6
6
公園は灯りが足らないようで薄暗かった。木がたくさんあって、森まではいかないが林の中にいるような感覚に陥った。誰もいない教室は寂しく思ったが、誰もいない公園は不気味に思えた。少しだけ怖いとさえ思ってしまった。情けないものだ。
なんだか分からない虫が叢に隠れて鳴いていた。耳元をプーンとゾッとするような羽音とともに虫が飛んだ。首が痒い、腕が痒い、足が、お腹が、至る所が痒い。蚊にでも刺されたのだろう。もういやだ。
少年達は思うことがないのか、躊躇いなく僕らを先導した。しかも、格好が半袖だった。なんということでしょう。自分がますます情けない。
「蚊とかに刺されないの?」
訊いてすぐ、もしかして少年達は虫除けのための何らかの工夫をしているのかもしれないと考えた。しかし実際返ってきたものは、「いや!オレ刺されにくい体質らしいんだ!」「僕も」だった。
非常に羨ましく、恨めしく思った。過去の僕は赤く腫れたトコを掻きすぎて、身体を血に染めたことがあった。軽いトラウマとなっていた。もっとも、今の僕は人並み以上に蚊を嫌わない。逆に言えば人並み程度には嫌った。
そもそも蚊は人間を好むが、人間が蚊を好むことは滅多にない。ほぼ皆無だ。蚊から人間への一方通行の恋だ。思いの報われない蚊を、人は皆叩き潰す。かく言う僕もその一人だ。
さらに脱線するが、毎年数え切れない程の蚊が撃墜されるというのに、一向に蚊の絶滅するのが見えない。どうしたことだろう。ここは全世界の皆さんにより一層励んでもらうしかあるまい!
…現実逃避から戻って今、この場において僕は完全アウェーだった。今持つ武器はこの手一つ。北斗百○拳でも会得していたなら話は別だが、生憎僕には出来なかった。さらに、3人いるうち、2人は蚊に刺されないという。
つまり蚊からの寵愛を一身にうけるのは…
「…つまり、僕が集中して蚊に刺されるということだね…」
「ガンバって!兄ちゃん!」
「ガンバー」
ガンバってナントカなるならナントカしたかった。が、残念な事に僕のリュックにも、ポケットにも、どっかの青狸よろしく何でも取り出せる機能は搭載しておらず、対処不可能だった。もうほんといやだ、おうち帰りたい。でも帰れない…はあ。
蚊はもう諦めることにして公園を歩いた。自分の想像以上に大きいらしく、気味の悪い景色が続く。
決して、怖くて気を紛らわせたい訳では無い。決してそんなんでは無い、が、静かな空気が怖かったので僕は話題を投下した。
「ねえねえ君達。好きな娘とかいるの?」
下世話な質問が出てきた。自分の会話スキルのレベルの低さに驚愕した。腰を抜かすかとも思った。少なくとも、出会ってすぐの小学生に訊くものじゃない。撤回しようと思ったが一足遅く、「いるよー!」「僕も」純粋で律儀な少年達は無情にも答え、僕をさらに反省させた。
うぐっ…この状況で「へえ、そうなんだ~」で終わらせようものなら、僕の人間性が疑われる。大したもので無いことは知れてるが。また、「へ~、どんな娘?」と訊けば、馴れ馴れしく接してきやがるウザイ兄ちゃんの誕生だ。
僕は考えた。でも僕の頭はやっぱり無いらしく、これ以上返答の例を見つけられなかった。返答の例は見つからなかったが、気づいた事があった。初対面年下男子児童に「好きな娘いるの?」と訊いた時点で人間性もクソもあったもんじゃない。そして、ウザイ。もうどうしようもなかった。ああ、なんてことだ、些細な過ちだ!
ふって湧いたように現れた、第三の選択肢。謝罪。よし、これだ。
夜の公園にて小学生の少年達に下世話な質問をしたことを高校生男子が謝る、その図が完成しようという時だった。
またしても、一足遅かった。
「あっ!あった!」
アホの子…ずっとそう書いといて失礼だったな。僕の方がずっとアホだった。すまない、改めよう。黒髪の子が、純真な声とともに公園のある一点を指差した。
指さすほうへ顔を上げ目を向けた。するとそこには公園にある木の中でも立派に見える木とその下に小高くなった地面とがあった。子狐に会うことを楽しみにしていた僕は姿が見えないことを不審に思ったが、数ある可能性の中から知らず知らずに排除していた可能性に思い当たった。
存在を忘れかけていた親狐が、月に泣いた。ただの一匹の親として、愁脹に叫び、憂い、悔み、惜しみ、弔い、嘆き、泣いた。その声は、まだ灯の多く明るい街の片隅の、草木の蔓延る暗鬱の公園の、明るく星の輝く真暗な夜の闇の中、誰に知られるもなく飛んでって、シャボン玉のように消えてった。