10話 不信
『勇者』がドラゴンを倒したという話は次の日には俺たちが宿をとっている街に、そして数日のうちに国中に広がって行った。
「さすがは勇者様だ」「これでこの国は安泰だな」そんな声がそこかしこから聞こえる。もはや国中がお祭り騒ぎに発展しそうな勢いだ。
しかしそれとは反対に俺たちはお通夜ムードが漂っている。なんせ1人とはいえ同じ日本人が目の前で死んだのだ。とてもお祝いなどする気にはなれなかった。
アドレフ聖騎士長や護衛の聖騎士たちも、自分たちという護衛がついていながらと、俺たちに謝罪してくれたし、リオ教皇も福田君の死を悼んでくれた。
ただ同時に、リオ教皇は、「勇者殿の仲間が死んだということは公表しない」と言った。魔王が復活して皆が不安になっている時に、たとえ竜が相手であったとしても勇者殿の仲間が死んだということは不安をあおる結果になるだろう。とのことだった。
東雲君や泉川さんなどは何故だと教皇に詰め寄ったりもしたが、結局教皇の意見は覆らなかった。
もともと聖統教会は勇者召喚を行ったことは公表していたが、勇者の仲間が何人いるかについては公表していない。世間も『勇者』という存在がいればと安心しており、仲間が何人いるかについては、そこまで関心が無かったこともあり、教会側に情報公開を求めるものもいなかった。そのためこの件は教会が口をつぐめば誰も疑問に思う事すらないのだ。
その後俺たちは、福田さんの死に動揺していることを考慮して、3日ほど訓練などを取りやめ休むように言われた。
どうやらアドレフ聖騎士長が教皇に掛け合ってくれたらしい。
◇◇◇
俺は教会の敷地をうろうろしていた。部屋にこもっていると気分まで暗くなりそうだったので、せめて屋外の明るい所へとでも思っていたのかもしれない。
教会の外壁付近を歩いていたのだが、……好奇心は猫を殺すだったかな。
「しかし、今回の件は困ったものですな」
「そうですかな? 12人もいるのです、称号持ち以外が死んだところで問題ないでしょう」
「確か、死んだのは特に能の無いものでしたな。ステータスは確かに高かったが、言ってしまえばそれだけの者だ」
「『勇者』『剣聖』『聖女』が生きているのです。他の者が死んだとしても問題ないでしょう」
「まあ、『勇者』『剣聖』『聖女』の3名以外はどうなっても我々としては痛くもありませんしな。むしろ『勇者』たちの足を引っ張る可能性を思えば死んだほうがよかったのではありませんか。」
「その通りですな。ハハハッ!」
ヤバイわこれ。話しているは声からしか判別できないが、教皇と国王、あと2人ほど。
一応親切にしていてくれたのに、裏ではこんなことになっていたなんて。
窓の外に張り付いて室内の声を拾い続ける。
他にも、『勇者』により教会の権威がいっそう高まるとか、教会をないがしろにする他国に対して『勇者』の存在をちらつかせればいいとか色々と聞こえてくる。さらに俺の話も出てきた。
「そう言えば、勇者殿の仲間に一人だけステータスの低いものがおりましたな」
「そう言えば、何と言いましたかな?」
「まったく、あれも一緒に死んでくれればよかったのですがな」
「そうそう、勇者殿の足を引っ張られでもしたらかないませんからな」
チクショウ、好き勝手言いやがって。
結局、この世界の人たちは東雲君と泉川さんに西条さん以外はどうでもいいらしかった。ステータスが高いので今のところは親切にふるまっており、あわよくば『勇者』の盾にでもなればいい程度の認識だったらしい。
福田君とはそこまで仲がいいわけではなかったが、会社の同期だったし、同じ召喚された社会人組としてそれなりに仲間意識があったのだ。それを別に死んでもいいとかむしろ死んだほうがよかったとか。聞いててイライラしてきた。今すぐにでも怒鳴りこんでやりたかったが我慢した。
一応盗み聞きしている立場という自覚はあったし。怒鳴りこんでどうにかなるかとも思えなかった。
それに、俺なんてステータスが高いわけでもないのだ。曲者と間違われてすぐに切り捨てられそうだ。
なら、同じ召喚者の誰かに言うか……信じるだろうか。それに、俺が言ったことがばれたら、口封じに殺されるとかもあり得る。考えてみれば、一昔前の宗教組織なんて普通に異端者を殺したりしていたのだ。
そう考えると途端に怖くなってくる。
結局その場をこそこそと後にした。
第1章というか実質プロローグ的なもの終了です。
次回からようやく旅に。