく在家信者達の列を横目に、事前に教団へ特別な喜捨を掴ませていた俺達は、キャストと名乗る出家信者に誘導され、列を横目にサティアン内に招かれた。
通路を進み、側面にHONEYと書かれた骨壺のような乗り物に柚と乗る。
森林内を模した建物内を進むと全裸に赤いマントを羽織ったウサギが走り回る。村落内では下半身を露出した先程の黄色い野郎がロープにつるされ、大股開きで屋根に上る。露出プレイのカーマ・スートラのようだ。
短時間でイニシエーションは終わった。このようなイニシエーション毎に寄進を求められる。侮れない集金力だ。
次のイニシエーションまでの時間調整のため、西洋の城砦を模した建物に立ち寄った。石造りのアーチをくぐり、内部に侵入する。柚はまるで仔鹿のように目を輝かせ跳ね回りながら偵察を開始する。
王宮でも模したかの様な部屋に入る。ドーム型の天井は青と白に塗り別れれているが、イランのシャー・チェラーグ廟の荘厳なモザイクタイルから比べれば百均レベル以下だ。
周囲では何人もの信者が入れ代わり立ち代わりして座っている背もたれの高い椅子、それに柚も腰を下ろした。ポーズや方向を変えながら数枚の証拠写真を撮る。その後もガラスの靴に足を入れたりし、この建物内だけでも二〇枚以上の証拠写真を収めた。
次に向かったサティアンは、ティッツ・ファック(パイズリ)を連想させる名称の射精・マウンテン。先程のサティアンを見た俺は、もう驚かない。
岩山を模したサティアンに近づくと轟音とともに多数の悲鳴が響く。いかなるイニシエーションかと身を固くしたが、柚は平然と歩を進めている。ここでも喜捨を示すカードを見せ、信者の列の先に入り込む。
建物内では丸太を模した乗り物に乗せられ、ゆらゆらと水路を進み始めた。洞窟を模した室内は暗い。浮浪者のような恰好をしたウサギ、アヒルの楽団、カウボーイスタイルのオオカミ、暗闇の諸所にライトアップされたキャラクター現れる。
不意に乗り物の速度が上がる。屋外の光が目に飛び込んできた瞬間、落下が始まった。強いマイナスGが心臓を押し上げる。乗り物ごと水面に叩きつけられ、砲弾の弾着を思わせる衝撃が伝わり、水しぶきが上がる。なかなかエキサイティングなイニシエーションだ。
速度を減じた乗り物は、ゆらゆらと出発点に戻った。先に乗り物を降りた俺は、笑顔の柚を写真に収め、手を取って出口に向かう。出口で出家信者がこの先の小屋へ寄れという。
柚が汗をぬぐっていた。腕時計に組み込まれた寒暖計の針は、三〇度以上を示していた。脱水の恐ろしさは十分承知している。最悪、生命さえ危ぶまれる。
柚の持つ地図を見る。近くにあるはずの食堂の場所を尋ねると、映画「風と共に去りぬ」を思い出すような外観の建物を指さす。
予定を少し変更し、喜捨の力で他の信者を押し退け食堂に踏み込む。内部は優雅なヴィクトリア朝様式に作られている。
案内に来た出家信者は、にこやかな笑みを浮かべ、サーモンピンクの服にオレンジ色のリボンタイを結び、白いエプロンを着けたメイド姿だ。片えくぼが、なかなか可愛い。
席につきメニューを開く。カルトの食事と言えば、某真理教のサットヴァ食品を連想するが、女・子供を取り込む目的の為、華麗な盛り付けがメニューに広がる。柚は目の色を変えてメニューを見ている。俺もメニューを見たが、ドリンクのところで固まった。ワインはおろかビールすらない。そう、教団敷地内は飲酒厳禁、喫煙できる場所すら極限される。まるで世界で初めて国民に禁酒・禁煙を奨励した菜食主義の国家元首、アドルフ・ヒトラーが描く理想郷を思わせる。やたらにサラダが付いてくるのはその影響かもしれない。
セットメニューと別にア・ラ・カルトのデザート一品とノンアルコールビールを注文した。
意外なほど早く運ばれてきた料理は、ミシュランの星やゴー・エ・ミヨのコック帽を虎視眈々と狙う店とは無縁な味だ。出家信者に2本目のノンアルコールビールを注文した。柚はガラス製のコーヒーカップに入ったデザートを満足そうに口に運んでいる。
腹ごしらえを終えた俺達は、次のサティアンの偵察に向かう。はやる柚は早足になる。だが出口前で呼び止め、バックからUVミルクと表示されているボトルを出して渡す。入門前に塗っていたのだが、念のため再度塗布させて外に出た。
突如、我々の進路が塞がれた。この教団のシンボルとも言える黒いネズミだ。その姿は、上半身裸体で赤い半ズボンをはき、白い手袋をしている。さらに後方からは、メスのネズミが短いスカートのワンピースでパンティーを露出して続行する。これで胸も露出していれば、バルセロナで目にするモルドヴァやルーマニアあたりから出稼ぎに来た路上売春婦のようだ。
俺の鋭い戦術的思考が目的を看破する。露出したパンティーに劣情を刺激されたオスがメスを襲う。その結果ネズミ算式に繁殖し、繁殖した子孫にペストなどの細菌兵器を仕込み、日本中でパンデミックを発生させれば経済活動は制限され、国家損失は計り知れない。その意図の傍証のようにメスネズミが着る服は、国旗を反転化した赤字に白の水玉模様、日本国に対する害意が透けて見える。ネズミ共が着けている白い手袋は、細菌兵器の防御用なのだろう。ここでも証拠写真を撮り、俺達は次のサティアンに向かった。
