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本を読み終えて、顔をあげた。午後5時20分。先ほどから20分程しか経っていなかった。本の中では3年が経過していたのに。まったく不思議なことがあるもんだ。
見回しても僕だけの教室に少し寂しくなった。いや、こう言ってしまうと誤解を生んでしまう。一人が淋しいのでは無い、全く。昼間の騒がしいのが居ない教室が、寂しく思えたのだ。僕は教室を基本的には賑やかなものと認識していた。
上手く伝えるのは難しい。
もう一冊読み始めてもよかったが、そんな気分でなく、生徒完全下校時刻の7時半まで居座るつもりも無い。
座ったまま、背伸びと共に一息つく。
はぁ、1階まで下るのかったるい。かったるいが、階段を降りなければ家に帰る事も出来ない。当たり前だ。
このまま学校に泊まってしまおうか。そんな馬鹿な事が頭をよぎった。流石に実行しないが。
それから、ダラダラと5分程度時間を潰した。そしてやっとこさ、重たい重たい腰をあげた。席を立った時、ため息がでたのは、僕の悲しい性だろう。
荷物をまとめ、ポケットの中の自転車の鍵を確認。教室を出て、階段を下りて疲れを感じる。
1階購買の横の部室に少し顔を出した。墨の匂いの教室は誰もいなかった。部室のドアを閉め、そのまま下駄箱に。靴を履き替え、自転車置き場へ行く。
どうでもいいことだが、僕はママチャリに乗っている。コイツとは5年目の付き合いだ。
高校入学とともに、新しい自転車を買ってもらったのだが、ソイツは3ヶ月程度で壊してしまった。ハンドルに鞄をぶら下げた所、見事前輪に巻き込んでしまったのだ。登校中だったため急遽地下鉄での登校となったが、財布を所持しておらず、近所の友人に金を借りた。さらに自転車は歪んでしまって、直そうにも新品同様の料金が発生するとのこと。新しい物は、自業自得ということで頂けず、中学入学の時にもらったコイツが倉庫に居て、現役復活なさったのだ。苦い思い出だ。ただ学べる経験だ。それ以後僕は自転車のハンドルに物を掛けるという愚かな行為をする事は無くなったのだ。
泥ハネが目立つ黒の車体に、何度か壊れて付け替えた籠、変色したサドル、効きづらいブレーキ、空気の抜けたタイヤ……家に帰ったら、手入れしよう。
鍵を開け、サドルに跨がり、ペダルを踏み込んだ。
いざ、家まで30分間のサイクリングだ。
はぁ。
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ところで、僕には、ささやかな楽しみがある。
本当にささやかで、人にはつまらないと言われるが。
なんだと思う?
それは、いつもと違う道を通って帰ること、つまり探検だ。
期待してた?本当にささやかだろう?
つまらないと思った人もいるだろう。
ってか、おまえ階段降りるのさえ面倒くさがってたのに、それはどうなんだ?と、思った人もいるだろう。
そんなもん、簡単だ。それはそれ、これはこれだ。
まあ、とにかく僕にとってそれは楽しみなのだ。第2の趣味といってもいい。
気が向いた時、いつもより一本だけ道をはやく曲がってみたり、思い切って大幅なルート変更をしてみたり…たまに迷うが。
すると、出会うのだ。
ある日には、泣き叫ぶ子供と。
またある日には、手を繋ぎ、ゆっくりと散歩する老夫婦と。
はしゃいで道を歩く小学生と、電話に頭を下げるサラリーマンと、道端でラブラブする中学生カップルと、その野次馬の友人達と、中学時代の同級生と。
人だけではない。
川の水面に映る夕日と、空飛ぶ風船と、大きな大きな橋と、パン屋さんの温かい香りと、焼き肉屋の香ばしい香りと、畳工場の藺草の香りと、誰かの練習中のピアノと、「また遊ぼうねー!」の声と……
その出会ったもの達を見て、嗅いで、聞いて。
そう、その“僕がその道を選ばなかったら出会うはずの無かったもの達”に自分が触れて。
そのことが、なんだか、誇らしくて、自慢したくて。
なんだか、得した気分になり、楽しい気分になってくるのだ。
話を戻そう。
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今日は金曜日。
おかげで僕の気分はいい感じだ。
帰ったら、アニメでも観ようかと考えた。
コードギ●スがまだ視聴途中だ。だが、黒の契●者も数話で滞っている。いっそ、両方観てしまおうか…
考え事をしながら自転車をこいだ。しかし、前はしっかり視ている。なにせトラックに轢かれたくないからね。僕はこの世界だけで精一杯だ。
観たいアニメの選択が終わり、自分で気づかぬうちに、自分で言うのもなんだが、実に思春期らしい妄想に耽っていた。
何もエロいことじゃない。自分はやれば出来るんだ、みたいなやつだ。ふとそれに気づき、自己嫌悪した。最近なろうの小説に嵌まってしまったからだろう。アレは読む分には楽しいが過ぎれば麻薬のようで、最近依存してしまっている自分が怖ろしい。
気分を変えたくなった。
無性に、探検したい気持ちになった。今日はこの道に入ってみよう。自分の気分に任せてハンドルを切ると、見知らぬ景色が飛び込んでくる。さながらなろうの小説のように異世界とはならないが、いつもの見慣れた自分の世界から抜け出すように、ゆっくりと漕いだ。ささやかな抵抗だろうか、自分でも定かでない。
そこには確かに自分の知らない世界が広がっていて、先程の自分の哀れな妄想を忘れさせてくれた。
そして、出会った。