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彼女は狐に話し掛けているようだ。狐は逃げる様子がなく、彼女はしゃがんで狐の目線に合わせている。狐の写真は諦めかけていた。だが、そこにいるなら是非とも収めたかった。
僕が近づいても大丈夫だろうか?和泉さんなら、邪険にせず接してくれるかな?うん、邪険にせず接してくれるはずだ。友達だし、一応…思い切って話し掛ける。
「こんにちは」
「!!こんにちは」
「ああ、ごめん。後ろから話し掛けて」
「いや、大丈夫だよ。少し驚いただけだから」
「そう?なら、よかった。学校帰り?」
「っ、ああ、うん。途中に狐が居て、かわいいから、ちょっとお話ししてたんだぁ」
「うんうん確かにかわいい。さっき羊丘通りで見かけて、写真撮ろうとしたら逃げちゃって……追いかけて来たんだ」
「へえ、普通逃げたら諦めて帰っちゃわない?」
「帰りが遅くなっても、うちの親は文句言わないし、妹に写真を見せてあげたかったからな」
「え、シスコン?」
「うーん…重度では無いがな」
「ほぉ。なるほど、なるほど」
この会話の最中、狐はその場にじっと座っていた。僕はスマホを取り出し写真を撮る。5、6枚撮って満足のいく写真があるのを確認しスマホをしまう。そのまま逃げてしまうと思ったが、彼、彼女?はそのまま座っていた。
僕は狐を見ながら、もふもふしてんなあ。和泉さんも狐を見ながら、もふもふしてるね。
二人で狐を見つめる。会話が途切れ、涼しいがこの時間帯だと少し寒く感じる風が吹く。さっきの教室より生徒の声が聞こえない分静かで、強い訳ではない、むしろ弱いといえる風の音が聞こえる。嗚呼なんてことだ僕の圧倒的会話力不足。何か、何か話しかけようと言葉を捻り出した。
「触ったら……」
和泉さんの声と被った。被ってしまった。
可愛い女子だから、お話しした方が得だと思って、普段しないようなことをしたのが間違いだった。というか、和泉さん会話のプロだった。僕は川の流れに身を委ねるようにさえしておけばよかったのに。反省しないと…
とりあえず謝罪。
「ごめんっ。…えっと、やっぱ、ダメだよね?触ったら…」
和泉さんは僕を見た後、振りかえって狐を見ながら、
「そりゃあね。何か寄生虫とかいるかっ!!!」
驚いた。じっと座っていた狐が、いきなり和泉さんに跳びかかったのだ。ちなみに僕との会話の中、彼女はずっとしゃがんだままだった。そのため彼女は狐に押し倒され、道に寝そべり、その上に狐が乗っかる体勢となった。狐は前脚で和泉さんの身体を小突いている。こう、チョンチョン、チョンチョンと。何やらコンコンと鳴いている。
周囲に人はおらず、この奇妙な光景はこの世でただ一人に観察されることとなった。
「大丈夫?」
訊いてみたが聞こえなかったらしく、返事が返ってこない。落ち着いて見ると襲われているのでなく、じゃれているようだった。狐と戯れる彼女はとても無邪気で、可愛らしくて、ついまじまじと見てしまった。
すると、「ごめん。ごめんって!」
彼女は謝罪の言葉を口にした。しかし僕は、彼女がいったい何を謝っているのかわからない。狐は、最後に彼女の頭を小突き、その謝罪を聞き入れたように彼女から降りた。
改めて訊いた。
「大丈夫?」
「ん?ああ、うん!」
「あれは?ばい菌とか…」
「それはいないらしいよ」
「へ?なら大丈夫かな…?」
「うん、大丈夫ー。よいしょっと。」
彼女は答えるのと同時に立ち上がり、あー、制服が汚れちゃったよ、と言いながら自身の制服についた砂を払う。僕はただ、その光景に見蕩れるだけだった。彼女が砂を払い終えた時、僕は教室での話しが聞こえてしまったことの謝罪と、話題の為いろいろと彼女に尋ねようとした。しかし、なんとも古ぼけた、十数年しか生きていない僕でさえ懐かしく感じる鐘が、屋外で遊ぶ子供達に帰宅を促すため、鳴った。僕は気がそがれ開こうとした口を塞いだ。