途中で小屋へ立ち寄る。スプラッシュ・マウンテンで渡された紙を見せると俺達に写真が突きつけられた。見ると落下途中の俺達が写っている。これは「貴様のツラは押さえてある」というプレッシャーを与えるためだろうか。周囲を見れば、他の信者たちは嬉々として買っている。俺もそれに倣い、言い値で買うと肩から下げたバックに入れた。
午後からは戦闘的なイニシエーションが続いた。最初は宇宙服を着たキャラクターと協同し、現出する敵を次々と射殺するイニシエーション。次のサティアンでは、市街地、事務所、倉庫と場所を変えながら偽装・隠蔽・掩蔽するターゲットを発見・捕捉する。共通するのは、コンバット・シューティングの技術を多く含むことだ。この教団の発祥がアメリカのせいかもしれない。しかし、共産党系の暴力革命や某真理教の様なテロの下地になるとしたら国家の安寧を揺るがす。
その後もいくつかのイニシエーションを受け、いくつかの教団直営売店で証拠物件……派手な彩色の缶に入った食品、教団のシンボルが入った文房具等の雑貨類……を確保した。
日が落ると電飾に飾られた山車の列が音楽とともに道路を我が物顔にやってくる。まるで大名行列のようだ。聞こえてきた音楽には聞き覚えがあったが、アレンジが違うので気付くのが遅れた。映画「フルメタルジャケット」のエンディングシーンの曲だ。山車の上ではあのネズミのつがいが道化師のように踊っている。信者達は口々に熱狂的な喝采を叫び手を振る。ビデオやカメラを向ける者も多い。俺も動画と静止画を切り替えながら柚と行列を証拠写真に収めた。
行列が過ぎると突如、野戦砲の突撃破砕射撃を思わせる爆発音が空気を震わせる。城砦をバックに花火が上がり、信者共の歓声が轟く。
これは暗夜に燃え上がる松明を掲げ、荘厳な音楽を響かせるナチスの集会手法を真似たのであろう。だが音楽は、荘厳な曲調のナチスと違い、軽快かつキャッチーだ。この範を選ばぬ柔軟性、徹底した集金力、老若男女を引き込む宣伝力、これこそが、このカルト教団の力の源なのだ。
数分で花火が終わる。正確無比の国産クウォーツ・ムーヴメントを採用した腕時計を見る。離脱の時間だ。俺は柚に腕時計を示したが、まだ偵察が足りないとその目は訴えている。恐るべきアグレッシヴさだ。しかし、孫子の兵法には走為上、すなわち三十六計の最後の計「走ぐるを上と為す」ともある。証拠を確保し、生きて帰ることが任務なのだ。
離脱中にカントリーハウス風の売店に立ち寄る。出窓には黄色い露出狂が幾十人も飾られている。柚の双眸が大きく開き、貌が輝く。
「プーさんっ!!」
柚の声に耳を疑った。プー(ウンコ)だと?! このキャラクターが黄色い理由は理解できたが、露出狂でスカトロとは……トンでもないド変態野郎だ。
柚子は私の手を振り解き、仔ウサギが跳ねるように中へ足を踏み込む。無数のウンコ野郎がインドのヒンドゥー教寺院の全面を飾る交合姿を象ったミトゥナ像……四十八手や口唇以外にも同性や動物との行為も……を思わせるほど無数に飾られていた。
柚は店内を跳ね回るように偵察し、満面の笑みで時折展示物を手に取り詳細を確かめている。
突如、柚の目が俺にアイコンタクトを取る、重要物件と。手にしたウンコ野郎は、柚の座高をはるかに超えている。俺は柚の手からウンコ野郎を確保する。
白いブラウスに灰色のベストを着けた出家信者に喜捨を渡し外に出た。
駐車場へ戻った俺達は、手提げ袋に納めた証拠物件を後部座席の床に置く。ウンコ野郎のぬいぐるみは柚が自ら確保するというので、シートベルトを締めたことを確認し膝の上に載せる。鼻先が柚の頭の位置にある。厳重に確保するのは証拠保全のためだろう。
俺もドライビングシートに座り、サイドコンソールの中にあるUSB端子にスマートフォンを接続し、シートベルトを締めた。スタータースイッチを押すとV型六気筒エンジンが雄叫を上げる。アクセルを数回ブリッピングしてエンジンオイルに喝を入れシフトレバーに手を伸ばした瞬間、スマートフォンが鳴った。ステアリングの通話ボタンを押す。聞こえてきたのはコードネーム「山の神」の声だ。少々使い過ぎた偵察費用を弁ずるクレジットカードが気になったが、離脱開始だけ伝え通話を切ろうとしたとき、別の女の声が聞こえた。
「お父さん柚に甘過ぎッ! 夏休み……」
その声を無視して通話を切り、ナビシートに視線を向ける。こぼれる様な笑顔の柚の唇が動いた。
「お爺ちゃん、また来ようね」
「ああ、そうしよう。次は、お婆ちゃんも一緒にな」
そう答えると首都高に向けてアクセルを踏み込む。教団の看板がルームミラーから消えた。
御高覧を感謝いたします。
1 文体をハードボイルド風に仕立てました。
(1) 文頭で興味を持てましたか。
(2) 最後まで読めたでしょうか。
(3) 読むのを止めた場合、位置・理由を御教示下さい。
2 英語を意図的にスラングとして誤読しました。
ジョークとして認識できたでしょうか。
3 読者のミスリードを誘うため「丸い卵も切りようで四角」で表現しました。
(1) 笑うことができたでしょうか。
(2) どの辺りで主人公や教団の正体に気付いたでしょうか。
4 その他、御指導いただける事は何でも。
参考:映画「フルメタルジャケット」のエンディング
https://www.youtube.com/watch?v=PmILOL55xP0