9話 竜
『竜の巣』は王都から丸一日ほどの距離があるため、近くの街まで馬車で移動。そこで宿をとって拠点とするらしい。
ただし非常に疲れる。俺たちは馬車の中で座っているだけなのだが、道は土がむき出しで舗装なんてされていないし、馬車は車軸が荷台に直結、バネやサスペンションなんてない。移動中は絶えず揺れるし、ガッタンゴットンと突き上げるような衝撃が何回もある。
宿について早々にベッドに倒れ込んだ。
で翌日、実践訓練という名のレベル上げをするべく『竜の巣』へやって来たのだが――
「バカな!! なぜこんなところに!?」
俺たちが来た時には、もうそこいら辺にワイバーンとやらの死体が転がっていた。そしてそれをやったやつが今目の前にいる。
「グガアアァァァ――!!」
竜である。
事前の説明でも知っていたように、国単位での対処案件であり俺たちでは勝つどころか、逃げられるかも怪しいレベルの強者だ。
竜という存在を目の前にして俺たちは正直どうしていいのかわからない、護衛の聖騎士の人たちも驚いている。
「護衛は全員前へ出ろ!! 勇者たちを逃がすんだ!!」
アドレフ聖騎士長が護衛の聖騎士たちに声をかけ対処しようとする。聖騎士たちで時間を稼いで勇者たち一行を逃がそうとしているようだが、正直どれだけ時間稼ぎができるか――
「東雲殿、皆を連れて早く退避を!!」
「で、でも――!!」
「早くしろ!! 長くは持たんぞ!!」
聖騎士の人たちが剣と盾を構えて前に並ぶ。そして、魔法を使えるものが防御魔法を使用し『壁』を作る。
東雲君やほかの『勇者パーティー』は、すぐに行動に移らない。迷っているのだ。ここで逃げるということは、聖騎士の人たちを見捨てることになるのではないかと。俺も迷っている。ここで逃げることは簡単だ。だが、聖騎士の人たちは多分助からないのではないか?
といっても、俺たちが加わったところで勝てる相手ではなく、犠牲を最小限にするには、すぐに逃げるのが最良の判断なのだろう。そうわかっていても誰かを見捨てて逃げるというのは大きな迷いを生じさせる。
「おい!! さっさと逃げようぜ!!」
「そ、そうだよ」
一部、すぐに逃げるべきだと主張する人もいた。伊集院君と真田君だった。
「ガアァァ――!!」
竜がその尻尾を振るった。その一撃で防御魔法が破られ、何名かの聖騎士の人が吹き飛ばされる。
「くっ!! 攻撃しろ!!」
魔法をまとった剣を構え何名かが竜に向かっていく。そしてそれを追いかけるように攻撃魔法が飛ぶ。
「魔法は顔を狙え!! 狙いをこちらに向けさせるんだ!!」
アドレフ聖騎士長が指示を飛ばす。
指示の通り、魔法使いが顔に向かって攻撃を飛ばす。
しかし全く聞いている様子が無い。それどころか、防御や回避といった動作すらとろうとはしない。そのような動作をとることすら必要ないと言わんばかりだ。
「はぁぁぁ――!!」
アドレフ聖騎士長が剣を大きく振りかぶると、剣戟が竜に向かって飛んでゆく。だが、直撃を受けても竜の鱗はかすり傷ひとつない。
時間を稼ぐことすらできず、竜は悠々とこちらに近づいてくる。
「ま、待つんだ沙織!!」
東雲君の叫び声に何事かと視線を向けると、泉川さんが倒れた聖騎士に駆け寄っていくのが見えた。回復させようというのか。
「沙織待ちなさい!!」
それに気づいた西条さんも泉川さんを止めようとする。
竜の方はそんな走って動いている泉川さんに気付いたようだ、そちらに進路を変更する。
「クソ!!」
そう言って後を追い駆け出したのは福田さんだった。
泉川さんが倒れている一番傷のひどい聖騎士に近寄り、回復魔法をかけ始める。すると聖騎士の人の傷口はみるみるふさがってゆく。さすがは『聖女』の称号を持つだけあって回復魔法の腕はすごい。
しかしそんなわずかな時間でも、竜にとっては長い時間だったのだろう。次第に駆け足になり距離を詰めてくると同時に、その口を開いた。
「まずい!! ブレスが来るぞ!!」
アドレフ聖騎士長がそう叫び、泉川さんのほうに駆けだそうとするが、とても間に合うものではない。
そして竜の口から炎が吐き出された。
「“イージス”!!」
突如ブレスの進行方向に光る壁ができる。そしてブレスが壁に当たって霧散する。と同時に壁も割れるように消えてた。
間に体を割り込ませたのは福田さんだ。どうやら彼の魔法が間に合ったらしい。『イージス』は福田さんの得意な魔法であり、そして非常に高度な魔法だ。その壁の強さはあらゆる攻撃を通さないと言われている。
「早くその人を連れて逃げるんだ!! “イージス”」
福田さんが再度魔法で壁を作る。だが今度の壁は背が低い、そして竜の足元にできる。その足者との壁を蹴り破ろうとして――蹴り破れずに躓いた。
そして前のめりに倒れる竜。
その巨体が倒れた衝撃だけでも、いったいどれほどのと思うぐらいの衝撃が周りを襲う。
「今のうちに早く!!」
「は、はい!!」
泉川さんと回復された聖騎士人が他の傷の浅い聖騎士の人に肩を貸し、その場を離れていく。
「ギャァオアァァ――!!」
竜が立ち上がり咆哮を上げる。
たかが人間ごと気に転ばされるなんて。と言っているようだ。
その証拠に、竜の目は泉川さんではなく福田さんを見ている。
「おい!! 福田も戻れ!!」
俺はあわてて声をかける。
「くっ!! “イージス”“イージス”“イージス”」
だが、福田さんはその場を動かず魔法を連発する。3枚の壁が現れ竜を閉じ込める。
「くぅ――!!」
竜がその中で暴れるが、福田さんが必死に魔法をかけて閉じ込めている。
「よ、よし! 僕たちも加勢するんだ!!」
「よっしゃ!!」
その光景に望みを見たのか東雲君と内田君そしてほかの人たちも加勢しようとする。
聖騎士の方も体勢を立て直して、攻撃をしようと隊列を組む。
「“ドレイン”」
閉じ込めると同時に魔力を奪う魔法をかける。竜は高度な魔法を操ることで知られる。そのブレスや、防御力、そして機動性などすべて魔法で補っているのではという説もあるくらいだ。
「“ドレイン” “ドレイン” “ドレイン”」
魔法を重ね掛けして魔力を奪っていく。しかし同時に時間も経過していく。
ピシッ!
押さえていた壁にひびが入り――
バリィィィンン――!!
壊された。
「攻撃しろ!!」
「剣閃!!」
「おらぁ!!」
アドレフ聖騎士長の合図の元、皆が一斉に攻撃を行う。
ゴガアァァァン――――!!!!
ステータスチート組を含む複数の攻撃の一斉放火に巻き込まれ、大きな音と大規模な爆発のような土煙が立つ。
「よしっ!!」
手ごたえはあった。これだけの攻撃の直撃を受けたのだ。無事ではすむまい。皆がそう思った時だった。
「ゴァァ――!!」
土煙の中から、血まみれの竜が口を開けて飛び出してきた。
「なっ!!」
「ぐぁっ」
そしてその咢は、福田さんの半身を食いちぎった。
「クソッ!!」
「攻撃しろ!!」
再度の攻撃が、竜を襲う。手負で鱗も所々剥がれた竜がさらに攻撃を食らい出血していく。
「ふ、福田さん!!」
泉川さんがあわてて駆け寄る。
他の皆は、2度目の攻撃にも耐えた竜に対して3度目4度目と攻撃していく。
そして、6度目の攻撃の時に運よくというべきだろうか、東雲君の放った聖剣の一撃が口から入りその内部をズタズタに切り裂く。
「ゴァァ――ァ ァ ――……」
そして竜は動かなくなった。
「や、やったのか!?」
「……やった……やった!!」
「やったぜ!! スゲェ!!」
どうやらようやく死んだ竜を前に皆が歓声を上げる。
「ふぅ……さすがは勇者殿といったところか」
アドレフ聖騎士長がそう言い、構えを解く。非常に安堵した顔だ。他の聖騎士たちも、安堵し、そして勇者たちに羨望のまなざしを向けている。だが――
「福田さん!! 皆来て! 福田さんが!!」
泉川さんの悲鳴で、勝利に沸いていた皆がそちらを向くと血にまみれた福田さんがいた。
皆がその場に集まっていく。
「沙織、どうしたんだ。早く回復魔法を!」
「かけているの! でも怪我がひどくて……もう……」
東雲君の言葉に、泉川さんがそう答える。
『聖女』である彼女の回復魔法はすでに一級品で国内に並ぶ者はいない程にまで高まっている。その彼女が、そう言うということは……
「そんな……」
「福田さん!!」
「しっかりするんだ!! 福田さん!!」
皆が血まみれの福田さんに呼びかける。すると福田さんはうっすらと目を開き、
「ああ、無事だったんだ……よか……た……これで……やく…に立ったかな……」
「福田さん!! はい! あなたのおかげで私は無事です!」
「そ……うか……ぼ……く……年長者……だからね…………――」
――――
「……福田さん……福田さん! 福田さん!!」
そのまま福田さんは息を引き取った。